第18話 クコのライバル。コリンちゃん登場!
僕は出してくれた紅茶を飲み干し、帰り支度をして天川と一緒に玄関前まで来た。
「楽しい時間だったわ。私、こんな素敵な彼氏が出来て幸せよ」
「天川、前にも言ったが、僕と君は付き合ってない」
僕はそう言いながら、傘をさした。
「あら、じゃあ何でわざわざ私の家まで一緒に来てくれたの?」
「いや、天川がこの腕を離さずに連れてきたんじゃん」
「でも、あなたがその気になれば、簡単に引きはがせるんじゃない? 最近は物騒だものね……そういう、優しい所も好きよ」
彼女は傘をさしている僕の側に寄ると、頬に軽くキスをした。
不意な行動に、僕は身動き出来ずにただされるがままだった。
「どう? これが私のグイグイよ。また、明日」
天川は時折見せるいつものいたずらな笑みをし、家の中に入って行った。僕は危うく彼女の押しに、押し出し負けをくらうところだった。
「……おい。いつまで呆けておる? その間抜け面ひっぱたくぞ」
クコが姿を現し、僕の頭の上で胡坐をかいている。
「何怒ってるんだよ? 昼はたらふく食べただろ?」
「別に怒っとらんわ! それに我はいつも腹を空かした食いしん坊ではない」
「あっそ。話は変わるけど、今から少し寄り道するぞ」
僕の提案に、クコは少し嫌そうな顔をした。
「えー。あそこに行くのか?」
「いいだろ別に。必要な事だよ」
クコは可愛らしく頬を膨らませた。
僕は自分の目的地に行く前に、コンビニに寄り少しの買い物をした。
いつも金欠だとぼやいている僕だが、これは必要経費だと自分を納得させた。
ビニール袋に買った物を入れて、僕たちは天川の家からはそう遠くは離れていない寺の跡地に向かった。跡地は周りが竹林で覆われている。その隣には車道はあるが、ほとんど人通りのない閑散とした場所だ。
僕は古びれた寺の廃墟の前で、周りに人がいないことを確認してから声を出した。
「おーい、コリン。僕だ! 姿を見せてくれないか?」
しかし、その呼びかけに返事はない。
「ほらの。あんな臆病者の事なんか放っておいて、早く帰るのじゃ」
クコが帰宅を促した時、寺の廃墟から小さな少女が顔半分をひょっこりと出した。
「やあ、コリン。久しぶりだな。今日は聞きたいことがあって寄ったんだ」
僕は親し気にそう言いながら、コリンに近づこうとした。
すると、コリンは目を吊り上げ片手を前に突き出し、僕の前進を「これ以上近寄るな」と言う様に制止した。続けて可愛らしい薄ピンク色の小さな口で僕に歌うように語り掛けた。
「お前はどこの~だれなのだ?」
僕はコリンがいきなり可愛く歌いだしたメロディーを聞き、顔を少し渋らせた。
「コリン。僕の姿をちゃんと今、見てるだろ? なら、それはいいんじゃないかな?」
コリンは僕の提案を受け付けず、また目を吊り上げさせて歌う。
「お前はどこの~だれなのだ!?」
僕は自分の頭を軽く掻き、溜息を吐いた。
そして、これはしょうがない事だと自分に言い聞かせ、ちょっとした覚悟を決めて息を大きく吸い込んで――。
「ポンポンポンポコポン! おいらは心優しく~カワイイーコリンちゃんの、お・と・も・だ・ち! 崇だ、ポンポコポン!」
自分の腹太鼓を叩きながら、そう大きな声で歌った。
全ての動作を終えた僕は、顔を赤らめながら薄目を開けてコリンの方を見た。
「……おおっ! 崇じゃないか!」
コリンは姿を見せ、狸の絵が描かれたパーカーを着た格好で、こっちに向かってトコトコと駆け寄って来た。
少女の大きさはクコより少し小さく、こまごましている。
コリンの姿は綺麗な黒茶色の髪で覆われた頭からは小さく丸い耳を生やし、お尻からは黒と茶色の螺旋状のホワホワとした尻尾を生やしている。
「なあコリン。もうこの確認作業やめないか? 恥ずかしいんだけど」
「なっ、何を言ってるんだ!? ここ最近危ないんだ。合言葉は必要だぞ!」
コリンがプンスカと怒りながら、その小さな拳を振り上げ抗議してきた。
このコリンという少女の正体は
妖怪と言っても普段僕が戦っている様な凶悪なものではなく、人に厄災をもたらさない存在だ。
やる事と言えば、この根城にポイ捨てなど迷惑行為をする人間などの前に、その人にとって怖い存在に化けて脅かすといったくらいのものだ。
以前、他の妖怪に襲われている所を助けてあげた時からの付き合いだ。
別に僕は妖怪だからといって無闇に退治はしない。妖怪にも様々な種類が存在し、コリンの様にそこまで害があるわけではない者も多い。
今日、なぜ僕がこの子の元を訪ねたかと言うと、単純に情報収集だ。
このビビリと言ってもいい程の警戒心の塊でもあるコリンは、常に自分の住処であるこの街に気を張っている。
その特性を活かし、この街の異変が起きた時はいち早く危機を察知できるのだ。
