第四話
手紙が渡されてから三日経った日の昼前。普段家の周りでは聞かないはずの馬の蹄と車輪の音に、屋敷で家事をしていた私とアレクシス、製薬をしていたアレクシオスとパスカルが反応する。
やっていることを中断してアレクシスが真っ先に扉を開けに行った。私もそれに続いて外に出て、後ろからパスカルとアレクシオスも玄関を通って音の方を見る。
外には一台の大きなキャリッジ(人を運ぶための四輪車両)とそれを引く白い馬で成された馬車が止まっていて、そして馬の手綱を握っている髭面の男が私たちに気づくと馬から降りた。
森に似合わない紳士服姿はその場だけ切り離された印象を受ける。パキパキと小枝を踏み鳴らしながら彫刻のような笑顔で近づいて、自らをローベル王の使者だと名乗った。私とアレクシオスが警戒の眼差しを向け、パスカルが不安がちに見つめる中、アレクシスが笑顔を返して対応する。
城に向かう旨を伝えるとその使者は喜びの感情を表現し、ご所望なら三兄弟も含めて今すぐにでも城に連れて行けると言った。
しかしアレクセイが留守だ。今日のところは帰ってもらった。
翌日、再度馬車が来たのは前日と同じ昼前だった。馬に乗る男性の案内で私たちはキャリッジに乗り込む。
まずはパスカルが足をかけた。キャリッジの豪華な装飾と意匠にたじろいでいる様子だった。座席の一番奥、窓の傍に座る。
次はアレクセイ。じろじろと見回しながら乗り込む。城に行くというのに普段着姿でも気にしていなかった。
次は私の番。私は私なりの正装として、アンリ王に仕えていた頃に賜った特別な鎧を着た状態で乗り込んだ。夜襲を受けた日にも着ていたものだ。鉄の音をガチャガチャと鳴らしながらパスカルの隣に座るとパスカルはどこか鬱陶しそうにしていた。
次はアレクシオス。いつも着ている大きめの外套と宝石のネックレスを首にかけた姿だ。眠そうにあくびしながら乗り込んだ。
最後にアレクシス。足を馬車にかけてもう片方の足が地面から離れると、私はその時大幅に馬車が傾く感覚を受けた。
馬車は森を抜けて森の麓の町に入り、そのまま王都に続く道に入っていく。ガタガタと揺られながらふとアレクセイがパスカルに話しかけた。
「にしてもいよいよ見れるわけなんだな、パスカルが王族なところ」
「ははは……。本当は僕も実感が湧かないんだよね」
などと会話する二人。馬車に揺られても三兄弟が動じないのは、パスカルが王族の人間、アンリ王の息子だと知っているからだ。
だが私は屋敷に来た当初から正体を明かしていたのでは無く、むしろできるだけ隠そうと努めていた。それを見破ったのはアレクセイだ。
屋敷に来て十一ヶ月程のこと。私は森の麓の町で食糧の買い出しに出かけていた。同伴するのはアレクセイだった。このことは大変珍しく、アレクセイと共に買い物に行くのは十年経った今でも両手で足りる回数しかない。なぜならアレクセイは家事を全く手伝わないからだ。
その日はアレクセイに仕事が無かった。賞金稼ぎをしているのだがその日入れるものが無かったらしい。だが普段は仕事が無い日でも家事なんかしないので、今思えば共に会話するためのアレクセイの建前なのではないかという気がする。
麓の町に降りて肩を並べて歩き、店を巡って必要なものを買っていく。しかし必要ないものまであれこれ買いたがるアレクセイを制御するのがまあまあ疲れた。
ようやっとのこと大方買い終わり、荷物をアレクセイと半々ずつ持って帰路につくタイミングで、アレクセイが話を切り出した。
「なあ。ずっと言おうと思ってたんだがよ……」
「ん?」と私は首を傾げる。すると彼の口から発されたのは私を驚かせるものだった。
「パスカルって先代のアンリ王の息子だったりするか?」
「……どうして?」
