第41話 勘違いの自信と気づいた安堵
再び目が覚めた時は日も落ちて、部屋に入り込む光は、月から発せられる優しいものだけだ。
どうやら、天川はもう帰ったみたいだ。
僕は体を起こして、少し伸びをした。体は昼から比べると、だいぶ楽になったようだ。
枕元を見ると、隣に置いてある僕の携帯が、誰かからメッセージが来ているのを伝える点滅を発していた。それを確認すると、その送り主は哲だった。
『おい、崇。最近、お前が休みだから姫様が元気ないぞ。姫様の笑顔がないと、俺も元気が出ない。お前の事はどうでもいいが、早く体治して学校に来い』
僕はそれを見て、久しぶりに笑みがこぼれた。
さて、体が楽になると、次はお腹が空いてきた。どうやら人の体というものは、随分都合のいいように出来ているみたいだ。だが、その都合のよさが、今の僕にとってはありがたい。
久しぶりに僕は布団から出て、居間に向かった。
そこでは、食後のお茶を飲んでいる父さんがいた。
「ん。なんだ、もう起きてきて大丈夫なのか?」
「うん。熱もだいぶ下がったみたいだし」
「あら、崇君。今から部屋に夕食を持っていってあげようとしてたのに」
母さんが、おぼんに消化に良さそうな卵雑炊を乗せて台所から出てきた。
「せっかく、お母さんが食べさせてあげようと思ったのに」
これが、わざわざ起きて居間に来た理由でもある。
母さんは、僕が寝込むとなぜか少しテンションが上がるのだ。母さんにとっては懐かしさもあるだろうが、年頃の息子からすれば苦痛以外の何物でもない。
「いや、いつまでも寝ていると逆に体に悪いと思って。あと、母さん。ちょっとお腹が空いているから、もう少しおかずとかもあるとありがたいんだけど」
「分かったわ。ちょっと待ってて。もう何品か用意するわ」
そう言うと、母さんは卵雑炊をちゃぶ台に置いて、もう一度台所に向かった。
僕は座り、ちゃぶ台に置いてある雑炊に手を付けた。雑炊は卵がふわふわで、出汁も効いてて暖かくとても美味しい。僕は少し速度を上げて、雑炊を口の中に掻き込んだ。
「そういえば……子狐ちゃんは何処に行ったんだ?」
父さんの突然の質問に、僕は口に掻き込んだ雑炊をむせ返した。
「げほっ、げほっ、げほっ! なっ、父さん。何を言っているんだ?」
「何って、いつもお前の周りをうろちょろしてる子だよ」
いきなり後ろから殴られたような衝撃に、僕の頭はよく回らない。
「父さん。見えていたの?」
「おいおいおい。わし、こう見えても祟収神社十二代目の神主よ。あれぐらいの気配消しくらい見破れるわ」
「えっ。じゃあ、何で今まで気づいてないふりをしてたんだよ?」
「前にも言っただろ? 自分の息子のいかがわしい本を見つけてとしても、親としては見て見ぬふりをして、いつも通りの接し方をするのが大事なんだ」
あいつは十八禁書物と同類なのか?
