第十一話
城の外周を走ってセリーヌと兵士たちが交戦している庭が見えてきた。多くの兵士たちがセリーヌと戦い、多くの死体が草の上に倒れていて、僕はその合間を走り抜けてセリーヌがこちらに気づける範囲まで近づいた。
たった今、剣で兵士の腹を鎧越しに突き刺したセリーヌが、およそ四馬身ほど離れた所で立ち止まった僕を見て目を見開く。それは周りの兵士たちも同様で戦闘が一時中断されたような状況になった。
すると離れたところにいたユリスの声がした。
「パスカル! 何やってんの?! 危ないだろ!」
「そうだよ。ここは危ないから離れてて。すぐに終わらせるから」
兵士に刺さった剣を引き抜きながらセリーヌはそう僕に言い放った。さっきまで生きていた兵士の死体がどさりと崩れ落ち、草の上に倒れる音がする。しかし僕に退く選択肢なんて無い。
「いや、もうここで終わりだよ。……君を止めに来た」
僕は片手で持っていた剣を両手で持つ。セリーヌを囲っていた兵士たちは物々しい雰囲気を感じたのかセリーヌから離れるように下がっていった。
その時、「何するつもりだよ!」と上からアレクシオスの声がした。
「戦うつもりなの?! 無理だよ! じゅ、術式のないただの剣じゃないか! それじゃセリーヌは死なな―――」
「僕の相手だ! 邪魔しないでくれ!」
僕は声を上乗せしてアレクシオスの声を遮る。僕の勢いに押されたのかアレクシオスは何も喋らなくなった。
しかしまだユリスが黙らない。
「本気なのかよ! 兄弟、君に敵う相手じゃない。」
「口を出すな!」そう割り込んだのはアレクシオスと同じ窓から顔を出したアレクシスだった。「これはセリーヌとパスカルの問題だ。……そうなんだろ、パスカル」
そう言いながらアレクシスはじっと僕を見た。アレクシスの声に気圧されたユリスは「くっ……。正気かよ。全員、セリーヌから離れろ!」と号令を出して隊を退かせた。
剣を持った僕とセリーヌが目を合わせる。最初に口を開けたのはセリーヌだ。
「本当に勝てると思う?」
「勝てるかどうかじゃない。僕が止めなきゃいけないんだ」
「止めるためには勝たなきゃいけないよ?」
僕は一度静かに深呼吸した。そして再びセリーヌを見る。セリーヌが身につけている鎧に付いた凹みや傷がここからだとよく分かる。
「現実的に無理だと思ってる。ここに走ってくる時も勝ち方が浮かばなかったよ」
「それなのに来たんだ。なんで?」とセリーヌが心配そうに聞いた。
「言ったでしょ。それでも僕が止めなくちゃいけないんだ」僕は目を瞑り、剣を持っていない方の手で自分の胸に触れた。「……うん、怖いよ。ここに立ってるのが。普通に考えたらすぐ分かるんだ。戦わないのが正解で、こんなことしない方が良くて、現実的に間違ってる」
目を開けてセリーヌを睨んだ。その時セリーヌの目は少し泳いだ気がした。
「君もそうなんでしょ? こんなこと間違ってるって君が一番良く分かってる。でも分かってて君は来た。判断がヘンになるって言ってたけどそうじゃない。君は君の意思でここに来て、君の意思で罪のない人もアレクセイも殺した……」
「……。ズバズバ言わないでよ。侵食されたって言い訳で楽になってるのに」
「それくらい分かるって。ずっと一緒にいたんだから……。でも分からないことの方が多いよ。君は
「
確かに気持ちだけは分かる気がした。僕だって現実的に僕がセリーヌを止められるわけが無いけれど、だからってセリーヌと戦う気持ちは消えてない。
何かは分からないがセリーヌはセリーヌの
セリーヌはまさに現実を喰らおうとしている。放っておいたら本当に兵士たちを全員殺すだろう。だったら僕だって喰らいつかなくちゃいけない。
「そうだね、セリーヌ。僕も君と同じだよ。君を止めるって気持ちは絶対に変わらない」
「聞くのはこれで最後にするよ。無理だとしても?」
「うん。君だって無理なことをするためにここに来たんだ。僕も同じところに行かないと君に手が届かないから……。待たしてごめん。殺してあげるよ」
言葉の終わりと共に僕は剣の持ち手を両手で握って構えた。剣が僕の腹と垂直に真っ直ぐ伸び、斜め上を向いてセリーヌに剣先が向いた。呼応するようにゆっくりとセリーヌも剣を構えるが本気の構えでは無さそうだった。
今の状況でも恐怖で脚の震えが止まらない。気合いで止めようとしても無理だ。だったら震えたままでいいと僕はセリーヌに走り出した。
走ってる最中に頭が回る。今まで剣なんて振ったことがないからどうやるのかを必死に考えるが上手くまとまらない。今更になって、セリーヌから誘われた通りに剣術を学べば良かったと後悔した。
剣の射程にセリーヌが入った。無我夢中で剣を横に振る。しかしセリーヌはそれをいとも簡単に後ろにステップして避けた。
そしてセリーヌは剣を振って僕の腹に当てた。といっても剣の切っ先ではなく剣の側面の切れない部分で、死ぬと思った僕の予想に反して僕は叩きつけられて後方に弾き飛ばされるだけで済んだ。
シャツしか着ていない背中に地面と衝突した痛みが襲ったため、立ち上がるのが遅くなってしまうが、セリーヌは僕が立つまで待ってくれていた。あくまで真剣勝負と受け取っていないようだった。
