第22話 三位一体の鬼

 クコの大きな声が、僕の耳に入る。彼女の警告に、僕は言葉通り自分の上に視線をやった。


 そこには早虎より一回り大きな体格をした、額に大きな一本角を生やし、燃える様な赤色に染まった短髪の大男が、これまた大きな棍棒を振りかざし僕に向け突進して来ていた。


 僕は早虎に向けた攻撃を止め、その大振りな棍棒を間一髪避けると、瞬時に奴らとの距離を取った。


 なんとか大男の攻撃を避けた僕に向かって、今度は息をつく暇もなく両側から、円形の真ん中に穴の開いた刃物が飛んでくる。


 高速回転する刃物を、僕は早虎に突き刺さっていた槍を瞬時に手に戻し弾き飛ばした。


「くっ、金丈こんじょう猪熊いのくま。遅いぞ!」

「へっ! どうした? いつもはキリッとしたいけ好かねえ面しているお前が、こんなにも焦りやがって。がはははっ!」


 先程、僕に棍棒で攻撃をしてきた赤い大男が、大きな笑い声を上げながら早虎の右側に浮いている。


「くくくっ。情けない、情けない。こんなんじゃ、あのお方にこっぴどくお仕置きされちゃうよ~」


 今度は、小さい三つの角を額に生やし、青い艶やかな髪をした細身の男が、二つの円形の刃物を持ち軽薄な笑い声を出しながら早虎の左側に浮いている。


 これは予想外の展開だし、少し良くない状況だ。

 三人の知略がある妖怪が相手。この体になってこんな状況は初めてだ。今からの戦闘は未知の領域に入る。


 しかし、これである謎が解けた。噂話では、被害者は様々な方向から声が聞こえたと言っていた。これは幻術などではなく、ただ単に複数の者がいたという事だ。


 ある程度思考を巡らせば何となく分かるはずだが、相手が妖怪という事で余計な予想を立ててしまった。


 とりあえず、今は自分の予測が外れたことを嘆いていても意味がない。反省会は終わった後だ。


 僕はネガティブな事を考えるのは止めて、今からこの三人の妖怪を倒す為にすべきことをする。


まずは赤い大男だ。僕は大男に目線をやる。


 大男の名は「金丈」。奴の持っている武器は「地割じわり」。その棍棒は通常の数倍の威力を宿し、相手を破壊する。あの武器はまともに受けないようにするべきだろう。


 次は金丈の身体だ。見た目通りその特徴は絶大な腕力だ。素早さは早虎の数分の一だが、その反面攻撃力と防御力はこの中でずば抜けている。


 この金丈という男には、小手先の戦いでは通用しないだろう。


 僕は次に、細身の青い男に目をやる。


 この細身の男の名は「猪熊」。奴の武器は「双鏡円刃そうきょうえんば」。その円状の刃物は、持ち主の意思通りに操作することが出来る。軌道を見て、その予測から避けるのは得策ではないだろう。


 次は、猪熊自身の能力。奴は他の二人と比べると、素早さも攻撃力も防御力もない。ただ、奴には相手を惑わす幻術を使いこなせる能力がある。


 ある意味、一番用心しなくてはいけないのは奴なのかもしれない。


 今現在、僕の目で分かる奴らの情報はこれらだ。


 しかし、僕は奴らにはその事は告げない。奴らは、自分の能力はまだ僕には知られてないと思っているだろう。その状況を利用すれば、ある程度は相手をいなすことは出来る。


 僕は、早虎と一対一で戦っていた以上に集中力を高め、奴らに向かって槍を構える。


「おいおい。奴さんやる気満々だぜ。まあ、俺も同じ気持ちだがな。よし! 俺の名は金丈! お前を完膚なきまでに叩き潰してやるぜ!」

「金丈、うるさいよー。そんなに気合入れなくても、いつも通りにやれば楽勝だよ~。くくくっ。僕の名は猪熊。今から君を切り刻むけど恨まないでねー」


 両者は既に知っている自己紹介を済ませると、僕に向けて各々の武器を構える。


「おい! 金丈、猪熊! 気を付けろ! 奴が持っている槍は、投げれば必ず体を貫くものだ。この我の素早さをもっても、ただの一度も避けることは出来なかった」

「げっ! 何だ、その無茶苦茶な武器は?」

「えー。痛いの嫌だよー。僕、隠れておこうかな」

「ふん! 隠れていても、奴が貴様に向けて投げれば突き刺さる。対抗するには、やられる前にやるしかない」

「あっ、そー。じゃあ、ちゃちゃっとやっちゃおうよ」

「まあ、ここで、うだうだ言ってても意味がねえ。俺が取りあえず一発ぶち込んで来てやるぜ!」


 金丈が、豪快に棍棒を振り上げ突進してきた。僕はそれに対して、槍を投げ飛ばす。すると、槍が当然のように金丈の振り上げた腕に突き刺さった。


「げっ! マジかよ。本当に避けられねえじゃねえか。軌道さえ見えなかったぞ」


 金丈は、苦痛というより驚きの表情を浮かべた。


「だから言っただろ。この脳筋が!」


 早虎が金丈の後ろから飛び出し刀を振り、斬撃を飛ばしてくる。


真空裂破しんくうれっぱ!」


 僕も風の刃を飛ばし、その斬撃にぶつけて相殺させる。


「まだまだ。続くよ~」


 今度は早虎の後ろから猪熊が現れ、二つの円盤を投げつける。


 二つの円盤は途中までは通常の軌道を描くが、急に上下に分かれ僕の背後に回り込んで来た。もし、奴の力の情報が無ければ不意を突かれていたかもしれないが、知っていた僕は冷静にその軌道を把握する。


