第8話 閻魔切り

「なっ、何だ、それは?」

 奴は恐怖心が少し混じったその眼で、僕の右手が持っている物を凝視している。


 右手のそれは、夜に輝く月の光で鈍く照らされている。

 僕が今持っている物。それは――刀だ。


 その刀は、柄から刃まで全てが漆黒色だ。そして、刃先はノコギリの様にギザギザになっている。

 僕は自分の特殊な眼を使って、その刀の正体を見極める。


「……閻魔斬えんまぎりか。なるほど、これならお前を葬ることも容易そうだ」


 刃先を奴に向ける。


「見ての通り、この右手はお前たちを倒す為の武器を引き出す。まあ、何が出てくるか分からないのが欠点だけどね。これからの事を考えると、こういう事にも慣れとかなくちゃいけないんだ。悪いが、お前には練習台になってもらう」

「くっ! 食材風情が、少し力があるだけで調子に乗るなよ! 貴様がどんな武器を持とうが関係ない。わしのこの糸があれば、貴様は近づくことすらできない。わしの毒で、苦痛の死をくれてやるわ!」


 奴は両手を、あやとりをやっているような形にすると、その手の中に円盤の様な物を糸で創り出す。


 すると奴が鬼のような形相で、僕がいる宙に向かってその円盤を投げつけてきた。

 左足を強く蹴り出し、その場を移動して円盤を避ける。


 その円盤はフリスビーの様に方向転換すると、一本の木を真っ二つに切り倒した。そしてその木は切り口から腐り始め、すぐにヘドロの様にどろどろした液体になった。 


 相手の攻撃を、ただただ避けているわけにもいかない。

 僕も奴に向けて、左手から火炎を放った。

 それに対し、奴は自分の無数の糸を張り巡らし、まるで盾の様な物を作り出して火炎を防いだ。


「ふっ、同じ技が何度もわしに通じると思ったか!」


 僕の攻撃を防いでご満悦な奴は、今度は四つの円盤を作り出し投げてきた。

 四方の違った角度から来る攻撃を、避けるのは簡単じゃない。


 しかし、僕には特殊な眼と左足がある。宙の中で作った足場を蹴り、スローモーションの様に飛んでくる二つ円盤を、体を捻りながら僅かにある隙間をすり抜ける様に避ける。


 次に、自分の左側から飛んでくるそれに対し、左手を向け握りつぶす様に拳を作る。

 すると、その円盤の周りに無数の小さな結晶が集まったかと思うとすぐに凍り付き、重さで地面に落ちる。


 最後に正面から来た円盤を、持っていた閻魔斬りで斬り捨てる。

 円盤は、まるで薄っぺらい紙の様に半分に切れた。


「ふん。どうやら切れ味だけは良いようだな」

「それだけじゃない事もすぐ分かる」


 僕は木の側面に右足を付けた。すると、足元に電気が走る。

 そして、足に力を入れると奴に向けて突進した。


 その速度は凄まじく、奴はただ体を反らせて避けるだけで精一杯だった。

 悟り蜘蛛の横を通り過ぎた僕は、もう一度左足の力を使い宙に浮いたまま奴を見下ろす。


「くっ、危なかった」


 奴の脇腹から一筋の血が流れ落ちる。僕の攻撃はどうやら当たってたようだ。

 しかし、それはかすり傷程度のものだった。


「眼の良さは自分だけと思うな。わしのこのいくつもある眼も、貴様の動きを捕らえておるわ!」

「そうか。ならお前を真っ二つに切り捨てるのは、そう簡単じゃなさそうだな」

「くくくっ、そういうことだ。さっきまで余裕を見せていたが、まだまだ勝敗は分からんようだな」

「だが、


 僕の端的言葉を聞き、奴は要領を得ない顔をした。


「なっ、何を言っている? まだ虚勢をはるか?」

「だから、もう関係ないと言っている。お前がどれだけ眼がいいとか、どれだけ強い毒を持っていようが、もう関係がない。……


 奴は、僕の言っている事の意味がまだ分からないようだが、少しして自分の体の異変に気が付く。


「なっ、何だこれは!」


 奴は恐怖心が混じった声を上げながら、自分の脇腹を見た。

 すると、さっきはただのかすり傷だった所が、まるで焼け焦げた炭のようにポロポロと崩れ落ちていたのだ。


「くっ、くそ! どうなっている! どうなっているのだ!」


 焦ったように自分の崩れ落ちていく体の部分を、ホコリを払うように手で叩くが、何も状況は好転しない。


「何をした!? 貴様は、わしに何をしたんだ!?」

「お前と似たようなことだよ」


 僕は、奴に向けて持っていた刀を突き出す。


「お前の毒糸が触れれば中から蝕むように、この刀にも似た力がある。この閻魔斬りは、傷をつけた部分は修復しない。それどころか、切り傷の部分から様々な傷がお前の中を駆け巡っていく」

