第20話 後者の妖怪。早虎
何処からともなく、小雨の風に乗って威圧感がある低い声が響き渡った。そして、すぐに僕はその声の持ち主の姿をこの目でとらえた。
奴は河の十数メートル上に浮いた状態で、僕を見下ろしていた。
奴の顔と体は人間の様に見えるが、額からは二本の鋭い角が生え、頭からは虎の様な黄色と黒色の混じったごわごわした長髪を生やしていた。
まるで肉食動物の様な牙がはみ出ている口を、奴はゆっくりと開く。
「我が名は
奴の言葉遣いを聞いて、僕はある事を確信した。
妖怪には二種類いる。
まず一つは己の欲に忠実で、まるで野生動物の様な存在。もう一つは人間の様に知略を巡らせ、自分の欲を満たす事だけを生業としない存在。
厄介なのは後者の方だ。
前者は知能が高くない為、こっちが策略を立てれば大抵は思い通りに事が進む。そうなれば単純に能力が勝っていれば、勝ちはほぼ揺るがない。
それに引き換え後者は、こっちの戦略を見破りさらにこっちを欺き、ほぼ思い通りに事は進まなくなる。そうなれば先の勝敗は見えなくなる。
奴は間違いなく後者だ。
少しまずいな。僕はあまりこういうタイプとは戦った経験が少ない。その理由は、単純に大抵の妖怪は前者だからだ。
「丁寧な自己紹介ありがとう。ところで、お前の言う主っていうのは誰だ?」
「これから死ぬ貴様が知った所で意味はない。無駄な抵抗をしなければ、余計な苦痛を伴わなくて済むぞ」
「お前はそう言われて、大人しくするのか?」
「ふふっ、それはそうだな。では、思う存分抗ってみるがよい!」
奴は背中に下げた長い柄から、これまた長い刀を取り出した。僕はそれを、目を細めてよく見る。
奴の持っている武器は「
次は、奴自身に目をやる。
確かに奴の名前は早虎だ。奴自身の能力は圧倒的素早さだろう。それに、今やっているように宙に浮く能力も持っている。すなわち、空中で奴は高速移動しながら戦えるのだ。
今、この眼で分かるのはこれくらいだ。他の部分は、戦いながら見極めるしかない。
相手が武器を手にしたからには、こっちも出さなくてはいけない。僕は右腕を横に伸ばし、その先に出来た黒い渦の中に突っ込んだ。
いつもこの時は不安に駆られる。何故なら、何が出てくるか自分にも分らないからだ。でも、今のところツイているのか、出てくる武器はどれも強力なものだった。
そうこう考えている内に、右手に何かを掴んだ感触を覚え、僕はそのままそれを引っこ抜いた。
僕の手には、古い布が巻き付けられてある長い槍があった。
この槍の名は「
今回も変な物が出て来なくて、僕は少し胸をなでおろす。
槍を手に馴染ませるように数回クルクルと回した後、両手でしっかりと掴み早虎に向けて構える。
「そう言えば、お前は僕がこれから死ぬと言ったな?」
「ああ、言ったが」
「そんなに自信があるなら、僕と一つ賭けをしないか」
「何が言いたい?」
「もし、僕がお前を倒すことが出来たなら、お前が言っていた主って者の名を言ってもらおうか」
「ふん、いいだろう。例え貴様ごときに名を知られようと、あの方は強大な力の持ち主だ。なんの支障もない」
「約束忘れるなよ」
「しつこいぞ。もう言葉を交わすのは十分だ。さあ、参るぞ」
「ああ、同感だ。僕も早く帰ってシャワーを浴びたい」
奴は宙で重心を低くして、僕を見下ろす形で波連斬を構えた。それに対して、僕も奴を見上げる形で一閃突き極を構える。
しばらくの静寂後、先に奴が動いた。奴はその場で刀を横に振り抜く。すると、波連斬の特性である斬撃が僕の方に向かって飛んできた。
普通の人間の眼ならこの攻撃は見えずに、何が何なのか分からないまま斬られてしまうだろうが、今の僕の眼ではその斬撃が良く見える。凄まじい勢いで飛んでくる斬撃を、僕は右足の力を使って地面を蹴り上げ、冷静に上空へと素早く避ける。
その直後に、僕がいた場所の地面が何かに斬られた様にパックリと割れた。
僕はそのまま勢いで早虎のいる宙に移動し、左足でその場に留まり奴のいた場所に向けて左手を突き出した。僕は奴に向けて雷光を放つつもりだったが、奴がいた場所には既にその姿はなかった。
しかし、僕は奴の居場所を見失ったわけではない。もう奴の存在を認知した僕の耳は、今何処にいるのか把握している。――僕の後ろだ。
奴は僕の背に向かって斬撃を飛ばすと、僕はそっちに向かって左手を横に振り抜く。
「真空裂破!」
波連斬の斬撃と、それに似た僕の風で創り出した真空裂破がぶつかり合い、二人の間で大きな衝撃音が鳴り響き、その場でお互いを相殺し消え去った。
僕は続けざまに早虎に向けて、いくつかの真空裂破を飛ばす。それを奴は持ち前の素早さを生かし、難なく全ての攻撃をかわした。奴はスピードと反射神経を見せつけ、僕からかなり離れた場所にあっという間に移動した。
「ふっ、貴様も中々の速さを持っているようだが、我の速さはそれを凌ぐ。貴様の、のろまな攻撃が我の体に傷をつける事は出来ぬと知れ!」
いくつかの技をいなした奴は、自信を得た顔をした。僕はそんな奴に向けて、一閃突き極をやり投げの様な形で構える。
「さっきも言ったが、貴様の攻撃など当たらぬわ!」
早虎の威勢に満ちた言葉に僕は耳を傾けず、槍を奴に向けて思いっ切り投げ飛ばす。次の瞬間、余裕を持っていた奴の顔は、苦痛に歪んだものに変わっていた。
「なっ、何故だ……。何が起きた?」
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