第36話 一心同体

 空では大嶽丸が、この街を見渡す様に目線を動かしている。


「はあ、くだらん。期待外れもいいところだ。……さて、程よく体も解したことだ。この大嶽丸の八つ当たりの為に、手始めにこの街を支配するか。くっくっくっ、久しぶりの現世。思う存分楽しませてもらおう」


 すでに僕が亡き者になったと思っている奴は、あふれ出る高揚感を押さえる様にこれからの計画を考えているのだろう。


 しかし、そんな事は僕がさせない。この嫌いじゃない街と人には、誰にも手は出させない。


 ……おっと、少しクコの影響を受けたのかな? でも、この状態ならそれも可笑しなことじゃない。


 この街を守る。そして今、本当は二度と妖怪なんかと出会いたくないはずなのに、僕の為に勇気を出して来てくれた、下で僕を見守ってくれている人も……。


 そう心に誓った僕は、奴に後ろから声を掛けた。


「残念だが、お前がこの世で楽しめる事なんて何もないさ」


 僕の声を聞いた奴は、少しの間を開けた後、口を開いた。


「ほう。あれだけの傷を受けて、人間ごときの貴様がまだ生きているのか」


 奴は、特段僕の生存に驚いた様子もなく振り返った。

 

 しかし、僕の――いや、僕たちの姿を見た奴は、ちょっとした感情の揺れを見せた。


「なっ、なんだ? その姿は……」

 

 奴のその反応は当然だろう。


 何故なら――。僕の体は、失ったはずの右腕や左足は再生している。


 しかも、髪は腰のあたりまでに伸びた白銀のものに変わり、頭からは狐の耳が生え、腰のあたりから髪と同じ色の尻尾が生えている。


 その姿はまるで、クコが大人になったみたいなものだった。


「どうした? 我の姿を見るのが久しぶり過ぎて忘れたか?」


 僕は黄金色の眼で、奴を睨んだ。


「まあ、無理もない。今の我は崇と交わった状態じゃ。体は男だし、顔も少々違う。だが、我から流れる力で大体は分かるじゃろ?」


 そう。今の僕は、クコと交わった状態。二つの身を一つにしたものだ。


 これはクコの心臓を僕の身に、僕の心臓をクコの身に移したから出来る事だ。これによって、クコの本来に近い力を蘇らせられ、それを僕が使いこなせるようになる。


 因みに精神は、この体の中に共存している様な感じになる。それによって、以心伝心はいつも以上にしやすくなるが、それと同時に――。


「おい。せっかくのカッコいい登場で、お前だけ喋るなよ」

「うるさい! この姿になるのは久々なんじゃ。少しは威厳を見せさせろ!」


 この様に、一つの口で会話するという、可笑しな現象になる。


「そういうことか……くっくっくっ」


 大嶽丸は少し驚きを見せていたが、理解すると途中から笑い出す。


「しかし! 所詮はまがい物の入れ物! 今度こそ、その命共々完全に消し去ってくれるわ!」


 奴は露斬りを振りかざす。瞬時に僕は人差し指と中指の二本を上に立てた。


「ぐっ! ……なるほど、腐っても流石は白面ということか」


 奴は刃先を何かで止められた様に、刀を振り下ろせずにいる。それは僕が念力で、奴の刀を止めたからである。


 因みに、この身になれば全てがクコに染められてしまうので、今まで僕が使っていた妖怪の力は使えなくなる。


「だが、たかが一つの攻撃を止めたにすぎん!」


 続けて、奴は流星砕きを投げつけてくる。流星砕きはさっきの戦いで分裂した以上の数になって、こっちに飛んでくる。それに対して、僕は両手を広げて前に突き出した。


「青き焔」


 僕の詠唱と共に、数百の流星砕きは各々に青い炎をまとうと、同時にその全てが自爆して消えていった。しかし、奴はそれにかまわず世掴みをこっちに向けて、僕の位置を自分の目の前に移動させた。


「この一撃で、貴様の首をはねてくれるわ!」


 奴は露斬りを、言葉通りに僕の首元に向けて振るった。


「くっ。これ程とはな」


 奴の振るった露斬りは、僕の喉元寸前で止まっている。僕はさっきの戦いで奴がやったように、三本の指でその刃先を摘まんでいた。


 僕の蹴りを同じように受け止めた奴の力をもってしても、刀はびくとも動かない。そして、僕は指先に力を込めると、そこから黒い炎が立ち込め、露斬りは溶けて半分に折れてしまった。


 黒い炎はこの身からは飛ばせないが、僕が出せる炎の中で一番高熱を発するものだ。どんなものでも溶かしきる。


 僕はそのまま重心を低くして、黒い炎をまとった拳を握り、奴に向けてそれを思いっ切り振り抜いた。


「神龍の鱗よ!」


 奴の呼び掛けに、一瞬にして僕の拳の前にそれが集まり、一つの盾になった。しかし、その盾を突き破り、僕の炎の拳は奴の胴体までも突き抜けた。


「なっ……なんだと……」


 僕の急激な力の上昇に、奴は驚きの声を上げ、そのまま爆発した炎によって胴体が半分に吹き飛んだ。


 一瞬だったが、激しい攻防だった。この姿になれたのも、ある意味賭けみたいなものだった。そういうことで言えば、この勝利はまぐれに近い。


 そう思い、僕は振り返り地面に降りようとした時――。

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