第八話

 僕達は聖堂があった山から降りてすぐに王城に招かれた。王城に着いた頃には夜が明けて日も昇り、もう若干傾きかけているくらいだった。

 休憩も場所の移動中のみで寝ずに昼過ぎを迎えた訳だが、あの一件があったために僕は眠気を感じるどころではなかったしアレクセイ達も眠りたがる様子はなかった。しかし僕も含めて疲労が溜まっている。無駄話をする余裕は無かった。

 僕たちはとある一室に案内されてローベル王と対面するのに相応しい衣装を着させられた。その部屋に行くまでにユリスは別れて従者と共にどこかに行ったようだ。

 そして案内されるまま前回と同じ王室に入り、両脇に鎧をまとった兵隊が並んだ赤いカーペットの上を歩いて、前回の作法を思い出しながら僕たちは王座に座るローベル王の前で跪く。前回と違う点でいえば一人少ない所だった。


「ご苦労だった。ユストの聖堂を焼き討ちにしたそうじゃないか。期待以上だ」

「はっ、お褒めに預かり光栄です」


 僕たちを代表してそう言ったのはアレクセイだった。ローベル王は軽く頷くと口を開く。


「ユスト教団も調子に乗ったものだな。ただこの国の発展に黙って尽くしていればいいものを……。我が国の発展を阻むものは敵だ、排除しなくてはな。たとえ兄上だろうと」


 僕は思わず顔を上げた。「えっ?」と締りのない声が出てしまう。


「今だから言おう、パスカル。お前の父、前アンリ王は我が国の発展に無関心だった。他国を侵略したり領土を拡大したりせず、やる事は内政や庶民の心配ばかり。これではこの国の発展を願いながら死んでいった先々代私の父が悲しんでしまう。だから私は兄上を襲撃することに決めたのだ」


 言い終えたローベル王は憑き物が落ちたようにため息を吐く。すると今度は僕たちに心底見下す目を向けて言った。


「兄上の意志を継ぐ君たちも我が国の邪魔だ。用済みとなった以上死んでもらう。皆の者構えろ」


 ローベル王の指示通りカーペットの両脇にいた兵士たちが一斉に剣を引き抜く。跪いたまま俯くしかない僕たちをローベル王は同情なんか一切していないように見つめていた。


「報酬として墓は豪勢なのをこしらえてやる。安らかに眠れ」

「……ろ、ローベル王。あなたという人は……」アレクセイが震える声で言う。

「助けを呼んだって来ないぞ。今は王室この部屋でどんな音がしても近づかないように兵士たちに伝達してある。諦める事だな。」


 アレクセイはゆっくりと顔を上げてローベル王を睨む。そして驚く様子のローベル王に吐き捨てた。


「どうやら、まだ剣を向けられてるのが自分だと気づいておられないようですね。このクソボケジジイが」

「何っ!?」


 アレクセイに言われて初めて気づいたのかローベル王の顔が真っ青になった。慌てて兵隊に向かって怒号を上げる。


「何をしている! 誰に切っ先を向けているのか分かっているのか!」


 この計画は移動中の馬車でユリスが切り出した事だった。無駄話こそしなかったがローベル王を殺す計画については話し合っていた。

 計画といっても王室に置く兵士をローベル王に不信感を持つ者や恨む者で集めただけだ。ユスト教団の事が終わればローベル王が王室で僕たちを殺すつもりだと聞いたユリスはすぐこの計画を立てて兵士を募ったらしい。

 王室で誰かを殺す場合には王室に誰も来ないように細工するので、ローベル王がいくら喚いても誰も来ることは無かった。


 一分もかからないで事が終わる。王座には首を切られて絶命したローベル王の死体が苦痛に歪んだまま残されていた。

 すると王室の扉が開きユリスが入ってきた。それを見た兵士たちがササッと道を開けると、ユリスの目にもローベル王の死体が飛び込んでくるが、しかし反応は淡白なものだった。ユリスが自分の父の死体をまじまじと見つめながら僕たちに近づいた。


「お疲れ。後はこっちでなんとかするから、君たちはもう帰って寝るといいよ」


 ユリスが僕たちに告げるとすぐさま踵を返して王室の扉に向かおうとするがそれをアレクセイが呼び止めた。


「待てよ! こっちはまだ気が済んじゃいねえぞ!」


 アレクセイはガバッと立ち上がって激しい怒りの眼でユリスを睨んだ。ユリスが振り返ると同時に反応した周りの兵隊たちが機敏な動きで剣を抜いてアレクセイへと向けるが、ユリスは冷静に「待て、手を出すな」と言ってのけると兵隊たちはしぶしぶと剣を下ろした。

 アレクシスが立ち上がってアレクセイに「落ち着け! 俺だって気持ちは分かるが殺されちまうぞ」と諭す。僕とアレクシオスは呆然とへたり込んでいた。


「そいつの言う通りだ、僕はもう王の息子じゃない。……あんたらを殺そうとしたのは謝るよ。確か成り上がりたかったんだろ? 僕が良いポストを用意するからもう忘れてくれ。セリーヌのことも」

