第5話 闇夜に潜む妖怪
空に満月が昇り天を照らし、地上の文明的な光が消えて人々が寝静まる時に、僕らは動き出す。
小さな蛍光灯の光に照らされた僕の部屋の机には開かれた日本妖怪記があり、そのページには蜘蛛の絵が描かれてある。
それを横目に僕は、普段家の仕事を手伝う時に着る作務衣と呼ばれる動きやすい服装に着替え、親に気が付かれないように外に出た。
「こんな時間におなごの家に行くなど、お主はいつからそんなふしだらになったのじゃ?」
「茶化すなよ」
「くくっ。何、緊張しているお主を気遣って、冗談を言ってやっただけじゃ」
「もう慣れたよ」
「ほう、それは頼もしいの。じゃが、あまり気を抜くと足元をすくわれるぞ」
「ああ、それはよく知っているつもりだ」
そう、僕はよく知っている。あれらに対して気の緩みなどあってはいけないと。
そんな事をしてしまうと、どんな結果になってしまうかを。
僕はよく知っている――。
僕とクコは、再び天川の家の前に来た。
固く閉ざされた鉄格子を軽く飛び越え、敷地内に入る。
広い中庭の中央で立ち止まり、僕は天川の住んでいる洋館を見つめる。
洋館は昼間と同じ様に光は灯っておらず、人がいる気配はまるでない。
「で、どうじゃ?」
クコからの問いに、目を凝らす。
そして僕は、奴の存在を確かめた。
それと同時に、奴もこっちの存在に気が付いたみたいだ。
「……ああ、もうすぐ出てくる」
すると、洋館の入り口の扉がゆっくりと開き、中から一人の少女が出てきた。
――天川だ。
白いネグリジェを着た天川は、腕をだらんとしながら裸足で歩いてくる。
そして、僕から少し離れた場所で立ち止まった。
「天川! 星月だ。僕が分かるか?」
「…………」
天川は返事をしない。
そのかわり、その場で少し宙に浮いた。
さっきまで力なく下に垂らしていた腕を、まるで縛られている様に両腕を上にあげた天川は、顔を苦悶に引きつらせ薄目でこっちを見てきた。
「…………星月君……たすけて……」
乾きかけのタオルを絞って出したような声だ。
僕は、それの原因に対して軽く舌打ちをする。
「天川! 少し痛いかもしれないが我慢してくれ!」
少し天川に対して申し訳ないが、これは彼女を助ける為だ。しょうがないことだと自分に言い聞かせ、僕は左手を空に向け掲げた。
次に軽く指を「パチン」と鳴らす。
すると次の瞬間、天川の少し後ろにイカズチが落ちた。
「きゃあああああああ!」
『ギャアアアアアアア!』
二つの悲鳴が、静かな夜空に響き渡った。
「隠れていないで、出てきたらどうだ? 僕にはお前がよく見える」
僕の声に対して、天川の後ろからそれは姿を現した。
それは下半身が巨大な蜘蛛で、上半身が髪の長い裸の女だった。
「誰だ? このわしの、優雅な食事の邪魔をする愚か者は」
その蜘蛛は、赤い目で僕をじろりと睨み、どす黒い声を発した。
「僕の自己紹介の前に、まずその子を離せ」
蜘蛛は次に、自分の指先から出ている糸で縛り上げた天川に目線を移した。
「その子? それはこの食材のことか? くくくっ、こんな美味なものをわしが手放すと思うか?」
「そうか。けど、両手がふさがったままこの僕を相手にするのか? ……悟り蜘蛛」
悟り蜘蛛と言う名を聞き、その蜘蛛は眉間にしわを寄せた。
「貴様……何故わしの名を知っている?」
「名? いや、それ以外にも色々知ってるぞ。お前は人の負の心を読む。そしてその獲物の恐怖心、後悔などを助長させそれを食す。そして、負で心を満たし食い尽くした後、その抜け殻になった人間を食う……だろ?」
「なるほど、よく調べたようだな。だが、それ以外にわしはよく鼻が利く。この鼻は、おいしい匂いを嗅ぎ分ける。その他に、異物にも敏感だ」
悟り蜘蛛は、鼻をクンクンと鳴らす。
「そう、貴様にも人間の臭いがする。しかし、その他にも色々な臭いが、貴様にまとわりついている。……貴様、本当に人間か?」
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