第23話 圧倒

「おい、金丈。奴は死んだか?」

「さあな。だが、あの一撃をまともに喰らって生きている奴はそうはいないぜ」

「まあ、どうでもいいから、ちゃちゃっとあのお方の部位を切り取って帰ろうよ」


 宙に浮いている奴らの会話が、この耳のお陰で聞こえてくる。奴らの希望である死は訪れてはいないが、それなりにダメージは負ってしまった。


 さて、これからどうするか……。僕は、河川敷の斜面に体が埋まった状態で熟考する。


 戦闘慣れした妖怪が、三人でそれなりのコンビネーションで攻めてくる。そのうえ、奴らは僕が予想したよりも上の力があり、僕の誤算によって中々の一撃を貰ってしまった。


 まあまあ頑丈な体を持っている身だとしても、あれを何発も喰らってしまっては取り返しのつかない事になってしまう。


 そこで、僕はある解決策に思考が行った。


 ここでそれをすると、おそらくこの戦いは確実且つ迅速に、そのうえ楽に勝利をもたらす事が出来るだろう。


 だが、僕はその解決策をすぐに一掃した。


 何故なら、それは彼女に大きな負担をかけることになるし、何よりこの状況を一人で解決出来ない事には、これから僕がやろうとしている目標がとてもじゃないが達成できないと思ったからだ。


