第24話 怯え
少し息を吐き出し表情を引き締めた僕は、左足を高く上げ、黒い繭の上部から下部に向けてゆっくりとつま先をあてがい、切るように振り下ろす。
黒い繭の左足をあてがった部分に切れ目が出来て、その中が覗けるくらいの隙間が現れた。中を見ると、一面真っ暗な空間の遠くの方に四方八方にキョロキョロと首を動かし、持っている刀を振り回している早虎がいた。
あの様子から見ると、自身に何が起ったのか理解出来ずに、今までずっと現状を打破しようともがいていたのだろう。このまま放置する事はある意味残酷なのかもしれない。早く終わらせてあげるのが一種の開放になるだろう。
僕はそのまま、今中を覗いている隙間に自分の体をあてがう。すると、何も抵抗がなくスルリと繭の中に入ることが出来た。
周りが漆黒と化した空間の中で、僕は奴に近づくという意識を持つ。僕の体はかなり離れた位置から瞬時に、早虎が僕を認識できる位置へと移動していた。
僕の姿を目にした早虎は、歯を剥き出し怒りの表情を見せた。しかし、その顔からは少しの恐怖を感じ取れた。
まるでそれは、気の弱いネコが外敵から身を守る為に部屋の隅で「シャーッ!」と威嚇をしているみたいだ。
「貴様! ここは何処だ!? 我に何をした!?」
「一つ目の質問だが、厳密には僕にも分らない。二つ目の質問は、お前の全てを僕のものにした」
「くそっ! 意味が分からん……どうでもいい、早くここから出せ!」
「まあ、ここから出たかったら方法は教えてやるよ」
「……なんだ?」
「単純だよ。僕より強大な力を持つか、僕を殺せばいい」
「……なら」
早虎は持っていた波連斬を力強く握りしめて、僕に向かって突進してきた。
「貴様の言う通りに、抹殺してくれるわ!」
きっと奴は、一番自信がある自分の素早さで僕との距離を縮めて、持っていた刀でこの喉元を斬りつけるつもりだろう。
しかし、僕は避けるつもりも、ここから動くつもりもない。
「……なっ、どういうことだ……これは?」
瞬時に僕との距離を縮めたはずの早虎と僕の間は、さっき僕たちが会話していた距離と何一つ変わりがなかった。
「くそっ!」
早虎はもう一度僕に飛びかかろうとする。だが――僕と奴の距離は縮まらない。
早虎はまた飛びかかる。何度も何度も繰り返す。それでも、僕と奴の距離は数ミリも縮まらない。
「はあっ、はあっ、はあっ。……意味が分からない」
息を切らしながら膝に手を付き、早虎は戦意を少し失ったような目でこっちを見る。
「言っただろ? お前の全てを僕のものにしたって。ここは僕だけの世界だ」
そう、ここは僕だけの世界――全てが僕の思いのままだ。
「ぐがっ!」
突然起きた自身への衝撃に、早虎は自分の胸のあたりに目をやった。そこには、黒い空間の突起物の様な物が、胸のど真ん中を大きく貫いていた。
「これはいわゆる慈悲みたいなものだ。やろうと思えば、お前を殺さないように永遠に痛めつける事も出来る。けど、それは僕の心情に反する事だ」
胸に大きな穴が開いた早虎は、持っていた波連斬を力なく手から滑り落した。
「もうすぐお前は消えて無くなるだろう。さあ、約束通り、お前の『我が主』とかいう者の名を教えてもらおうか」
僕の問いを聞いた早虎は、脱力した状態で口元に軽い笑みを浮かべた。
「くっくっ……そうか、貴様も別次元の存在か。……なら、この結果は起こるべくしての事か」
早虎は、これから訪れる死を受け入れたような表情を浮かべ、続けざまに僕の求めた答えを口にする。
「……いいだろう。教えてやろう、あのお方の名を。最初に言ったように、名を知られた所で何も支障はない。我が主の名は……
僕はその名を聞いて、体の内に熱いものと冷たいものを同時に感じた。
熱く感じたのは、とうとう奴を見つけたという内なる闘志。冷たく感じたのは、出来れば奴とは会いたくないという怯えという本心。
その二つの感情が、同時に自身を覆うという不思議な気分を感じている時に、早虎は最期の言葉を僕に向け発した。
「さっき貴様を別次元と言ったが、それはあのお方にも言える事……。夢夢にも己の思い通りに事が進むと思うな。まあ……我に言われなくとも、その身ですでに理解しているだろうが……」
最期に警告をしてきた早虎の体は粉々に消え去り、それと同時に周りにあった黒い空間は霧が晴れるように砕け散った。
外の世界はいつの間にか降っていた小雨も止み、夜空には一面の星が輝いている。さっきまでの死闘が幻だったかのように、今は心地よい静寂の中だ。
僕はそんな中で自分の右手を見つめ、早虎の最期の言葉に返答する。
「ああ、嫌ってくらい理解してるよ」
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