第17話 もう感謝はされない。その代わり・・・
皆の協力? のもと。雨降る中、相合傘で僕たちは無事に天川の家に着いた。
天川の家は、雑草なども綺麗にされて、以前の幽霊屋敷からお洒落な貴族屋敷へと変わっていた。
当初の予定では家の前で別れるはずだったのに、僕はいつの間にか天川家のリビングの窓際にある木製椅子に座っている。
「少し待ってて。今、温かい紅茶入れてるから。星月君はリラックスしていて」
奥にある台所から、天川が機嫌よく鼻歌交じりにそう言う。
僕は、その歌と外から聞こえる心地よい雨音のシンフォニーを耳にしながら、天川家のリビングを見渡した。
清潔感のある気品あふれるリビングには、この季節に綺麗に咲く薔薇が花瓶に生けられていたり、女性特有とでもいうのだろうか、小さな可愛い雑貨などが所々飾られていたりしている。
なんの他意もない観察をしていると、台所の方から深く甘い香りが漂ってきた。普段、緑茶、ほうじ茶などを愛飲している我が家には馴染みがない香りだ。
それと同時に、天川が木製のトレーに同じ花柄で統一された一つのティーポットと二つのティーカップ、それと小さなミルク入れを乗せて、台所から出てきた。
天川は手際よく、僕の前にあるテーブルにそれを並べていく。
「はい。アッサムティーよ。ミルクが合うから、よく混ぜて飲んで」
僕は言われるまま、ティーカップの隣に置かれてあるミルク入れを持ち、そのミルクを紅茶に入れた。すると、アッサムティーの綺麗な赤褐色がミルクと混ざり、ベージュ色に染められていった。
僕はそのままカップを持ち、熱い紅茶で火傷しないように慎重にそれをすすった。
「どう? おいしい? それ、この時期に取れるセカンドフラッシュっていうものよ」
天川が向かいの椅子に座り、両手を組んでその甲で頬杖をしながら、微笑ましいものを見る様な顔をして問う。
「セカンドフラッシュか。なんか必殺技みたいな名前だな」
「ふふっ。子供みたいな感想ね」
僕は、天川の言葉に気恥ずかしさを感じ、顔を少し赤らめた。
「わ、悪かったな。気が利いた事が言えなくて」
「ううん。可愛らしくて素敵よ。むしろ私的には満点の答えね」
「必殺技みたいだなーがか? 天川、お前は少し変だぞ」
「恋は人に、七色眼鏡をかけるみたいね」
恋って……。この人は恥ずかしくないのだろうか?
「それで、どうかしら?」
「どう? って、僕にはこれ以上の言葉は出ないぞ」
「違うわよ。この家の事よ」
「家?」
「そう。ずいぶんと雰囲気が変わったでしょ?」
「何で、いきなり家の話になるんだ?」
「だって、さっき家の中をキョロキョロと忙しなく観察していたから」
「えっ、そう見えたの?」
「ええ。私は気にならないけど、人によっては挙動不審で気持ち悪く見えるかも」
なんてことだ……。
僕的には、平常心で大人の余裕を持ちながら景色を楽しんでいたはずなのに。
今後、女性の家に招かれた時は気を付けよう。
「そんな日が来るのは、いったい何十年後かの?」
どこからか、底意地悪い年増狐の声がした気がしたが、無視をしておこう。
「まあ、今日家に来てもらったのは、私の現状を見て欲しかったって事もあるの」
「そう問われると、そこまで以前の天川の家は分からないけど、率直に言うとだいぶ変わったな」
「よかった。あなたのお陰で、なんとかここまでこれたわ」
僕の何気ない感想を聞いた天川は、今までの人をからかう様な表情から真面目なものへと変わり、背筋を真っ直ぐにして体勢を整えた。
「星月君。ここで、もう一度ちゃんと言うわね」
天川はそう言うと、深く頭を僕に向けて下げた。
「星月君。あなたの助けで、私は本当に助かりました。本当に有り難うございました」
突然かしこまった天川に、僕は戸惑う。
「お、おい。いきなりどうしたんだよ?」
しばらく頭を下げた天川は、顔を上げた。
「いえ。もう一度ちゃんとお礼が言いたくて。星月君がいなかったら、今の私はいなかったわ。だから私、本当に感謝しているの」
「そうか。そう思ってもらえたら、僕も自分がした事の甲斐があったよ。でも、この前も言ったけど、ここまでこれたのは天川の努力だよ」
「ええ、だから安心して。私、これから星月君に感謝なんてしないから」
「え?」
つい数秒前まで深い感謝の意を示した人が、もう感謝を拒絶するとはどういう事だ?
……駄目だ。天川みたいな人と出会ったことがないから、彼女の真意が汲み取れない。
そんな頭を抱えたくなりそうな僕に向かって天川は口を開いた。
「だって私、星月君とは感謝するだけの関係を結びたくないもの。私、あなたとはそれ以上の関係になりたいの。だから、私これから星月君の生活にズケズケと入り込んで、あなたをグイグイと押していくわ」
「グイグイと押すの?」
「ええ。だから最近、参考の為に相撲をよく見ているわ」
天川さん。それが何の役に立つのでしょうか?
「あれを見てよく分かったわ。恋は、押しが大切ってね!」
そう言い、天川は僕に向けて相撲の突っ張りの格好をする。
「だから、感謝するなんていう後ろめたい感情は、その願いを叶えたい私にとって邪魔でしかないの」
なるほど。滅茶苦茶な事を言っている様で、論理的ではあるな。
「そのかわり……」
天川は身を乗り出し、僕の顔のすぐ横に自分の顔を持って来た。
「その代わり、あなたには感謝じゃなく、愛をささやくわ」
そう天川さんは、昔の偉い詩人が言いそうな事を、僕の耳元でささやいた。
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