「なっ、何だと!」

「もう少しすれば、お前の全身は全て切り刻まれる。だから……もう終わりなんだよ」


 僕がそう言った時には、既に奴の体の大半が崩れ落ちていた。

「なっ、なんでこんなことが……なんで、貴様みたいな人間が……存在……する……」


 言葉の途中で、奴の全身は完全に消え去った。

 それと同時に、公園内にあった糸も消えていく。


 戦いが終わり、地面に降り立った僕は大きく息を吐いた。

 何度体験してもやっぱり疲れる。


「あっ、そうだ」


 僕は周りを見渡し、彼女の居場所を見つけてその場に歩み寄る。

 天川は、呆然とした表情で僕を見ていた。


「天川、大丈夫か?」

「うっ、うん。何故かここだけ変な糸とか飛んでこなかったから」

「そっか。まあ結界みたいなものを張っていたから、あの程度の物は通さないようにしてたんだ」

「けっ、結界? 星月君。あなたって一体……」

「んー。まあ、天川も色々聞きたい事があるって分かるけど。今日はもう遅いし、そんな恰好であまり外にはいない方がいいと思うから、この話はまた後日にしよう」


 僕の言葉で、今自分のしている姿を認識した天川は、顔を赤らめて自分の体を腕で少し隠した。


 その後、僕は裸足の彼女を背中におぶって自宅まで送ることにした。途中、かなり体力を消耗していたのか、天川はいつの間にか気を失った様に眠りについていた。


 あわよくば、今夜の出来事は悪い夢だったと思い込んでくれるといいなと思いながら、あまり慣れてない女性が自分に寄りかかるという感触を背に、僕は彼女を起こさないようにゆっくりと歩く。


「まったく、この助兵衛が。お主のそんな、おなごに長く触れていたいと思う浅ましい考えで、のろのろと……我は悲しいぞ」

「おい。心優しい少年が、心身傷ついた少女に気遣うシーンを捻じ曲げるなよ」

「……自分でそういう事、言うかの?」


 天川の家に着き、僕は天川の部屋らしき所に入って彼女をベッドの上に寝かせると、なるべく音を立てずに家を出ていった。


 帰り道、なんとかクラスメイトを妖怪から守る事が出来た僕は、少し心が軽くなったのかクコに今回の戦いの話題を振る。


「クコ、どうだった? 今回の戦いは。僕的には、結構慣れてきたと思うんだけど」

「ふむ。五十点ってところかの」

「えー。ちょっと厳しいんじゃない?」

「馬鹿者。途中、気を抜いて捕まってたところを、我はちゃんと見ておったぞ。今回はあの程度の敵だったからよかったものの、強力な力を持った者が相手なら致命傷になりかねん」

「ちっ、見てたのか」

「精進しろ。でないと、お主が取り戻したいものは返ってこんぞ」

「……ああ、そうだな。クコの言う通り、もっと頑張らないと」

「あっ、そういえばこの近くにある『こんびに』っていう便利屋で、新製品のいちご大福が売っておったぞ。ついでに買って帰ろう」

「何のついでだよ? 無駄遣いはしないぞ」

「あーあ! 今日は疲れたのう。無理矢理たたき起こされるわ、お主のおなご友達を守る為に結界を張らされるわ。あーあ、本当に今日は疲れたのう」

「……分かったよ。一個だけだからな! ただでさえ、最近やたら出費が増えてるんだからな!」

「何故じゃ? 不思議じゃの。あっ、そういえば、五目いなりも売っとったぞ」

「そういう所がだよ!」

「しっ、知っておるか? いなりは東日本では米俵に似せて俵型で、西日本ではキツネの耳に似せて三角形なんじゃよ。そうなると、我としては西日本に肩入れしてしまうの」


「相変わらず、話の逸らし方が下手だな!」

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