第30話 大嶽丸という存在

 退屈、飽き、虚無。これがあの中にいた時の感情。

 

 長い年月、いつ終わるかも分からない永遠とも思える間、何もない所に閉じ込められ、死より苦痛な感情に苛まれた。


 いや、よくよく考えてみれば、この世に生まれ出た時からこんな感じだったのかもしれぬ。だから、常に何かを探し続けていた気がする。


 元々、あまり何も感じない性質だった。だから、今ある自分の感情を把握する為に、端的思いを口にしだした。そのお陰かは知らんが、ある程度自分が求めるものが理解出来るようになった。


 狂乱、激昂、憤怒。これが求める感情。これがあれば、苦痛が和らぐ。


 その為にやる事。それは戦い、奪い合い、殺し合い。


 それさえあれば、この何も灯らない死した胸の塊に色が付く。


 しかし不幸、悲哀、沈痛。この強大な力に釣り合う者は中々いない。最初の内は楽しかった一方的戦いも、すぐに飽きた。殺しても、殺しても、殺しても面白くない。


 小さな虫をプチプチと潰すような、単純作業みたいなものだ。


 恐れおののく絶望した人間の顔を見るのは、そこそこ趣はあるが、物足りない。だが、そんな心を満たしてくれる都合のいい存在などいない。


 諦め、放棄、断念。夢など見ずに、現実を受け入れようとした時、奇跡は起きた。


 ああ、あの時は良かった――初めて生きていると感じた。遠い昔の懐かしい思い出のはずだが、つい先日だったかのようにも感じる。


 あの女は強かった。あの妖怪も強かった。二人が揃うと、化物じみた強さだった。


 ただ、揺れ動かす為に戦っていたこの胸の内に、恐怖という新たな感情を芽生えさせてくれた。今でも、あの刹那に出てきた恐怖という一瞬の感覚を思い出すと、この身は震えだす。


 ああ、もう一度味わいたい。まるで、魂を握りつぶされる様な甘美な気持ち。


 そういえば、使いに出したあの三人の妖怪。名前は何と言ったか? まあ、いい。あの程度の存在の名など、覚えておく必要も意義もない。


 気配が消えた事から、死んだか?


 だとすれば朗報、吉報、祝福だ。宴を催したい気分だ。


 何故なら、それだけ楽しい玩具があるという事だ。きっと奴らだろう。


 久々に外界へ出た時、出会った奴ら。片方は懐かしき、あの妖怪。しかし、その傍らにいたのは覚えのない人間だった。


 見た限り、特別な力は感じなかったが、あの匂いはあの女のものだ。きっと、繋がりがあるはず。ならば、奴もこの空虚な胸に色を灯してくれるに違いない。


 希望、念願、渇望。期待しすぎるのはいけないが、つい高望みしてしまう。


 本当は、外に出たら片っ端から人を殺してやるつもりだった。こんなにも、長い苦痛を受けた腹いせに。


 しかし、それは止めておこう。格別な至福の時を過ごせるかもしれないのだ。


 変に、異物を入れたくはない。食事でも、空腹時に食す方が美味しい。


 なに、奴らを始末した後に、好きなだけ暴れればいいだけだ。


 ああ、楽しみ、心躍る、胸弾む。こんな、気持ちはいつぶりだ。


 さて、そろそろ行くとしよう。そして、見せてやろう、味合わせてやろう、感じさせてやろう。圧倒的、恐怖と絶望を。


 それだけが、生きた心地にしてくれる奴らに、この大嶽丸が手向けてやれる唯一のものなのだから――。

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