第33話 一進一退

「はっはっはっ! 感心、感銘、感激。この大嶽丸の力をそこまで利用できるとは見事だ! 久々の戦い、くれぐれも失望させるなよ!」


 大嶽丸は高揚した声を上げ、離れた間合いから右手に持ってた刀を横一文字に斬りつけてきた。それに対して、僕はこの眼で奴の動きを捕らえ、首元に来た斬撃を、上体を仰向けにして避けた。


 もし、奴の刀の能力を知らなければ、この首は軽くはねられただろう。


「ほう、これが見えるのか。しかもその反射神経。ふふっ、面白い」


 自分の斬撃を避けられたことを、嬉しい誤算のように言った奴は、続けて左右交互に刀を振りつけた。


 僕は瞬時に左腕に冷気を集め、手首から肘にかけて頑丈な氷をまとわせると、それで奴の斬撃を受け止める。


 奴の刀は、離れた場所で何も当たっていないが、鍔迫り合いをしている様に斬撃の途中で止まっている。


 奴の刀での攻撃の速度に少し慣れた僕は、いつまでも守勢の立場にいてはいけないので、攻撃に転じることにした。


 右手に持っていた弓を左手に持ち替え、右手の指で何かを摘まむ様に構えると、そこに光の矢が現れた。


 それを弓にあてがえ、奴に向け構えてから指で矢の羽の部分を軽く弾くと、光の矢が奴に向かって勢いよく放たれた。


 光の矢が、奴に向かって一直線に飛んでいく。それが奴の額に刺さろうとした時、矢は大きな衝撃音と共に、何かに弾き飛ばされ粉々に消え去った。


 奴の額付近には、緑の光沢を発した六角形の板の様な物が浮遊している。


 神龍の鱗だ――。すでに六つに分解されたそれは、奴の周りに浮遊していた。


 僕はそれにかまわず、続けて十数の矢を連続で放つ。しかし、神龍の鱗は凄まじい速さで、その矢を全て的確に弾き飛ばしてしまった。


「そのような小枝なぞ、全て叩き潰してくれるわ! 数の攻撃とはこういうものだ!」


 奴は背中の左手に持っていた流星砕きを、僕に向かって投げつけた。その流星砕きは、僕が見た能力通り数百に分裂して、流れ星の様な光を発しながらこっちに向かって飛んでくる。


 あれに当たると内部から破壊され、大きなダメージを受けてしまう。


 その何百ともいう手裏剣をこの眼に捉え、僕は弓の幅の中に同じ数百という小さな矢を創り出し、それに向かって一斉に放った。


 数百の手裏剣と矢が空中でぶつかり合い、いくつもの黄金の光を発する爆発が、僕と奴の間で起こった。


 そんな爆風の中、僕は慌てて自分の首元に氷をまとわせた左腕を構えると、その氷に火花が飛び散る。微かに見える煙の向こうでは、刀を横一閃に振ったであろう大嶽丸がいた。


「くっくっくっ。そうだ、少しでも油断をするとすぐに終わってしまうぞ」


 くっ! こっちは必死だっていうのに余裕かましやがって。……でも、本当に一瞬の隙も作れない。これは精神的にきついな。


 このまま戦いが長引けば、こっちが不利になる。


 そう思った僕は、早く決着を付ける為に右足に力を込めて、以前に戦った早虎たちの時とは違い、最初から本気の速度で稲妻の如く奴に向けて飛び出した。


 距離を縮めたのは、奴の露斬りと流星砕きがある限り、遠距離で矢を放ち続けても後手後手に物事が進むと思ったからである。


 そして、思惑通り僕は奴の目の前に移動すると、まとっていた氷を消し去り左手を前に突き出した。


火龍豪炎咆哮かりゅうごうえんほうこう!」


 これは僕が左腕で出せる火の攻撃で、一番破壊力がある技だ。


 左腕の周りを灼熱の炎が渦を巻き、手の前に龍の口が大きく開いた様な炎の形を模った時――。


「なっ!」


 僕の体は、奴からはるか遠くの場所に飛ばされていた。それはまるで、瞬間移動した様な感覚だ。


 遠くにいる大嶽丸は、僕に向けて左手を同じ様に突き出していた。それを見て、僕は何故瞬時にこんな所に飛ばされたのかを理解した。


「くっ! 世掴みか!」


 奴の左手にはめられてある世掴みは、空間を操るもの。あの籠手によって、僕と奴の間にこんな距離の開いた空間を創られたのである。


 一瞬の出来事で体勢を崩した僕に対し、奴は持っていた刀を突きの構えに持ち替えた。


「くっ、しまった!」


 僕は出来る限り、体を横にのけぞらす。それと同時に、僕の左肩に奴の放った突きが刺さった。


「おい、崇! 大丈夫か!?」


 クコが、珍しく少し焦った声を僕の耳元で発した。


「……ああ、まあ致命傷じゃないよ。ただすごく痛いけど」


 僕は自分の左肩に手をやるが、そこの傷口から血が滲み出し滴り落ちる。


「おい、どうする? お主に策はあるのか?」

「まあ、やれることはやるつもりだよ。お前はいざという時の為に、準備をしといてくれ」


 少し交戦し、分かったことがある。


 とりあえず、この戦いは止まっては駄目だ。何処にいても奴の間合いで戦わされる。つまり僕が常に動き続けて、標的を絞らせないことが重要だ。


 奴に捉えられない速さで移動し続けて、対処しきれない手数で攻めたてる。そして、奴に出来た小さな隙に、瞬時に相手の命を絶つ攻撃をする。


 そう決めた僕は、もう一度右足に力を入れる。しかし、今度は奴に向かって直線ではなく、奴の周りを、円を描く様に飛び出した。


 奴は僕に向けて刀を振るうが、稲妻の如く移動する僕はそれを寸前で避けていく。そして、僕は移動しながら黄金の翼を使って連続で矢を放った。


 矢は当然の如く全て盾に塞がれてしまう。しかし、僕は攻撃の手を止めない。矢を放ちながら、左人差し指を奴に向けて伸ばし、詠唱する。


百撃氷ひゃくげきひょう!」


 詠唱と同時に、奴の周りにいくつもの大きな鋭く尖った氷柱が現れる。僕が伸ばした人差し指を、拳を作るように握ると、その氷柱が奴に向かって轟音を響かせ飛んでいく。


 この多さの氷柱が同時に来ることに、神龍の鱗では対処出来ないと奴は思ったのか、持っている流星砕きを氷柱に投げつけた。


 僕の百撃氷と分裂した流星砕きがぶつかり合い、お互いを相殺しながら一面に爆煙をまき散らす。


 そんな中、遠巻きから奴に攻撃を加えてきた僕は奴の目の前にいた。いや、目の前に来させられたと言うべきか。


 世掴みによって、僕と奴の間にある空間を削り取られ、手の届く位置に吸い寄せられていたのだ。


 そんな僕に、奴は刀を振り上げる。普通、いきなり自分の位置を変えられ、その虚を突かれると対処がしづらい。


 しかし、僕はこの時を待っていた――。

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