「あら、クコちゃん。まだ起きてこないの? せっかく、あの子が好きなおいなりさん用意したのに」
台所から出てきた母さんの言葉に、僕はまたも大きな衝撃を受けた。
「母さんも見えてたの?」
「ええ。時々、あの子も台所に来て、おかずの味見とかしてたわよ」
あいつ……。
「まあ、母さんもここに来る前は、別の神社の次女として、巫女の修行をしてたからな」
母さんの知られざる過去を、父さんがお茶をすすりながら告げた。
「それはそうと、崇。ああいう戦い方はあまり良くないな」
「へっ?」
「お前はあくまで人間なんだ。ああいうやり方は邪道ってもんだ。まあ、邪の道だからこそ開ける道もあるが」
いつもはおちゃらけた父さんが、いつになく真面目な顔で言った。
「父さん、今までの事も知ってたの? この体の事も」
「すべては知らんが、ある程度の事はな」
「なっ、なんで、今まで何も言わなかったんだよ?」
「別に何も聞かれなかったからな。それに、こういう事はある程度自分自身で考え、模索しながらやっていくことが、一番の近道でもあるからな」
「父さんって、妖怪の事とか詳しいの?」
「まあな。というか、それがわしの本職だしな。時々、出張で妖怪退治してるし」
何という事だ。いつも家でゴロゴロしていて、どう生計を立てているんだっていつも疑問だったけど。たまにいなくなった時に、そんなことしてたんだ……。
十六にして、父親の新たな一面を知った僕だった。
「話を戻すが、あの戦い方は良くない。人には人の妖怪との戦い方があるんだ。それに特化したのがわしらの様な、古くから代々妖怪退治を生業にしてきた存在だ」
「わしらって、僕ら以外にも妖怪退治してる人っているの?」
「ああ、一般的には知られてはいないが、日本全国でわしらの様な者たちは大勢いる。それをまとめる組織もちゃんとある。ちなみにわしは、その組織の理事でもあるぞ」
知らない事実を次々に告げられ、僕の常識は一気に崩れ去った。
「とりあえず、この前の戦い方を見ていたが、あれでは先は無いぞ。確かに、お前の力は圧倒的だった。わしらで、あの力に匹敵する者はいないかもしれん」
どうやら、僕みたいなタイプはいないらしい。
「しかし、あれは妖怪と妖怪との戦い方だ。例に出すと、ジャンケンでグーとグーでお互いの拳をぶつけて、強い方が相手の拳を粉砕するみたいなものだ」
父さんは自分の拳と拳をぶつけて説明する。そして、次に片方の掌を広げた。
「だが、人間は相手のグーに対して、パーを出して勝ってきた。そうやって、我々人間は生きてこれたんだ」
「でも、僕は今までそのグーで勝ってきたんだ。それは事実だ」
正しい戦い方なんて知らないが、僕は僕なりでこれまでやってきた。実績もそれなりにあって、少なからずそこに自信というか、誇りもある。
自分のこれまでを全否定してきた父さんに、僕はちょっと腹が立った。
「あれはお前の力じゃない」
しかし、その僕の心にあった火は、この一言で鎮火したのだ。
「今のお前は、その普通では持つことのない体と、いつもそばに引っ付いているあの子狐がいるからこそ、戦えているんだ。ジョーカーを二枚持っているだけだ」
父さんは持っていた湯呑みをテーブルに置いて、鋭い目つきを僕に向けた。
「なら、お前がその二枚のジョーカーを失った時、お前に何が残る? そのジョーカーが相手の手札より劣った時、お前に何が出来る?」
そうだ。父さんは正しい。実際に、大嶽丸との戦いはその一枚のジョーカーが通用しなく、その時の僕は只々慌てふためくだけだった。
父さんの問いに、僕は何も返せずにうつむいた。
「あなた。ちょっと言い過ぎじゃない?」
母さんのいつもよりトーンの低い声が割って入った。母さんの圧がある笑顔に、父さんは少し気まずそうな表情をして、心を落ち着かせるように再び湯呑みを持ってお茶を一口すする。
「まっ、まあ。お前がそんな状態になったのは、わしの責任でもある。だから、これからはわしもお前の父親として、それなりに色々教えていこうと思う」
父さんの提案に、今の僕は拒否する資格は無いと思った。
「ほら、崇君。難しい話はこれくらいにして、今は沢山栄養付けて」
僕はすっかり忘れていた卵雑炊に再び口を付けた。 空きっ腹に物を入れたのか、僕の心は少し柔らかく、軽くなった。
多分これは、父さんと母さんに僕の現状が明るみになったからだと思う。二人の事を考えて隠していたつもりだったが、やはり僕もただの十六歳の少年という事なのだろう。この現状は、一人胸の内にとどめとくというのは、それなりに大きかったみたいだ。
本当は色々とこれからの事を考えないといけないのだろうが、今はただ何も考えずに目の前にある母さんの料理を平らげることだけに集中しよう。
そうやって、この日の夜は更けていった。
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