因みに、悟り蜘蛛の存在を感づいたきっかけは、コリンからの情報だ。
「おい、崇よ。こんな臆病者に頼らんでもいいじゃろ?」
クコが僕の肩に乗りながら、コリンを見下した様にそう言った。
「あーっ! 意地悪小狐め、お前も来てたのか! コリンは、お前は二度と来るなとこの前言っただろ! 帰れ! 今すぐ帰れ!」
コリンがその場で地団太を踏んで、クコに指をさしながらまた怒り出した。
「何じゃと! この下級妖怪が、生意気じゃぞ!」
クコも怒り出し、僕の肩から飛び降りてコリンに掴みかかった。クコとコリンは、お互いの頬をつねりながら取っ組み合いの喧嘩を始めた。
どう見ても妖怪同士の戦いに見えない様子を、小さな子を持つ親はこんな感じなのかなと思いつつ、溜息を吐きながら僕は二人を少し眺めていた。
このままでは話が進まないので、僕は二人の服の首元を、猫を摘まみ上げる様に持ち上げ引き離した。
「こら、クコリン。喧嘩は止めなさい!」
「「略して名前を呼ぶな!」」
少しの間を置くと、二人は落ち着きを取り戻した。
「コリン。ちょっと聞きたいことがるんだ」
「ん? 何だ?」
「実はよそからの情報で、この街に良からぬものが入って来たみたいなんだ。それで、その情報の確信が欲しいんだ」
コリンが、僕の目の前に自分の掌を差し出した。
「ああ、分かってるよ」
僕は、さっきコンビニで買った物を入れた袋から肉まんを取り出して、それを差し出されたコリンの掌にのせた。
「わー、ほっかほっかだー。コリンはこれが好きなんだー」
コリンは目をキラキラさせながら、その肉まんにかじりついた。
こんなふうに、僕はコリンに情報を貰う報酬として、いろんなものを貢いでいるのだ。ちなみに、今コリンが着ている狸パーカーも以前に買ってあげた物だ。
無邪気に喜んでいるコリンを見ていると、後ろからクコが僕の服の袖を軽く引っ張って来た。振り返ると、クコは人差し指を口に咥え首を傾げてきた。
「分かってるよ。ほら、クコの分」
僕は、袋の中に入ってあったあんまんを取り出し、クコに手渡した。クコはそれを嬉しそうに食べだす。
なぜクコにあんまんをあげたかというと、彼女にとって自分の半身が他の妖怪に供物を与えるのはプライドが傷つくのか、コリンに何かをあげる時は同じ様な物を渡さないとめちゃくちゃ拗ねるのだ。
そうなったクコは、凄くめんどくさい。なので、ここに来る時はいつも二人分の用意をして来るのだ。
「でっ、コリン。さっきの話だが、どうなんだ?」
「むぐむぐ。ん? おお。崇の言うとおり、入って来たぞ。こわーい奴が。たしか、隣街との間にある河川敷付近にいたぞ。散歩の時に見かけた。むぐむぐ」
「そうか。で、どんな奴らだった?」
「崇、何を言ってるんだ? そんな危ない奴だぞ。コリンは一目散に逃げたぞ。どんな奴かは知らないぞ。むぐむぐ」
まあ、この子の性格を考えれば当然か。相手の正体や特性までを先に知ろうとするのは贅沢だったかな。だが、これで疑念が確信に変わった。
コリンから目を離しそんな事を考えていた時、近くにある車道を一台の車が通りすぎた。
「なあ、コリン」
もう一度コリンに目を向けると、そこには誰も居なかった。
「さっきの車の音で、肉まん頬張りながら走って逃げて行ったぞ。むぐむぐ」
クコがあんまんを頬張りながらそう言った。
「あの子は、どんだけ怖がりなんだ?」
「まったく、あの小狸め。そのくせ、大妖怪である我には盾突きおって。生意気な奴じゃ」
大妖怪といっても、今のクコの姿を見ればそう思えないのだろう。背丈も似ている事から、コリンにとってはちょっとしたライバルだと思っているのかもしれない。
「そう言ってやるなよ。可愛い妹みたいなもんじゃないか」
「妹? ふざけるのも大概にしろ。あんまん食った後で、噛みつくぞ」
「やれやれ。あと話は変わるけど、今日の夜、外に出るぞ」
「ふん、分かっておるわ。……だが、気を引き締めるのじゃぞ。今回はいつもとは違う気がする」
「ああ、僕もそう思ってたところだ」
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ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。楽しんでいただけているでしょうか? もしそうなら、とても嬉しいです。
ここから、第一章の後半へと続きます。
もし、ここまで面白いと感じていただけたのなら、ご感想や評価の☆を頂けると、今後の励みとなり幸いです。
この後の、崇とクコの活躍をお楽しみください。
西湖南
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