第13話 すべての始まりはここから
週末になり、僕はある事をする為に早起きをした。
「おい、クコ起きろ。そろそろ行くぞ」
「んー。我はまだ眠い。あと十分待て」
「いつもそうやって起きたためしがあるか? ほら、僕の首に巻き付いていていいから」
クコは気だるげに体を起こすと、その小さな体をクルリと回した。すると、巫女少女の姿は白銀の子狐に変身した。
見た目麗しい子狐は、慣れた様に僕の肩に飛び乗ると、まるでマフラーの様に僕の首元に巻き付いた。
クコには言わないが、僕はなかなかこの状態が好きだ。こいつの毛並みはとてもサラサラしていて肌触りが良いし、とても温かい。天然物のマフラーだ。
僕たちは外に出ると、街に降りる階段とは反対の裏山に向かった。
朝露が葉から滴り、一面は霧に包まれていて視界は悪い。裏山に進む道も舗装されていないので歩きにくい。
しかし、僕は慣れた足取りで決まった道を行く。何故なら、あそこは何度も行った事がある場所だからだ。
数十分歩くと、周りに木々や雑草が生い茂った一つの洞窟にたどり着いた。その誰も寄り付かないであろう洞窟には、入り口に一本の太いしめ縄が掛けられてある。
僕はその縄をまたぎ、中に入って行く。
洞窟の奥に進めば進むほどそこは肌寒くなり、外の光が届かなくなって暗くなっていく。
普通の人間なら、懐中電灯などを持ってなかったら何も見えずこれ以上先に進むのは難しいが、僕のこの特殊な眼もってすればそれも可能だ。
そしてついに、僕たちは目的地に着いた――。
僕たちの目の前には、自然の中では不自然な大きな鉄の扉がある。
扉には、これまた不自然なくらい多くの、いつ取り付けられたのか分からないほど古びれたお札が貼り付けられてある。
ここに来るたび、僕はとても憂鬱な気持ちになる。それと同時に、あの日を思い出す。
クコと初めて出会ったあの日を――全てはそこから始まった。
あれは昨年の冬。雪の降る寒さが身に染みる日。
今みたいな小さい少女の身なりではなく、僕より背が高く端麗な大人の妖怪が、ここにただ一人静かに座っていた。
初めて彼女をこの目にした時、最初に彼女から感じたものは孤独と悲しみといったものだった。
彼女は今にも泣きだしそうな瞳で僕を見つめていた。そんな彼女を見て美しさと今にも砕け散ってしまいそうな儚さを感じた。
僕はそこで何故か、何の根拠もない自分の力で「守ってあげなきゃ」と思ってしまったのである。
その結果が、今の惨憺たるこの現状なのだが……。
出来れば二度とここには来たくはないが、そういうわけにはいかない。
僕は、両手でその重い扉をこじ開けた。
扉の向こう側には、岩で囲まれたそこそこ広い空間があり、隅々には円を描く様に七つの小さな祠が祀られてあった。
祠は各々両脇に置かれた、何故か溶けないロウソクに灯された火で、不気味に照らされてある。
その内六つの祠の扉は開かれてあるが、一つだけは固く閉じられてある。僕は、その唯一扉が閉じられた祠の前に立った。
「クコ、どうだ? ……おい、クコいい加減起きろ」
僕の首に巻き付いているクコは耳をぴょこぴょこ動かすと、目を薄く開いてその祠を面倒くさそうに見る。
「……ふむ、大丈夫だ。以前と変わりはない」
クコの言葉を聞き、僕は少し胸をなでおろし、同時に自分の気持ちを焦らす。
ここに来て、気持ちを落ち着かせるわけにはいかない。定期的にこの場に訪れる理由は、この祠の状態と自分のなすべきことを確かめる為だ。
何故なら――僕はここで自分のほとんどを失ったからだ。
僕はクコと初めて会った数日後、ここに彼女と共に一緒にいた。ここにある七つの祠を守る為に。
以前、ここにある祠は全て扉が閉まっていた。
何故ならその祠には、それぞれこの世には出てはいけない妖怪が封印されていたからだ。
その妖怪たちはどれも強力な力を持ち、古い昔この世に様々な厄災をもたらしていた。しかし、多くの先人たちが力を合わせて、この洞窟の中にある祠に納めたのだった。
それから時は経ち、ここの存在を人々が忘れ去られてしまった中、僕は長い時ここを一人で守ってきたクコと出会ったのだ。
僕はクコと一緒に、封印の力が弱まっていてこの世に解き放たれようとしていた祠の妖怪たちを抑え込もうとした。だが、当時の僕は今みたいな力は無く、クコの足を引っ張ったのだ。
一言で言えば――僕たちは失敗した。
結果、六体の妖怪は逃げ、僕は四肢と両目と両耳を奴らに奪われた。クコもそんな僕を守る為に多くの傷を受け、かなりの力を失っていた。
そんなただ死に向かっていた僕に、クコは戦いで落としていった奴らの部位を繋ぎ合わせてくれて、この姿を創り出してくれた。
その上、クコは自分の心臓と僕の心臓を交換して、僕を生かしてくれた。
クコが、今の様な身なりになった理由はそのせいだ。
彼女のその姿を見るたび、普段は表には出さないが、自分の不甲斐なさと、彼女に対する申し訳なさを感じる。
多くのものを失った僕たちは、自分の体を取り返す為と、この世に厄災をもたらせない為に、奴らを探し倒すことになった。
このまがい物の体になって、まるで自分が自分でなくなったみたいだ。だが、それでも一つこの体に感謝する事は、力を得た事だ。
この体に取り付けた部位は、それぞれ奴らの能力を宿している。今の僕はそれを使って、この世に居る凶悪な妖怪を相手に戦うことが出来るようになった。
今は、本命の祠に封印されていた奴らを倒す為に、奴らよりは力は劣っているが、この世に存在して人に災いをもたらしている他の妖怪と戦って訓練している最中だ。
最初は色々不慣れで、てこずる事が多かったが、クコの助けを借りながら戦いを繰り返し、今ではそれなりに慣れて、そこそこの相手なら難なく倒せるようになった。
僕は、クコと共にこの力を使って必ず奴らを倒し、今目の前にある祠を守らなくてはならない。 特に、厳重に封印されている強力な力を持った者のこの祠は――。
「さて、ちゃんとこの祠の安全も確認できたことだし、そろそろ帰るか」
「ん、もういいのか?」
「ああ、色々決意も出来たし。お前も腹が減ってるだろ?」
「おい、我はそんないつも食い意地がはった卑しいものではないぞ。……それと、卑しくはないが確認したい事がある。今日の朝食の味噌汁にはお揚げは入っておるのか?」
「ああ、心配するな。ちゃんと母さんにリクエストしておいたよ。今では母さんに、僕の好物と勘違いされてるぐらいさ」
「ふん。お主はあれの良さが分からんのか? あれはいろんな味を染み込ませられるし、なんといっても栄養満点じゃ」
「そっか。ならその栄養満点のものを、少しは僕に残してくれないかな?」
「少しは考えておこう」
僕はクコの頭を軽く撫でると、外に向かって歩みを進めた。
「おい……。我は何も気にしておらんし、それとこの姿とこの生活もまあまあ嫌いではないぞ」
「……そっか。それは良かった」
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