第31話 決戦はじまる

 翌朝、空は一面曇り空に包まれていた。風は強く吹き、今にも嵐が訪れそうだ。


 そんな中、僕は街に降りていく為の階段にある鳥居の前で、空を見上げながら立っていた。空に向けられたその視線の先には、全身に黒い武士のような鎧を身にまとい、雪のように白い髪が生えた頭部から、これまた同じ色の鋭い二本の角を生やした人の形をした者がいた。


 しかし、それは普通の人型とは少し違う。奴の背中から、もう二つの腕が生えていたのだ。


 四本の腕を持ったそれは、顔に付けた鬼の様な仮面の隙間から、二つの鋭い眼光で僕に視線を向けている。


 仮面のせいで、それがどんな表情をしているのか僕には分からない。


 怒りに満ちた顔をしているのか、余裕の笑みを浮かべているのか――。


 ただ、その視線からくる威圧感だけは、この身にひしひしと伝わってくるのは分かった。


 僕の額から、いつもとは違う冷たい汗が流れる。体全体が、小さな震えを勝手に発した。


 そんな怯えに支配されそうな僕の肩に、優しく手が置かれる。振り向くと、そこにはクコがいた。


「心配するな。我も一緒におる。万が一のことがあっても、我だけはお主のそばにおる」

「……ああ、そうだったな。僕にはお前がいる。そうだ、何があっても僕にはお前だけはいてくれるんだ」


 自然と体の震えは収まっていた。


 平常心を取り戻した僕はもう一度奴に視線を向け、力強く右足に力を込めた。地面を蹴り上げ、奴と同じ高さに飛びあがり、そこに僕はとどまった。


「……久しいな。この大嶽丸の身を奪いし者よ」


 奴は感情の起伏を感じさせない静かな口調で、言葉をそう発した。


「その言葉は、僕も一緒だ」

「同感、共感、同意。くっくっくっ」

「お前の様な存在が、これまでの間、何をしてたんだ?」

「なに。長い年月、この大嶽丸は閉じ込められていた。その上、出てきた瞬間に貴様の様な者に出くわし、大切な体の一部を奪われたのだ。ただ、静養していただけよ」


 奴はおもむろに、自分の四つあるうちの一つの、前方にある右腕を前に差し出した。


「しかし、この腕のお陰でかなり早く力は取り戻せたがな」


 僕は奴の右腕を見て、顔色を変える。


「やはり、流石あの一族の末裔というべきか……。この腕は、この身によく馴染む」

「だが、それはお前の物じゃない」

「偽物、贋物、模倣。ああ、そうだ。どんなによく馴染んでも、これはまがい物。一番しっくりくるものは本物だけよ」


 前に差し出した腕を下に降ろすと、奴は僕たちの街を見渡す。


「それにしても、数百年ぶりに出たこの世。驚愕、歓喜、高揚。本当によく変わったものだ。まるで別世界よ。特に、何と言っても人の数がよく増えた。それは、この大嶽丸の様な存在にとっては、それだけ壊す事が出来る物が増えたと喜ぶべきことだな。そうとは思わんか? ――白面よ」


 奴は嬉し気にそう言うと、僕の横に目線をやった。


「ふん、見えておったのか。大嶽丸よ」


 気配を消していたクコが、はっきりと姿を現した。


「白面よ。貴様はまだ人間などという下級の存在に組しておるのか?」


 クコは、奴の侮蔑の意を汲んだ言葉に顔をしかめる。


「白面、白面とうるさい奴じゃ。そんな古臭い名で我を呼ぶな。今の我には『クコ』という現代風のキラキラネームがあるのじゃ」

「いや、その言い方だと、名付け親である僕がなんか恥ずかしいからやめてくんない?」


 奴は侮辱した様に鼻で笑う。


「また名を付けてもらっただと? 貴様は変わらんの。それではまるで飼い犬ではないか」

「好きに言え。我は貴様の様な時代遅れの存在ではない。常に新しい時に順応し、その時々を楽しむ者よ」

「無様、哀れ、惨め。その結果が、その様なみすぼらしい姿か? かつてはこの大嶽丸を凌ぐ程の大妖怪として、この世に恐れられてた貴様が」 

「大きなお世話じゃ。我は今の生活が嫌いじゃない。好きにさせい」

「ふん、まあどうでもいい事。この大嶽丸にとって大事は、今も昔も変わらぬ。この胸に火を灯す事、ただそれだけ!」


 奴はそう言うと、四つある腕を横に伸ばす。


「崇! 来るぞ!」

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