第6話 人ではない何か

 僕は悟り蜘蛛からの問いに答えなかった。いや、答えられないと言うべきか。

 何故なら、僕にもその答えが分からないからだ。


 しかし、今はそんな話はどうでもいい。

 今、僕がするべきことは目の前にいる怪物を倒し、クラスメイトを助けることだ。


「確かに、貴様のような異様な者の相手をするには両手がふさがっていては不便だ。まあ、この人間はすべて終わった後に、ゆっくり食せばいい」


 悟り蜘蛛は、操り人形のように縛り吊るしていた糸を緩め、天川を地面に落とした。


 どうやら先程のイカズチで、天川は気を失っているようだ。

 僕はこれからの戦闘で、天川に被害が及ばないように歩きながらその場から離れる。


 悟り蜘蛛も、僕に警戒しながらついてくる。

 中庭の中央から少し離れた場所で、僕と奴は対峙する。


「貴様、どうやら普通の人間とは違うみたいだが、本気でわしに勝てるとでも思っているのか?」

 奴は笑いながら自身の指先から糸を出し、指に絡めてそれを舐める。


「この糸は、わしの意思で強度を自由に変えられる。それこそ、人の首など豆腐のように簡単に切り落とせるぞ」

「それもよく知っている」

「ほう、随分とわしのことを調べたみたいだな」

「いや、そういうわけじゃないけど、僕にはお前がどういう存在かよく分かるんだよ」

「まあ、どれだけ知っていようが、この糸が貴様を切り裂くことに変わりはないがな!」


 右手の五本指を僕に向け突出し、悟り蜘蛛はそこから勢いよく糸を発射した。

 しかし、それは僕ではなく、後ろにあった太い木を貫いた。


「なるほど。思ったより逃げ足は速いようだ」

 奴は自分の後ろに移動していた僕に、笑いながら視線を動かす。


「そうか? お前は思ったより遅いな」


 僕の言葉に、奴は不機嫌そうに顔をしかめる。

「ふん。ちょっとした小手調べで図に乗るなよ」


 今度は両手の指先から、次々に糸を出してきた。

 僕はそれを、人には到底できない素早さでよけていく。

 糸は周りにある木々や、石像を次々に切り裂いていった。


「くっ、ちょこまかと、うっとうしい!」

 奴は連続の攻撃で疲れたのか、息を切らして手を止める。


「はあっ、はあっ。どうした? 大口を開いて、出来ることは逃げだけか?」

「ああ、そうだな。お前の言うとおり、そろそろこっちも動くよ」


 僕は左手を奴に向け、人差し指を突き出した。

「電雷一光!」


 次の瞬間、その指先から電撃が放たれて奴の体を貫く。


「ぐぎゃあああああああああ!」


 勢いよく放たれた攻撃に、奴は反応出来ずにまともに食らった。

 それなりにダメージを受けたのか、奴はよろめく。


「ぐがが。……貴様、さっきもそうだが、どこからその様な力が出てくる?」


 奴は焦り出したのか、乱雑に糸を繰り出し振り回し始めた。

 糸は鋼鉄の鞭の様に、いろいろな場所にめり込んだ。


 しかし、こんな計画性のない攻撃は僕には当たらない。

 僕の眼はいい。奴の糸はまるでスローモーションの様に見える。


「くそ! くそ! くそ!」


 奴の攻撃は、外れるたびにどんどん雑になる。


 こんな理性が無い物など怖くない。どうやら今回は楽に済みそうだ。

 そう思い、僕はまた繰り出された奴の大振りの攻撃を避け、足場のいい所に着地した。


 すると、突然足場から糸が飛び出し、僕の両腕に糸が巻き付いた。


 僕は目を凝らす。……どうやら、奴はこの糸を地面に着けている足から出し、地面の中で待機させていたらしい。


 まんまとやられたみたいだ。


 奴は自分の攻撃を避けられて理性を失ったそぶりを見せて、もともと用意していた罠に僕を誘導したみたいだ。


 やれやれ、こんな簡単な罠にかかるとは……反省しないといけないな。


 クコに言われたのに、僕は油断したみたいだ。

 これは終わった後、小馬鹿にした笑みで小言を言い続けるクコの顔が目に浮かぶ。


「くくくくくっ。馬鹿め。わしが取り乱していると勘違いをして、すました顔をしていたのが笑えるわ」


 本当にその通りだな。なんというか……恥ずかしい。


「さて……それではそろそろ、そのか細い腕をずたずたに引き裂いてくれよう。そして貴様を殺した後、骨の髄までしゃぶりつくしてやろう」


 すると、悟り蜘蛛は地面に着けていた蜘蛛の足を上にあげた。

 それと同時に、僕の腕に絡まっていた糸がきつく締まり食い込んできた。


 その様子を、奴は嬉々として見ている。


 僕が今にも悲鳴を上げて、その場で崩れ落ちるさまを想像しているのだろう。

 そんな奴の顔が、時間が経つにつれて次第に曇っていく。


「なっ、何故だ? ……何故、貴様の腕は砕かれない!?」


 奴の言うとおり、僕の腕からは糸が食い込む音しかしない。

 そんな呆気にとられた奴の顔を横目に、僕は腕に絡まった糸を引きちぎった。


「そっ、そんな。ありえない! この糸は鋼鉄も引き裂く! 人間の腕ごときを切り落とせないなんてことあるはずない!」


 どうやら、今度は本当に焦っているだろう奴が、目を凝らして僕を睨みつけた。


「貴様! 本当に人間か!?」


 僕は間髪入れずに左手を開いて、奴に向けて突き出す。


「火炎烈風!」 

 すると、そこから今度は火炎が放たれ奴の全身を焼く。


「ぐがあああああああああ!」


 今度の攻撃で、かなり奴にダメージを与えられたようだ。

 少し焦げた匂いを出し、おぼつかない足取りでよろめいている。


「くっ、くそ! こっ、こんな人間がいたとは……」


 今まで僕のことだけを見ていた奴が、いきなり標的を変えた。

 奴は指から糸をだし、気を失い倒れていた天川の体に巻きつけた。


「ここまで体力を奪われるとは……まだまだこれの心は食い所が多かったが、こうなればもうこの肉を食いつくしてこの地を去るしかないようだ」


 天川を自分の所に手繰り寄せた奴は、そのいくつもある足の脚力で中庭の外へと飛び出していった。

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