第38話 金華万華鏡の先に・・・

 叫びと共に、僕の両手の空間の中で様々な反射光を発し、その光が僕たちの周りを取り囲んでいった。


 周りはその名通りに、万華鏡の中の様にいくつもの色を発する空間に変わった。時が進むにつれて、その色は様々なものに変わり、一つも同じ色彩にならない。


 その中で、僕と奴は対峙している。


「壮観、絶景、雄大。これ程の異空間を瞬時に生み出せるとは、この大嶽丸は感心しているぞ」

「感心している暇が、お前にあるのか?」

「では、その暇があるのか確かめてみるか」


 大嶽丸は、左手に世掴みを召喚させた。そして、以前に僕の無限暗黒を消し去ったように、この空間を握りつぶそうとする。


 しかし、実際に握りつぶされたのは、奴のその左手だった。世掴みごと粉々に奴の左手が何かに吸い込まれるように消える。


「ほう。これは、実に面白い」


 まるで何も痛みを感じてない様に、奴は感心した面持ちで、自分の失った左手を見た。


「この空間は全てを反射させる。そして、その終着点がお前だ。ということは、お前がしようとする事も、僕がする事も、全てはお前の身に降りかかる」

「……なるほど。では、ここではこの大嶽丸は何をする事も出来ないというわけか」

「そうだ! お前という生命の終着点が消えない限り、この空間はあり続ける!」


 僕は体の前で両掌を組み、奴にとどめを刺す為に技を繰り出す。


千手来迎せんしゅらいこう!」


 両手から、いくつもの光線が同時に様々な方面に放たれた。その光線は金華万華鏡の中を、いくつも反射し、その終着点である大嶽丸の身に向けて飛んで行った。


「ぐがっ!」


 千手来迎の光線全てが、一つ残らず奴の体の様々な部位を貫き、大嶽丸はすり潰されたような声を上げた。


 普通なら、それほど速度のないこの攻撃は、奴ほどの相手なら簡単に避けられてしまうだろう。しかし、この金華万華鏡を使えば、この技は途轍もないものへと変わる。


「この千手来迎は、貫いた命あるものを全てあの世へと帰す。これで終わりだ! 大嶽丸!」


 僕の言葉通り、千手来迎に貫かれた大嶽丸の体の部位が、どんどん崩れていき、光る粉の様に変わって消えていく。


「ぐががっ。かっ、体が消えてゆく……」


 奴の体の大半がもう消えているが、それになにも抵抗は出来ない。僕はもう奴が死ぬのを待てばいいだけだ。


「まさか……ここまでとはな……」


 僕の期待通りに奴の体は、僕の右腕だけを残して完全に消え去った。


 それと同時に、金華万華鏡も消え去った。周りは静けさを取り戻し、優しいそよ風が吹いている。


 僕は落ちてくる自分の右腕を手に取った。


「ふぅ……どうやら、やっと終わったみたいだな。文字通り、今までで一番きつい戦いだったな。クコ、お前も疲れただろッ!」


 いきなり激しい衝撃がこの身を襲う。僕は自分の目線を下に向けると、そこには自分の胸を貫く骨の手があった。


「油断、怠慢、不覚。さっきこの大嶽丸が言った事を忘れたか? この大嶽丸はこの世の摂理などに捕らわれぬと」


 自分の後ろを振り返ると、そこには完全に元の姿に戻った大嶽丸がいた。


「おっ……お前。なぜ……」


 奴は僕の耳元でささやくように口を開く。


「この大嶽丸の身には見ての通り、肉ある命宿るこの身と、この骨のだけの何も宿らぬ存在があるだけの身がある」

「くっ! そういうことか……」

「そう。妖怪は、全てが生命に捕らわれているわけではない。存在があるだけでこの世にいれるのだ。そして、この残った半身からもう一度新たに生命を創り出し、もう一つの半身を生み出した。これで、元の完璧な大嶽丸に戻れるというわけだ」


 まんまとやられた。


 生命さえ消えれば、金華万華鏡はなくなり奴は解き放たれる。その後は、奴が言った通りに復元すればいいだけだ。


 存在だけで成立する妖怪なんて知りもしなかった。


 大嶽丸は僕の体から腕を引き抜く。それに伴い、僕の胸からは大量の血が流れ出た。


「さて、貴様も疲れたようだから、もう終焉へと向かうか」


 僕の周りを暗い闇が覆った。振り返ると、奴は僕の頭上高くに浮き上がり、四つの手を横に広げている。


「悲劇、災難、無情。人としてこの世に生まれる事は、なんとも不幸な事だな。特に貴様の様に、中途半端な力を持った者は。この大嶽丸にたてつかなければ、楽な死を迎えられただろうに。永遠に闇夜の地獄で、白面と共に苦しむがよい」


 どうやら大嶽丸は僕にとどめを刺す為に、自分の大技を繰り出そうとしているらしい。


 さっきの攻撃で、死屍累々の様に呪縛を取り付けられたみたいだ。この体では、奴のその攻撃は避けられないだろう。


「さらばだ! 冥界奈落流めいかいならくながし!」


 奴の最後であろう技が放たれると、僕の周りに多くの悪霊が現れた。その悪霊たちは、僕の首や肩、腕、足など様々な所に掴みかかる。


 すると、その掴まれた部分が石化し始めた。


 悪霊の呪いがどんどん僕の体全体に広がっていく。


 奴の技を止めるすべのない僕の身は、とうとう全身が石化してしまった。


 そして、僕はそのまま悪霊たちによって、暗闇の中に引きずり込まれてしまった。

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