第39話 九尾天翔輪廻

「……ついに終わった。これでもう、この大嶽丸の様な者たちを止める存在はいなくなった。それはそれで物寂しさはあるが……まあ、いい。楽しみというものは他にもある」


 安堵や達成感など様々な感情を抱いているのであろう奴は、自分の骨で出来た手を見る。


「しかし、あの白面ともあろう者が、ここまで衰えているとはな。やはり、人というものと関わったが奴の運の尽きか……」


 奴の中で一区切りがついたのか、虚しい表情をしたがすぐにそれを消し、前に歩みを進めようとする。


「なっ! ……どういうことだ? これは……」


 奴は、突然の自身に起きた異変で驚きを隠せないでいる。


 それはそうと、奴によって石化され、暗闇の中に消し去られた僕が、何故戦い後の奴の動きを事細かく説明しているのか?


 それは――僕が実際に奴の言動を見聞きしているからである。


「怪奇、異様、奇異。なぜ、この大嶽丸の体が一つも動かない……」

「それは、この戦いにお前が敗れたからだ!」


 僕の声に大嶽丸は反応し、身動き一つ取れないなか視線だけをその方向に向けた。


 その先には奴の頭上高くで、人差し指と中指の二本を顔の前で立てている僕がいる。


「どういうことだ? 貴様は間違いなく、この大嶽丸の冥界奈落流しをうけたはず。確かに手応えもあった!」


「それは本当に我じゃったか?」


 僕の中のクコが問う。


「なっ、……そうか。そいうことか! 流石は白面と言ったところか!」


 大嶽丸が、怒りと喜びの混じった狂気の声をあげた。


「そう。今まで、お前が見ていたものは……全てが幻覚だ!」

「一体、いつからだ?」

「お前が、僕の体を二つに切った時からだ」


 奴が空間切断撃を放ち、僕の幻影を切り裂いた時から全ては始まっていた。


「なんと、そんな時からか。あの金華万華鏡も幻覚というのか?」

「それは少し違うな。クコの幻覚はそこら辺のものとは一線を画す。五感全てを掌握するだけではない。世界そのものを創ってしまうんだ」

「世界そのものをだと?」

「ああ。お前が戦った僕の幻影は、ある意味本物とかわりない。もし、お前が金華万華鏡でやられたとしたら、実際にお前は葬られていた。僕自身もそれを期待していたしな」

「そこまでとはな」

「しかし、お前は僕の想像を超えて、幻影の僕を倒した。だから、この技をもってこの戦いに終止符を打つ!」


 僕は立てていた二本指に力を込めた。



九尾天翔輪廻きゅうびてんしょうりんね!」



 奴の周りに、九つの紋章が浮かび上がり、一つ一つに光の線が繋がっていた。そして、全てが奴を中心にして囲いを作った。


「幻覚を見せたのは、この技を使う為にでもある。これは圧倒的だが時間が掛かる。とても一騎打ちをしている時に使えないからな」


 それぞれの紋章に火が灯り、大嶽丸の体が綺麗な光に包まれる。


「お前は命を消しても意味がない。だから、その存在そのものをこの世から消す! この創り出した、九つの世界の輪廻を永遠と駆け巡れ!」


 九つの世界とは、クコが妖術で創り出した世界だ。


 炎の世界、水の世界、氷の世界、風の世界、雷の世界、光の世界、闇の世界、生の世界、そして、死の世界。


 この技は、敵をその世界に送り込み永遠に彷徨わせて、この世から排除するというクコの大技だ。


 しかし先程も言ったが、この技は時間が掛かる。九つの世界を創り出し、しかもその中心点に相手を置かなくてはいけないのだ。


 普通の状況では、とても大嶽丸の様な存在に使えるものではない。その為に、幻覚を見せて僕自身から注意を逸らさなくてはいけなかった。


 だが、この技にかかると、それから逃れる術はない。

 


 僕の勝利は確定した。



「くっはははははは!」


 奴は大きな口を開けて笑った。


「完敗、大敗、惨敗! 流石は白面だ! この大嶽丸の完全敗北だ!」


 自身で負けを認めたものの、奴の表情には悔しさや恐怖などの感情が汲み取れない。むしろ、何か嬉しそうなものが見える。


 これは、人間の感性を持っている僕には永遠に理解する事は出来ないだろう。


 大嶽丸の体は、徐々に光の粉の様に分解されていく。


「貴様の名は、崇とか言ったな?」

「ああ、そうだ」

「妖怪と共に戦う者。やはり、貴様らの一族は、常にこの大嶽丸を楽しませてくれる。しかし、いつも貴様らは悲惨な末路をたどる。この大嶽丸、はるか遠い世界で貴様の行く末を見ているぞ」


 そう言葉を残した大嶽丸は、全て光の粉に変わり、頭上にある一つの紋章の中に吸い込まれていった。そして、それと同時に全ての紋章も消え去った。



「これで、本当に終わったのう」

「ああ、なんとか生き残れた」

「どうした? 怖かったのか?」

「ああ、正直すごく怖かったよ。やっぱり、僕は普通の高校生の人間なんだなって思ったね」


 弱気になったのかどうかは分からないが、僕は嘘偽りない気持ちを言った。


「こんなこと言って、相方として不安になる?」

「……お主は、それでいいんじゃよ」


 僕の問いにクコは、いつもは見せない優しい声色で返してくれた。


「お主はあくまで人間なのじゃからな。その気持ちを忘れるなよ」


 クコは、時々こうやって僕が人間であることを認識させようとしてくる。これはきっと、彼女なりの優しさなのだろう。


 だが、僕はその優しさに飛びついてはいけないと思う。もしそんな事をすれば、きっと彼女は僕をこの道から遠ざけようとするから。


 でも、それと同時に疑問に思う事がある。彼女の戦う理由だ。


 なぜ、彼女はこんな僕のそばに寄り添ってくれるのだろう? この戦いの先に、彼女の望むものはなんだろう?


 僕は彼女の本心が分からない。というか聞かない。なぜなら、彼女の深淵に触れるのが怖いからだ。

 

 一心同体だと言っても、一つの入れ物に二人が入っているみたいなものだ。情けないが、今はこの距離間が一番という事にしておこう。


 でも、いつの日かは僕も、彼女のそばに寄り添えるような存在になりたい。

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