僕はまた剣を構えて突撃する。今度は剣を右斜め上に振り上げてセリーヌに近づくと振り下ろした。セリーヌはそれを剣を合わせて受ける。僕の持つ剣とセリーヌの持つ剣がぶつかった。
僕は次にセリーヌの剣から剣を離して剣先を横に振った。今度もセリーヌが僕より数段素早い動きで剣を操って受け止める。再度ガキン、と鈍い音が響く。
するとセリーヌは僕の剣を彼女の剣で押しのけた。その力のままに僕の剣は弾かれてしまい次の一手が打てなくなってしまう。
僕がよろめくうちに、セリーヌは両手で持っていた剣から右手だけを離して、右の握りこぶしで僕の左頬を殴った。僕の顔がいとも簡単に右方向に振られる。
セリーヌは今度はがら空きになった僕の腹に前蹴りをかました。それが蹴りだと気付いたのは後ろに飛ばされて再度背中から倒れた時だった。
やはり実力差は明確だ。今の力を得たセリーヌで無くても僕は勝てやしないだろう。しかし諦めるなんて考えは僕に無い。
痛みを堪えて立ち上がる僕にセリーヌが言い放つ。
「やっぱり君じゃ無理だよ。私は止められない」
「分かってるさ……っ! 僕だって君と戦うなんて嫌だよ。でも、無理やり託された王座の方がもっと嫌なんだ……!」
「そう。……あんまり調子に乗ると痛い目見るよ」
そう言い切るとセリーヌが僕に向かって走り出した。反射的に「うわっ!」と情けない声をあげてしまった。
セリーヌが剣を横方向に振りかぶって凪いだ。僕は慌ててセリーヌがやっていたように剣を合わせて防ぐ。
僕とセリーヌの持つ剣同士がぶつかると、直感的に、セリーヌはあえて僕が反応できるスピードで攻撃してきたと悟った。
当たった瞬間僕がセリーヌのパワーを脚で堪えている間にセリーヌはもう行動を始めた。剣を離して右足を一歩下げると、素早く左脚を軸に身体をひねり、しなやかに伸ばした右脚が僕の腰の左側に当たる。
激しい痛みと共に僕の身体がよろけかかる。
「ああああああっ!」
そう叫びながら痛みを押さえ込んでよろける身体を制御した。そして思考回路もおぼろげながら僕は剣を上に振り上げ、セリーヌに向かって残った力の全てで振り下ろす。
しかしその一連の動作はまるで年老いた魚のようにフラフラで、セリーヌからしたら避けるのなんか簡単だっただろう。僕の振り下ろす剣はセリーヌが横にステップすることで簡単に避けられた。
僕は自分の行き場の無い勢いによって前方向に倒れ込んで転ぶように地面に膝をつく。四つん這いの体勢になってしまったが、それでも剣は離さなかった。
片足を整えて地面に片手を置いて立ち上がろうとすると、僕の前に立ったセリーヌが僕の頭のすぐ近くに剣の先端部分を向けた。僕は思わずぎょっとしてしまう。
「もう殺したことにするから早くここから離れてよ。そうじゃないと本当に……君の身体を切らなくちゃいけなくなる」
僕はその言葉を無視して、剣を両手で持って僕に向けられた剣を弾くと、立ち上がって剣をセリーヌに正面から振り下ろす。セリーヌは僕の攻撃をまた正面から剣で受けた。
剣同士がかち合い、僕は僕の力を振り絞ってセリーヌの剣を押していく。するとセリーヌは僕の目を見て喋った。
「分かったよ。じゃあ終わりにしよう」
セリーヌの剣の力が増した。為す術なく僕は押されてしまい、いとも簡単に僕の剣は押し退けられた。僕の剣は右方向に弾かれて剣から左手を離してしまい、僕は力に押されて一歩下がってしまう。
するとセリーヌはよろめく僕を見ながら、剣を僕から見て左下に振りかぶった。
「ごめんね」
ボソッとそう呟くとセリーヌは剣を右上に振り上げた。シャツ越しに切られた僕の胸には左の脇腹から右肩にかけての斜め方向の直線の傷が生まれた。
焼けるような痛みと共にその傷から血が溢れる。泣きたいし叫びたいし、もう楽になってしまいたいが、僕は歯を食いしばった。今が一番のチャンスだからだ。
僕は剣を両手で持ち直してセリーヌに迫った。これにはセリーヌも反応出来なかったようで、セリーヌの胸に向かって真っ直ぐ突き刺した剣を受け止められなかった。
セリーヌが僕が諦めないと思わなかったんだろう。さっき与えた痛みで終わると思ったんだろう。
何が終わりだ、舐めんな!
僕の剣がセリーヌの鎧を突き破って、もう動いていないであろう心臓がある胸まで貫く。後ろによろめくセリーヌをさらに剣で押して仰向けに倒し、僕はセリーヌの腹に馬乗りになった。
剣に突き破られた鎧を見る。ふとセリーヌが鎧を磨いている時を思い出した。セリーヌは鎧を磨く最中に僕が近づくと、僕の父上から鎧を賜った時の喜びや、王家に仕えてきた頃の活躍や思い出などを自慢げに語ってくれた。その嬉しそうな顔を見るのが僕は好きだった。
そんな関係ない事を考えながら僕は王家の剣の持ち手を強く握って、力の限りさらに剣を深くまで沈めていった。僕の目からは涙が溢れていたが、それは胸の痛みによるものでは無い気がした。
するとセリーヌが僕に向けて暖かい満面の笑みを向けた。
「ははっ。痛いじゃないか……」
その言葉を最後にセリーヌから力が抜けていくような感覚がした。鎧から黒い煙が放出し、セリーヌの顔や瞳が腐っていく。
僕はセリーヌがただの死体に戻ってもなお、しばらくその場から動かずに泣いていた。
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