第40話 心地よい冷たさ
あの激戦から三日が過ぎた。
僕はその間、ずっと自分の部屋にある布団の中で寝込んでいた。高熱を出し、全身に倦怠感を感じるこの症状は、まるできつい風邪をひいたみたいな感覚だ。
なぜそうなったかというと、単純に後遺症である。クコと一心同体になり、あの姿になるといつもこうなる。クコの膨大な力を、この体ではまかなえずに熱暴走してしまうのだ。
ちなみに、クコも大量に力を使い、しばらく起きて来なくなる。つまりあの形態になると、しばらく僕たちは使い物にならなくなるのだ。
それは背水の陣で挑むという意味でもある。これが、普段の戦いであの力を使わない理由の一つだ。
他にも、必ずしもあの合体が成功するわけじゃないなど、不確定要素が多いということもある。
結局何が言いたいかというと、あの戦いはかなり運が良かったということだ。
本当はあの姿になるつもりはなかったし、普段ある僕の力で勝たなくてはいけなかった戦いだ。しかし、僕の力は全くと言ってもいいほど、大嶽丸に通用しなかった。
つまり僕は、奴に試合に勝って勝負に負けたのだ。これは結構僕にとっては、落ち込んでしまう現実だ。
クコがしばらく起きてこないのは助かる。正直、今はあいつに合わせる顔がない。体が弱っているからなのか、いつになく僕はマイナス思考に陥っていた。
そんな時に、自分の部屋の襖が開く音が耳に入った。おそらく母さんが、様子でも見に来たんだろう。僕は寝てはいなかったけど、目をつぶり寝ているふりをした。
しばらくすると、自分の額に冷たいものが当たった。母さんが、冷やしたタオルでも置いてくれたのだろうか? でも、この感触はタオルみたいなものじゃない。
不思議に思った僕は、薄目を開けた。
「おはよう。もう寝たふりはおしまい?」
僕の目の前には、僕の額に自分の額を付けている天川がいた。
「こんなに熱があるなんて可哀想に。あら、今また体温が上がったわね」
「あ、天川。お前、何してるんだ?」
「何って、お見舞いに決まってるじゃない。お母さまから電話で、崇君が熱で寝込んでるって聞いてね」
「そっか。わざわざ悪いな」
「水臭いわね。もう私たち、同じ布団で横になる仲じゃない」
「確かにこの状況は嘘じゃないけど、学校で変な噂流すなよ。僕が、いろんな人に恨まれる。特に、僕の席の前の奴に」
「あら。私の行動の先を読むなんて、あなたも私の事をよく分かってきたみたいね。嬉しいわ」
危なかった。本当に危ない所だった。僕は冷汗をかきながら、話題を変えることにした。
「そういえば、悪かったな」
「悪かったって、何が?」
「約束だよ。無事に帰って来るって言ったけど、このありさまだしな」
「それを言うなら、私も約束を破たわけだしお相子でしょ?」
「確かにあの時は驚いたけど、そのおかげで僕はまた戦う事が出来たんだよ」
「その言葉で十分よ。全て許してあげる。私、崇君には甘々だから、完璧じゃないけど、おまけで八十点あげるわ」
「これって点数制だったんだ。百点取ったら何かくれるの?」
「ええ、崇君が望むものなんでも一つあげるわ」
「天川ってそんな力を持ってたんだ」
「そうよ。愛はどんな力にも勝るものよ」
「じゃあ、今度は百点取れるように頑張るよ」
「そう。じゃあ、今は安心して休んで。私が守ってあげるから」
妖怪の力を持った僕を、何の力も持たないような普通の女の子が守るという言葉は、違和感があると思われるかもしれないが、不思議と僕はその言葉に安堵感を覚えた。
きっと、力というものは様々な形があるのだろう。そして、これは父さんが言っていた僕には無い力だ。
天川の子守唄を聞いている様な声色と、額から伝わる心地よい冷たさに、僕は再び深い眠りについたのであった。
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