第37話 伯仲

「驚愕、歓喜、納得。やはり、ここまでの戦いになると、このような小道具では話にならんか」


 僕はその声に、すぐに身構え振り返る。そこには、引き千切れた下半身と上半身が、それぞれ宙に浮いている大嶽丸がいた。


「どうした? まさか、たかだかこの身が半分になった程度で、この大嶽丸が死したとでも思っていたのか?」

「普通、そうなったらそうなるのが自然界の摂理なんだよ。特に、あの攻撃を受けたならなおさらな」

「稚拙、浅はか、未熟。この大嶽丸が、摂理などというものに捕らわれると思うか? そんな都合よくいくと思ったか?」

「ああ、僕は楽観主義者なんだ」

「しかし、この大嶽丸も人の事は言えんな。貴様程度このままの姿で、あの程度の武器で気楽に遊びながら終わらせられると思っていたのだからな」


 そう言いながら、奴の上半身は下半身に乗っかると、引き千切れた傷跡は瞬く間に引っ付き元通りの姿に戻った。


「だが、今からはこの大嶽丸も、それなりの対応をしなければなるまい」


 僕に対する認識を変えた大嶽丸は、自分の手にはめてある世掴みを外し、ごみを捨てる様に投げた。続けて、上半身の鎧と、顔に付けている仮面を取り外した。


「まさか、人間ごときにこの身をさらすとはな。しかし、これはこの大嶽丸を本気にさせた、貴様に対する礼儀だとしよう」

「そうか、こんなにも嬉しくない礼儀は初めてだよ」


 まるで重りを外した様な大嶽丸の姿は、右体半分は赤色の目をした洗練された肉体を持つ若い男だが、もう半分は皮一つ付いてない骸骨だった。


 これが大嶽丸本来の戦闘態勢なのだろう。


「おい、崇。今からは全てが違うぞ」

「ああ、分かってるよ。今から本番だ。僕の……いや、僕たちの全てを出し切る!」


漆黒骸火しっこくむくろび!」

白弧咆哮はっこほうこう!」


 大嶽丸の骨だけの掌から、漆黒色の人骨の形をした大きい炎が放たれる。それに対して、僕も掌からその炎を飲み込まんばかりの白い火炎を放つ。


 二つの炎がぶつかり合い、大嶽丸と僕との間で拮抗する。奴はその押し合いに付き合わず、瞬間移動する様に僕の背後に現れた。


「神弧たちよ!」


 僕の呼び出しに、二匹の全身が炎で出来た狐が現れ、奴に向かって飛びかかる。


黒渦死念こっかしねん


 奴の両手から黒い渦が現れると、僕の出した神弧がそれに吸い込まれ、それと同時に渦と共に消え去ってしまった。


 僕はそれにかまわず、奴に向けて手刀を振り下ろす。離れた位置にいた奴の骨の腕が、それによって切り離されるが、すぐに元の位置に戻って、何事もなかった様に引っ付いた。


 奴はその骨の手を開いたり握ったりして、感覚を確かめる様な仕草をする。


「なるほど。どうやら素早さは貴様の方が上らしい」

「だが、そんな事がこの戦いの勝利にはつながらない、と言いたいんだろ?」

「くっくっ。そう、この次元の戦いとなると、もはやその程度の差など何の意味もなさない。相手を葬るのは圧倒的一撃のみ」


 そう。この戦いはどちらが先に致命的な技を放つかが全てを決める。それ故、大技を決める道筋が重要。今までの攻防は、その為の歩みみたいなものだ。


空間切断撃くうかんせつだんげき!」


 奴は瞬時に自分の手に巨大な赤い斧を召喚し、横殴りにそれを振るう。すると、空間にまるで歪が出来た様な切れ跡が残り、僕の体を真っ二つに引き裂いた。


 胴体が切り離された僕の体は、まるで蜃気楼の様にぼやけ消える。奴が切ったのは、僕の創り出した幻影だった。これは相手に幻覚を見せるという、クコの最も得意とする技の一つである。


 僕の体は既に奴の背後にある。


深紅しんく陽炎かげろう!」


 奴の周りを、渦を巻く様に色の濃い炎が激しくはしる。この炎は標的の周りを囲み、相手の逃げ場を無くし、骨の髄まで焼き尽くす炎だ。。


「生ぬるいわ! 冷徹れいてつ雹石ひょうせき!」


 持っていた斧を消し去り、その手に青い結晶の様な物を次に出した奴の周りが、一瞬にして氷へと変わり、次の瞬間には粉々に砕け散った。その中から、奴は僕に向けて骨の手を突き出す。


死屍累々ししるいるい


 奴のどす黒い低い声が響くと、僕の目の前に黒い大きな渦が現れる。禍々しい妖気を出す渦の中からいくつもの骸骨が現れると、奴らは僕の体に触れた。すると、その触られた部位から空虚な感覚と共に激しい衝撃が訪れ、僕は後方に吹き飛ばされる。


「はっはっはっ! どうした!? このままでは、この大嶽丸が貴様の命を奪い去ってしまうぞ!」

「おい、崇! 早く体制を整えるのじゃ!」

「わっ、分かってる! でも、体が思い通りに動かない!」

「くっ! 少し待て! 奴が付けた呪縛を解き放つ!」


 クコの意識が、死屍累々によって取り付けられた呪いを解く為に動く。


「愚図! 鈍間! 愚鈍!」


 大嶽丸は嬉々としながら蹴りを連射し、その全てが的確に僕の体をとらえる。


「ぐはっ!」


 一つ一つが重く響く打撃で、僕は吐血する。


 その中で、クコが呪縛を解いたのか、体がやっと自由に動かすことが出来た。しかし、そんな僕に対して奴はお構いなしに向かってくる。


 僕は胸の前で、バスケットボールみたいなものを掴むように手を添えた。


金華万華鏡きんかまんげきょう!」

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