「くっ、てめえ!」

「おい!―――」


 アレクシスの静止も間に合わずアレクセイはユリスに殴りかかってしまった。頬に一撃を喰らったユリスが腰からカーペットに崩れ落ちる。

 周りの兵隊たちがすぐさまアレクセイを取り抑えようと鎧の鉄の音を鳴らしながら動くが、尻もちをついたユリスは殴られた頬を抑えたまま「手を出すな! 僕は許す!」と一喝すると、アレクセイを取り囲んだ兵隊たちは不承不承そうに一歩下がって行った。

 すると今度はアレクシスがアレクセイの片方の肩を掴んで制止させる。アレクセイはまだ息が上がっていて落ち着かない様子だった。



 アレクセイの怒りがまだ鎮まらないまま僕たちはユリスが用意した馬車で帰っていた。もう夕暮れだった。来る時はワクワクした道のりでも帰りの雰囲気は最悪で、特にその雰囲気にアレクシオスが摩耗している。馬車に揺られながらアレクシスが顰め面をしたアレクセイに言った。


「セリーヌのことを忘れろとは言わない。怒るなとも言わねえ。けど……ユリスを敵に回すのはまずい」

「ああくそ、頭痛ぇ……。おいパスカル」


 アレクセイに急に名前を呼ばれた僕は思わず肩を震わせてしまった。


「分かってんだろうな。お前のせいで死ぬことになったんだからな」

「やめろ! 裁判でもするつもりか。良いことが無いだろうが」とアレクシスが止めに入るとアレクセイは馬車の窓の外に目を移した。

「……くっ、うるせえな。言ってみただけだ」


 その後の会話などは無く、馬車はいつの間にか町を突っ切って森の中の屋敷の前に着いていた。僕たちが馬車を降りきるとそそくさと馬車は行ってしまう。いつも通りの屋敷だが疲れからかなんだか久しぶりな感じがした。

「はは、長かったね」アレクシオスがほっとしたように言うと「そうだな」とアレクシスが少し微笑んで返した。

 アレクセイがドアを開けて僕たちがなだれ込むように中に入っていく。

 ゆっくり休めると思っていたのだが、しかし中に待ち受けていた者を見て僕たちは固まってしまった。


「えっ……」とアレクセイが思わず声を漏らす。

「おかえり。待っていたよ」


 セリーヌ用の椅子に座る、異形の姿となったセリーヌが机に手を起きながら僕たちの方を見ていた。セリーヌはいつも大事に手入れをしていた鎧を纏っていた。

 アレクセイが動揺しながらも口を開く。


「な、なんでお前……!」

「鎧を取りに来たの。裸だと寒いから」

「そういう問題じゃねえ! お、お前どうなってんだよ!」

「さあね。私には正直さっぱりなんだけど」

「…………もう死んでるんだよ、セリーヌ」とアレクシオスが言いづらそうに小声で割り込んだ。


 アレクシオスが言った言葉にアレクシオスが一番辛く感じていたようだった。その言葉に誰も反対意見を言わないのは、僕と同じようにこの場にいる皆が薄々そう思っていたからだろう。アレクシオスが続ける。


「聖堂を燃やした時に煙が出ていたでしょ? 多分だけど、その中に燃えて死んだ人たちの怨みや未練だったり、ユスト教団の歴史で溜まってた力も篭ってたと思うんだ。その煙が死にかけたセリーヌに共鳴して……入り込んだ。セリーヌに入ってった煙が鎖のように無理やり死体とセリーヌの精神を繋ぎ止めてる……。今は多分そんな状態……なんだと思う」

「……かもね」セリーヌは冷静に言った。「侵食されてる感覚があるんだ。私が私じゃなくなる感覚。判断がヘンになってる。多分私はもうすぐで私を見失う気がするんだ」

「そうなったら……どうなるんだよ」


 アレクシスが冷静にと努めている様子が見えるが声からは動揺を隠しきれていなかった。聞かれたセリーヌが薄く笑うと、はっきりと僕の目を見て言った。


「パスカルに王座を託す。これが今まで私が生きてきた意味だし、これから死んでいく意味だ」

「……ぼ、僕にはそんな…………」

「君が大事だから言ってるんだよ」


 僕は思わず一歩後ずさりしてしまった。皆が僕の方を見る。逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


「よく分かんないよ……! め、めちゃくちゃじゃないか! 僕のことを想ってるなら、僕がやりたいことをやらせてよ!」

「……。そうかもね。……でもそれだと死にきれないよ。君を愛してるから」


 セリーヌはガタッと椅子から立ち上がると、淡々と僕たちに話し始めた。


「私はもうすぐでパスカル以外の王族を全員殺しに行く。そうなればパスカルが王になるしかないだろうね。私が今の私じゃ無くなった時、手始めにユリスを殺しに行くと思うよ」

「ま、待ってよ!」


 僕の制止の声なんてまるで無かったようにセリーヌがドアに向かっていく。僕たちは呆然と道を空けてセリーヌがドアを開けるのを見届けるしかなく、止まりそうに無いセリーヌに誰も何も言えなかった。


「パスカル。それが嫌だったら、私を殺しに来るんだよ」


「えっ?」と思わず僕は素っ頓狂な声をあげると、間を置かずにバタンとドアが閉じられた。ドアを閉じる前にセリーヌが言った言葉が僕の中で反芻していった。

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