第34話 惰弱、貧弱、虚弱

 さっきまで、奴から離れて周りを回りながら攻撃していたのは、奴に遠距離で戦うのが煩わしいと思わせ、奴自身で僕を移動させるためだ。


 神龍の鱗と流星砕きがある限り、離れた所から奴に致命傷を与えるのは難しく、奴を倒すには接近戦が必要だ。しかし、僕自身の意思で奴に近づくと、さっきと同じ様に世掴みによって遠方に飛ばされてしまう。


 だが、奴の思惑で接近したのなら話は変わる。僕はそのまま奴の懐にいれるだろう。それに、僕自身が最初からそれに意識を持っていたら、急な位置替えでもすぐに防御態勢に入って、次の攻撃態勢に入れる。


 本来の能力を使わずに、そのままこの身に振り下ろされた刀を、僕はこの眼でしっかりと捉え体を反らして避け、奴の頭上に飛び上がった。続けざまに、左足で円を描く様に回転させる。


「無限暗黒!」


 これは早虎を葬った技である。これで大嶽丸をこの空間に閉じ込めることが出来たら、奴の全てを僕の手の内に出来る。


 もし、ここで遠方に飛ばされても、この無限暗黒は一度繰り出せば、出来上がるまで自動で広がる。すなわち、奴を取り込んだ後でゆっくりと対処すればいいだけだ。


 狙い通りに、僕の描いた円から、黒い絹の様な影が奴を飲み込むように広がった。


 僕はちょっとした手ごたえを得た時――その影の広がりは途中で止まった。大嶽丸の頭を覆っていた影はどんどん縮んで、奴の籠手を着けた手に吸い込まれていった。


 ちっ、何でもありかよ! 僕は心の中で舌打ちをした。


 奴は世掴みで、僕の創り出した無限暗黒という空間を握りつぶしたのである。


 しかし、僕はここで攻撃の手を止めない。


 今の世掴みは、僕の空間を飲み込む為に使われている。まだ、奴に強烈な一撃を加える隙があるのだ。


 僕は、今度は右足を高く掲げた。


「我が身に移れ! カマイタチ!」


 僕の呼び掛けに、彼らは右足に稲妻を身にまといながら瞬時に集った。これは金丈の頑丈な首元を、豆腐を切るように容易く断ち切った強力な技だ。


 それを奴の首元に向けて打ち放った。


「くっくっくっ。惰弱、貧弱、虚弱。所詮は人間か。久々の戦だというのにがっかりさせられる」

「……なっ、嘘だろ?」

 

 僕の放った刃と化した右足は、奴の神龍の鱗を装備していた右手の三本指で、まるでチップスを摘まむように止められていた。


 前に押そうにも、後ろに引こうともびくともしない。


 奴の強さはこの眼で確認はして理解はしていたはずだが、実際に手を交えてその強大さに気付かされた。


 自分の想像を超えるものは、認識すること自体が無理だと――。


 そして、一瞬の思考停止の後に来たのは、今までにない焦りだった。


「失望、落胆、幻滅。どれ程できるものか、少し泳がせていたが……この程度であるなら、これ以上引き延ばす意味も興もない。やはり、あの時にこの大嶽丸の腕を奪ったのは、久々に外に解き放たれて力を失っていたのと、ただの偶然か。……くだらん」


 奴はそのまま露斬りを振り下ろし、動けない僕の右腕を切り落とした。


「この腕は返してもらうぞ」


 奴は、まるで興味を失った玩具を捨てる様に僕の足を離し、血しぶきを上げながら跳ね上がった腕を掴んだ。


「無意、虚構、空虚。これで、もう貴様に用はない。……消えろ」


 そう奴が吐き捨てるように言うと、僕に世掴みを向けて後方に飛ばした。


 奴から離れた場所に飛ばされた僕は、少しすると左足に違和感を覚えた。その左足に目線を移すと、そこにはいくつもの流星砕きに突き刺されていたものだった。


 僕は、先程に戦いの中で、宙に浮いていた残りの流星砕きの中に飛ばされたのである。そして何も対処出来ないまま、それは能力通りに内側から大爆発を起こし、僕の左足を吹き飛ばした。


 飛び散る自分の血しぶきの遥か向こうに、突きの形をしている奴の姿が見える。


 その突きは、もう避けるすべのない僕の胸を貫いた――。


 左足の能力を失い宙に浮いている事の出来ない僕は、視界がかすむ中、下にある森林の中に落ちていった。

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