第12話  復讐宣言

 あれから時間が進み、昼休みになった。

 それまでいくつかの授業を受けたが、その内容は普段以上に全く頭に入って来なかった。


 思ってもいなかった出来事に処理が追い付かない僕は、昼食も取らずに屋上にただ一人柵にもたれながら景色を眺めている。

 しばらくすると、僕の待ち人がやってきた。


「よお、やっと来たか。君とは話したい事が沢山あるんだ」

「あら、そんなに私と言葉を交わしたいなんて嬉しわ。でも焦らないで。これから時間は十分あるわ」


 僕の目の前には、腕組みをして優雅な佇まいで立っている天川がいた。


「あれはどういうことだ?」

「あれって?」

「誤魔化すなよ。今、学校中で噂になっているだろ? 僕と君の関係について。しかも、その噂の元が君からと聞いたんだが、これは何かの間違いか?」

「いいえ。何も間違ってないわ。私があなたに告白して、付き合う事になったって言ったのよ」


 彼女は何も悪びれる素振りも見せずに、平然と嘘を吐いたことを告白した。


「ちょっ、ちょっと待て。昨日、ちゃんと話したよな? それで君も納得したはずだ」

「ええ、あなたの気持ちは分かったわ。でも、あなたが言ったこと全てに同意したわけじゃないわ」

「ん? どういうことだ?」

「私、本当にあなたに感謝しているわ。でも、それと同時にあなたに凄く怒っているの」

「怒っている? 僕に?」 

「あなた、言ったわよね? 今の私は本当の私って」


 天川が言うように、確かに僕はそう言った。そう言ったのは、僕自身が本当にそう思ったからだ。彼女もそれを受け入れ、今の自分を取り戻した。それなのに何故――。


「でもその後に、そんな本当の私が伝えた想いを、あなたは勘違いだと言った。私の想いに応えられないなら、そう素直に言えばよかったのに、あなたは誤魔化そうとしたの」

「そ、それは……」

「ええ、分かっているわ。あなたは優しいから、私を傷つけたくなかったのよね。でもね、本当の自分に気が付かせてくれたあなただけには、本当のあなたの気持ちを言って欲しかった」


 そうか、確かにそれは彼女の言う通りだ。これは僕の失態だ。


「だからね、私あなたに復讐することにしたの」


 なんてことだ。出来るだけ穏便に済まそうとしていたが、どうやらそれは難しいみたいだ。でも、それも自業自得だ。僕はそのつもりがなかったとしても、天川の想いを蔑ろにしてしまったのかもしれない。


だが、ここで一つの疑問が浮かぶ――。

何故、学校の皆に付き合っているなんていう嘘が復讐になるのだろうか?


「ふふっ。何が何だか分からないって顔ね。私の復讐はね……あなたと結ばれる事よ」


 彼女の言葉に、僕は再び頭が真っ白になった。


「あなたが勘違いだって言った私の想いを実現させて、あなたを見返させてあげるの」

「何でそれが、皆に付き合っているなんていう嘘を吐くことになるんだ?」

「ああ、それはまずは外堀から埋めていく作戦だからよ。幸いな事に、あなたの魅力に気が付いているのはまだ私だけみたいだから、既成事実を作っておいて変な虫が付かないようにしとかなくちゃ」

「でっ、でも、そんなことは僕が皆に嘘だと言えばすぐにばれるじゃないか」

「そうかしら?」

「えっ?」

「私ね、今まで余裕がなかったから気が付かなかったけど、結構皆からの信頼が厚いのよ」


 学校の人間が聞けば、何を当たり前のことを言っているのだろうと思うだろう。


「あなたが言う本当の事と、私が言う嘘。皆、どっちを信じるかしら?」

 言っている事は何か変だが、今朝その現実に打ちのめされたばかりだ。


 彼女は何故か上機嫌になり、少し華麗なステップを踏みながら回転し僕に背を向け、顔だけこっちに向けて笑みを見せた。


「覚悟しときなさい。私の復讐はまだ始まったばかりよ。必ず私に惚れさせてあげるわ」


 天川のその姿は、とても怒りで復讐をしようとしているものではなかった。むしろ、何か新しい遊びを見つけた子供のように、楽し気に見えた。

 どうやら僕は、とんでもない相手を敵に回してしまったらしい。僕にとっては妖怪より厄介だ。

 

 そんな彼女のいたずらな笑みに対して、僕は引きつった笑顔を返すしかなかった。

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