「おい。大丈夫か?」


 クコの声が耳に入って来る。


「ああ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。クコは相変わらず過保護だな」

「べっ、別に心配などしとらん! 我はただそろそろ夜食が食べたいから、早く終わらせろと言いたいだけじゃ!」

「はいはい。分かりましたよ。てか、また何か買わせる気かよ」


 いつまでもこんな所で寝ている訳にもいかないので、僕は地中から体を起こす。


「おいおい。俺の攻撃をまともに受けて、普通に立ち上がりやがったぜ」

「ふん。まがりなりにも、あのお方に一太刀を浴びせた一味というわけか」

「僕、しつこい奴って嫌いだなー」


 僕は右足に力を入れて飛びあがり、奴らと同じ高さに来ると左足でその場に留まった。


「待たせて悪かったな。案外土の中って気持ち良いから長居しちゃったよ」

「別に待ってねえよ。そんなに気持ち良かったら永遠に埋もれさせてやるぜ」


 自分の攻撃を耐えられて不機嫌になったのか、金丈が鋭い目つきで睨んでくる。


「金丈、冷静になれ。奴の挑発に乗るな」

「わーってるよ。うるせえな」

「でも、思ったよりあいつやるよね。もっと楽にやれると思ったのに」


 金丈と猪熊は、自分たちの力にある程度自信があるようだ。思惑通り物事が進まない事に対して苛立ちを見せている。


 そんな奴らに、僕は平然とした態度で言う。


「それはこっちのセリフだ」


 金丈は僕の言葉に対して、眉を吊り上げた。


「ああっ!? それはどういう意味だ?」

「そのままの意味だ。お前たちの力は、僕が思ったより上だったって事だ」

「ふん。なら、今から尻尾を巻いて逃げるか? まあ、逃がさねえがな」

「逃げる? 何故そう思う?」

「ちっ、とぼけた顔しやがって。いちいちムカつくやつだな。じゃあ、どうする? お前が思ってたより強い相手によ」

「別に。……ただ、戦い方を変えるだけだ」

「戦い方を変えるだと?」

「ああ、僕は見た目通り真面目な奴なんだ。だから、どうしても綺麗な形で勝とうとしてしまう。悪い癖だな。だが、もうそれもここまでだ」

「なんだ? 綺麗な戦い方は止めて、汚い戦い方にでも変えるのか?」

「ああ、そうだ。今からは、ただ一方的にお前たちを葬る」


 僕は、槍を力強く掴み構える。


 金丈たちは僕の雰囲気が変わったのを察知したのか、表情を引き締め構える。


 そんな奴らに対して、僕はある一人に向けて槍を投げた。その相手は早虎だ。槍は早虎の右足を貫く。


 早虎は顔を苦痛にゆがめると同時に、僕は右足にの力を込めた。次の瞬間には、今までの数倍の速さで一気に奴らとの距離を縮めた。


 この速さは、この右足本来の持ち主のものだ。普段はこの速度だと、体をコントロールしづらいので抑えているが、今はそのリミッターを外した。


 常識外れのその速度は、素早さ自慢の早虎など軽く凌駕するものだ。


 僕はそのスピードに付いて来れていない猪熊の首元を右手で鷲掴みにすると、さらにそこから右足の力を使って遠くの方に飛んで行った。


「くっ! しまった!」


 早虎はやられたという顔をするが、もう遅い。既にその場には僕たちはいない。


 宇宙にある月が近づいたと勘違いするほどの上空で、僕と猪熊の二人だけになる。


 下にある街が作る光は、見る人によっては何万ドルの宝石と称されても可笑しくないくらい綺麗で、恋人同士がそこに居れば良い雰囲気になれるだろう。


 しかし、今ここは殺気だけが満ちたおぞましい雰囲気だ。


「ぐっ! はっ、離せ!」


 猪熊は、恐怖心が混じった顔で僕を睨む。


 いきなりの状況変化で焦っている奴は、右手で持っていた双鏡円刃を僕の顔に向け殴りつける様に振って来る。僕は、その右手首を左手で掴んだ。


「煉獄絶破」


 静かに唱えた技名と同時に僕の左手内で爆発が起きて、猪熊の右手が吹き飛んだ。


「がああああああああ!」


 猪熊の悲痛な叫び声が、夜空に響き渡った。


「落ち着け。すぐに楽にしてやる」


 僕はこの特殊な目を細め、奴の急所を見つける。奴の右胸には何かどす黒い塊がある。僕はそこに重なるように左手を添えて、再び小さく唱える。


集結零度しゅうけつれいど


 どす黒い塊は、一瞬にして奴の胸の内で氷と化した。次に僕は奴の胸に添えてた左手を力強く握りしめる。すると、胸にある氷の塊が粉々に砕け散った。


 どす黒い塊を失った猪熊の目から光が消え、全身が糸の切れた人形の様に力を失なう。


 そのまま猪熊の体は粉々になって、暗い夜空の中へ消えていった。 

  

