第11話 誰も僕を選ばない

 翌日の朝、僕はいつもより少し遅い時間に登校の支度を済ませた。

 

 今日、学校に行くのは少し気まずい。いや、天川に顔を合わす事が気まずい。


 でも、昨日の彼女を見れば納得はしてくれたみたいだし、こんなくだらない理由で学校を休むわけにもいかない。もし休もうことなら、クコのやつにからかわれるのは目に見えている。それは色々とうざい。


「なんじゃ? さっきからぶつくさと、いつまで鏡で自分の姿を確認しておる? こんな自愛に満ちた者が我と一心同体とは、悲しくなってくるぞ」

「うっ、うるさい。僕は別にナルシストじゃない。ちょっと考え事をしていただけだ。早く学校に行くぞ。遅刻する」

 

 学校の校門まで来ると、そこには登校してきた学生たちが多数いる。周りを見るが、天川の姿はない。でも、それは予想通りだ。何故なら、彼女はいつも優等生らしく僕より大分早い時間に登校していたからだ。


 大丈夫。普通に挨拶をして、以前と同じように適切な距離感を持って過ごせばいいだけのことだ。


 教室の扉の前に立つと、中から同級生たちの少し騒がしい話声が聞こえてくる。きっと天川が久しぶりに登校してきて、皆喜んで盛り上がっているのだろう。この調子なら、さり気なく入ったら誰も気が付かないまま自分の席に着けるな。


 なるべく静かに扉を開き教室に入ると、今まで天川を囲んで騒がしかったクラスメイトたちがピタッと話を止め、一斉に僕の方に視線を向けてきた。


 自分の記憶が正しければ、僕はいつも登校したら数人に軽く挨拶して席に着くだけだ。こんな女子生徒たちからキラキラした好奇心に満ちた目で見られたり、男子生徒たちからむきだしの敵意に満ちた目で見られたりする事は、今まで一度も無かったはずだ。


 僕は、なるべくその原因の分からない視線を避け、自分の席にそそくさと座る。

 しかし、ここでも一つ普段と違う事が起きた。それは僕の席の前にいる哲だ。


 いつもは僕が席に座ると、体をこっちに向けてたわいのない話を振ってくる。でも今日の哲は、前を向いたまま両手を顔の前で組み、そこに顎を乗せて何か難しい事を考えているようなポーズを取っている。


「よお、哲。おはよう」

「……ああ、星月崇君おはよう。今日も相変わらずスタイリッシュだね。僕ら凡人とは何もかも違う」

「哲……何だ、それは?」

「いや、すまない。君を高貴な人とは知らず、今まで気軽な態度を取っていた自分に反省していてね。これからは君の事は殿と呼ばせてもらうよ。ふっ、姫と殿か。こりゃ傑作だ」

「おい、哲。本気で何なんだ?」


 哲は、クルリと体をこっちに向けた。

「それはこっちのセリフだ。いつもは、僕は女なんかに興味はないって態度を取っていながら、陰でこそこそやる事はやっていましたってか?」

「……いや、哲。本当にさっきから何の話をしているんだ?」

「ふっ、そうやってまた興味無いふりですか? その草食系ぶりが秘訣か? そうやって相手が油断して近寄ったところで、肉食系に早変わりしてガブリですか? それで今ではとびきり可愛い彼女持ちですか?」

「だから、草食系とか肉食系とか……ちょっと待て。哲、最後何て言った?」

「さすが演技が上手いな。俳優にでもなればきっと売れるぞ。それで彼女を騙し討ちしたんだろ?」

「ちょっ、ちょっと待て。彼女持ちって、誰が? 誰を?」


 哲は僕に指をさし、次にその指を女子たちの輪の真ん中にいる天川に向けた。


「はっ、はあ? 待て待て待て! それは何かの間違いだ。いったいなんでそんな話になったんだ?」

「そうやって、とぼけても無駄だぞ。この話は、当の姫様直々に聞いたからな」


 今朝、僕は出来るだけ冷静を装う計画を立てていたが、どうやらそれは無理みたいだ。しかし、これで女子生徒と男子生徒の僕に向ける視線の理由が分かった。


 僕は顔を引きつらせながら天川の方を見ると、彼女はいたずらな笑みを見せる。その笑顔の意味が、僕にはよく分からない。


 とりあえず、今は誤解を解かなきゃいけない。そう思い、僕は哲の方へ向いた。

「哲。僕と彼女はそんな関係じゃない」

「おいおいおい。ここまできて、まだとぼけるのか?」

「本当だよ。僕と彼女、どっちの言う事を信じるんだ?」


 僕の問いに哲は笑った。

 さすが僕の友人。この学校で、一番言葉を交わした間柄だ。その笑顔で僕は十分だ。


「そんなの決まってるじゃないか。お前と姫様。お前を取る奴が何処にいる?」

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