龍水天翔りゅうすいてんしょう!」


 後方に振り向いた僕の左手から龍を模った水の塊が飛び出し、二つの円盤を弾き飛ばして軌道を逸らす。


 水の龍は上空高くで方向を転回すると、そのまま猪熊に向かって飛んでいく。水の龍は大きく口を開くと、猪熊の体を咥えそのまま河に突っ込んでいった。


 続けざまに、素早い早虎の動きを止める為、自分の手に戻した槍を奴に向けて投げ飛ばした。槍は奴自慢の右足に突き刺さり、思惑通りに動きを止めた。


 作戦通り目の前にいる金丈と一対一の状態を作り出すと、奴の大振りの棍棒攻撃を冷静に避け懐に入り込む。金丈の分厚い胸板に左手を添えて、僕は詠唱する。


煉獄絶破れんごくぜっぱ!」


 その言葉と同時に、掌に炎の塊が出来たと思うと、光りを発して大爆発を起こした。大きな煙が立ち込めた後、中から金丈が飛び出して、そのまま河の中に落ちていった。


 はたから見れば一気に二人の妖怪を倒し、残った一人をそうそうと倒せばいいと思われるだろうが、それは違う。


 僕は早虎に突き刺した槍を手に戻すと、その場に留まり防御の姿勢を取る。


 河に降り注ぐ雨の音だけが少しの間だけ響いたのち、静かに波打っていた水面に大きな渦が生まれ、中心点から太い光線がこっちに向かって飛んできた。


 まともに直撃すれば、遥か彼方に吹き飛ばされそうなほど強力な光線を槍で受け止め、力ずくでどうにか後方に逸らす。


「かー。あれを弾き飛ばすかよ? 自信無くすぜ」

「いや~。あの槍、防御も出来るとか厄介だねー」


 僕の攻撃を受けた金丈と猪熊が、何事も無かったように河の中から浮き出てくる。


「おい、金丈、猪熊! 何を簡単にやられているんだ!」


 早虎が、他の二人に対して非難を浴びせる。


「がはははっ! あいつが、どれくらいの力を持っとるのか興味があってな!」

「僕はちゃんと防御してたよ。金丈なんかと一緒にしないでよ」


 僕の煉獄絶破をまともに受けたはずの金丈を見ると、奴の余裕な言動通りにあまりダメージは与えられていなかったみたいだ。


 猪熊も奴が言っている通り、龍水天翔を受ける直前に自分の武器を呼び戻し、それでガードしていたのを僕は見ていた。こいつも金丈同様に、ダメージはそれほど与えられなかったみたいだ。


 さて、ちょっとした小手調べは終わったが、これからどうしよう……。


 スピードのある奴、攻撃力と防御力のある奴、変則的な戦いが出来る奴。単体ならいつも通りに難なく勝つことは出来るだろう。それぞれ手合わせをして、何となくそう理解した。


 しかし、それぞれ違った特徴を持ち、お互いを補完しあえる者が三人相手だとそう簡単にはいかない。


「おい、貴様ら。我らは遊んでいる暇はないのだぞ。あのお方を無駄に待たせるのか?」


 早虎の言葉を聞くと、他の二人は今までの陽気な表情を少し引き締めた。


「ああ、分かったよ。さっさと終わらせるか」

「そうだね。僕もあのお方を、無意味に待たせるつもりはないし」


「あのお方」という言葉を聞いた瞬間に空気が変わった。


 奴らは同じ場所に集まり、僕に対して構える。


複身幻影ふくしんげんえい


 猪熊がそう唱えると、その身がいくつも分身して僕の周りを囲んだ。


全激全走ぜんげきぜんそう!」


 早虎は、さっきまでの数倍の速さで僕をかく乱するように移動をする。


 高速で動く早虎と複数に分身した猪熊は、僕の上下左右様々な角度から波連斬と双鏡円刃で攻撃を仕掛けてきた。


 双鏡円刃を、分身した数人の猪熊が投げ飛ばしてくる。しかし、そのほとんどが幻影で本物は二つしかない。僕の眼はそれを看破する。


 他の幻影は無視をして、本物の二つだけを槍で弾き飛ばす。


 次に波連斬は、同じタイミングで全方向から斬撃を飛ばしてきた。今回の攻撃は全て本物なので、違う受け止め方をする。


絶風ぜっぷう障壁しょうへき!」


 左手で自分の周りに円を描く様に回すと、僕の体の周りを無数の風の渦が囲み、波連斬の斬撃を全て弾き飛ばした。


 風の渦で周りの視界は閉ざされているが、今自分の後ろに金丈が移動してることが僕の耳で分かった。


 僕は風が収まるタイミングに合わせて、振り向いて槍を金丈に目掛け投げ飛ばす。槍は思惑通りに金丈の胸に突き刺さった。しかし、金丈は動きを止めずに地割りを振り上げる。


爆砕一振ばくさいいっしん!」


 金丈の攻撃を受け止める為に槍を手元に戻す隙は無いと判断した僕は、左腕を折りたたんで身を守るようにガードする。


氷結不動ひょうけつふどうたて!」


 僕の前に、分厚い氷の盾が出来上がる。この氷の盾は打撃系の攻撃に強く、もし軽トラックがぶつかって来ても、傷一つ付けられない代物だ。


 そんな強固な盾に、光りをまとった棍棒がぶつかる。すると、僕の想定とは違う事が起きた。僕自慢の信頼性の高い氷結不動の盾は粉々に砕け散り、棍棒はそのまま僕の体に食い込んだ。


 僕の体は大きくきしみ、そのまま凄い勢いで河川敷の斜面に吹き飛ばされた。地面深くにめり込み、強烈な痛みが久々に自分の体に響き渡った。

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