 槍を投げてここまで数秒の出来事。遠く離れた所で、早虎と金丈はあっけにとられた顔でこっちを見ている。


 三人を同時に相手するのが難しいなら、個別で対処すればいい。僕の作戦は一人一人を切り離し、相手を上回る力で一気に潰す事だ。次のターゲットは、もう決まっている。


 本来はスピードのある早虎を先に始末して、その後に耐久性がある金丈をじっくりと確実に処理するのが定石だろう。しかし、僕には奴との約束がある。


 まあ、猪熊を葬った今では、ここでその定石を崩したとしてもさしあたり問題はないだろう。


 そういう結論に至った僕は、さっき自分の手元に戻した槍を、早虎に向かって再び投げつける。当然の如く早虎の右足に槍が刺さり、奴の動きを止めた。


 再び僕は稲妻をまといリミットを外した右足で一気に早虎の頭上に移動し、今度は左足に力を込めた。


無限暗黒むげんあんこく


 そう唱えた僕は、痛みで動きが鈍くなっている早虎の頭上で、円を描く様に左足を回転させた。


 すると、僕が描いた円から黒い光の絹の様な物が出てきて、一瞬にして早虎の身を包んでしまった。


 さっきまで早虎がいたその場には、黒い繭の様な物が出来上がっていた。


「てっ、てめえ! 早虎に何をしやがった!?」


 金丈がいきなり起きた理解できない現象に、少し戸惑いを見せながら怒鳴り声を上げる。


「まあ、ちょこまかと動かれても困るから、少し別な所で大人しくしてもらっているだけだよ。お前は、この左足がただ好きな所に立てるだけのものだと思ったか?」


 そう、この足の本来の持ち主はそんな単純な者ではない。もしそうならどれだけ良かったことか……。


 僕は憂鬱になりかけた気持ちをすぐに振り払い、今ある戦闘に気を持ち直す。


「クソが! てめえが何をしようが関係ねえ! 俺が圧倒的力ですり潰してやらあ!」


 明らかに戦況が変化したことに、先程まで見せていた余裕のある態度を一変させ、鋭い八重歯を剥き出し、金丈は持っていた地割りを振り上げ殴りかかってきた。


 確かにあの攻撃を受けるとそれなりのダメージを食らうが、この眼を持っている者からすれば、金丈のお世辞にも素早いとも言えぬ動きはスローモーションの様に見える。


 さっきは盾で受け止めたから奴の打撃力をそのまま受けてしまった。しかし、今度はそのまま奴の棍棒に触れずに済ませればいい。同じミスは繰り返さない。


 今は他の邪魔者はいなく、奴との一対一の状況――僕は難なくその攻撃を避けた。


 考えなく全力で繰り出したであろう大振りの攻撃動作で隙がある金丈の横面付近に、僕は飛び上がり右足を振り上げた。


「くっ、こい! てめーの貧弱な蹴りなんぞ、弾き返してくれるわ!」


 金丈の言う通り、奴の耐久性にはそれなりのものがある。普通の蹴りでは奴の言う通りに簡単に弾き返されるだろう。


 しかし――それはの蹴りの場合だ。


「我が身に移れ――カマイタチ!」


 僕の呼び掛けに、彼らはこの右足に稲妻を身にまといながら瞬時に集った。稲妻で光り輝く右足は金丈の首元を弾かれず、そのまま直線に素通りした。


 金丈はその後に起きた自分の異変に理解が出来ない様子で、目をぱちくりと大きく瞬きをする。


 しかし、それは当然の事だろう。何故なら、いきなり奴の視界が上下逆になったのだから――。


 金丈の頭部はそのでかい胴体から切り離され、反転し宙高く跳ね上がっていた。


「なっ、なんなんだ……てめーの、その足は……」


 金丈の光を失いつつある二つの目は、膝からつま先までが鋭い刃物の様に変化し、

無数の稲妻が帯電している僕の右足を見つめていた。


「何というか。……まあ、預かりものみたいなものだ」

「くそっ……意味がわかんねえよ……」


 そう最期の言葉を残した金丈の頭部は、灰のように粉々に砕け散り、それに続いて胴体も同様に消え去って行った。


「カマイタチよ、もういい帰れ」


 僕の了解と共に稲妻は弾け飛び、僕の右足は元の形を取り戻した。


「あーあっ。これを使うと、いつもこうなるから嫌なんだよな」


 僕の刃物へと変化した足によって、ハサミで切られたような右足部分のズボンと、地面に落ちてぱっくりと二つに割れた靴を交互に見た。


 どう言い訳して、母さんに新しい物を買ってもらおう……。


 以前は友達とサッカーをして履き潰してしまったと言ったけど、毎回嘘を言うのは嫌だし、だからといって本当の事を言えるわけも無いし。


 今度からは裸足で戦うか? 


「おい、そんなくだらない事など後にせい」


 クコの声が、思い悩んでいる僕に対していきなり割って入って来た。


「いや、お前にとっては小さい事かもしれないけど、僕にとっては中々でかい問題だよ。これは」

「お主は今、命のやり取りをしとるんじゃぞ。もう少し気を張らんか。母親には、適当に野原を駆け回ってたら潰れたとでも言っておけ」


「野原を駆け回っていたらって……遊びが古いんだよ。後、僕もう高校生だよ。どんなわんぱく坊主なの? 野原を一人で駆け回る高校生なんて近所に噂が立ったら、滅茶苦茶痛い奴に見られるじゃん」


「あーっ。めんどくさい奴じゃの。だからそんな事は後でゆっくり考えろと言っておるのじゃ。たくっ……戦いの最中じゃというのに、お主は几帳面というか大胆というか、相変わらず可笑しな奴じゃ」


「分かったよ。これは後にするよ。でも、戦いといっても……」


 僕は近くにある、先程作った黒い繭の様な物体に視線をやる。


「もう終わったみたいなものだけど」

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