「俺さ、賞金稼ぎやってるだろ? 最近になって名をあげてよ。王都の兵士とも仲良くなってきたんだ。その時に知った名前を聞いたんだ、セリーヌってよ」
私は驚いて事情を聞くと、どうやらアレクセイはアンリ王の夜襲に際して死んだとされたセリーヌとパスカルのことが耳に入ったらしかった。
身元がバレてしまうという危険を感じて私がアレクセイと初めて会った時のように睨むと、アレクセイは「安心しろよ、お前らで賞金を得ようって話じゃねえから」と微笑んでみせた。
「俺が聞きてえのはお前らがどうしたいかだ」
「えっ?」
「実際どうなんだ? パスカルが王になることを諦めてないのか?」
「私は諦めてないよ。アンリ王に託されたんだ、パスカルを王座に座らせるって」
「へへぇ……。あいつの座る王座なら俺のひざくらいになるな。そんなの城にあるのか?」
そう言いながらアレクセイはおどけるようにケラケラと笑った。私は「なんで聞いたの? そんなこと」と尋ねてみる。
「実はな、俺はローベル王も追い出して自分だけの国を創りたいって思ってんだよ。俺とアレクシスとアレクシオスが治める国だ」
「……はあ? 馬鹿でかい夢だね。大きすぎてこの世界には収まらないよ」
「まあな。俺だってガチで考えてるわけじゃなかったんだ。そんくらい成り上がりたいって意味でしかない。パスカルのことを聞くまではな」
「どういうこと?」と私が聞き返す。
「つまりだ。お前らはまだパスカルが王になるのを諦めちゃいない。俺たちを側近にするって条件でパスカルが王になる協力をしてやろうかって話だ」
アレクセイの声色と瞳に嘘の兆候は見えない。現状光が見えてこない野望においてこれ以上無いほど嬉しい申し出だった。ある点に目を瞑れば。
「アンリ王王が託して下さった通りに、私は何がなんでもパスカルを王にすると決めてる。必要になったらアレクセイを見捨てることもあるよ」
「ふっ……くはははっ!」
アレクセイは心底おかしそうに笑った。口角を上げたまま私に言う。
「お前、それは見捨てる瞬間まで言っちゃいけねえんだよ。逃げられちまうだろうが」
「えっ? でも……」
考えてみたらその通りなのだが、しかし黙っているとアレクセイを騙している気がしてしまうので言わないなんて出来なかった。その気持ちをアレクセイは笑ったのだろうか。
何はともあれ、聞かれたことは取り消せない。「アレクセイは……今の話、やっぱり辞めるの?」と私は不安がちに聞いた。するとアレクセイはしばらく考えるように黙りこんでから言う。
「条件がある。うん、条件が」
「何?」と私は聞き返す。
「もし俺を見捨てなきゃなんない時、一言でいい、『好きだ』って言ってくれるなら…………考えてやってもいい」
私は思わず固まってしまう。白昼堂々、なんて話をしてるんだとも思ってしまう。横を見ると、今更恥ずかしさに気づいたのか徐々に赤くなっていくアレクセイの横顔。
どう返していいか分からなかったが、とりあえず―――
「あの……それが告白だとしたらダサいかな。ムードが全く無いし、タイミングも流れも無理やりで……」
仕返しをしてやった。変にドキドキさせやがって、という気持ちで。
それを聞いたアレクセイは私から顔を逸らしたが、しかし耳が急速に赤くなるのは隠せていない。
「買い忘れたもんがあった! 先帰ってろよ!」
と言いつつアレクセイが帰路とは違う明後日の方向に身体を向けて一歩歩き出した。だが私はそんなアレクセイの荷物を持っている腕を掴んだ。
「逃げないでよ。君からした話でしょ?」
あの時私は思わずにやついていた。戸惑うアレクセイが面白おかしかったし、何より嬉しかったのもあった。
今現在、馬車に揺られるアレクセイはあの頃とだいぶ変わった。出会った時は盗賊だったのだが、出会ってから七ヶ月ほどで盗賊から足を洗い、賞金稼ぎに転身してコツコツ頑張っていき、今や王都の連中が注目するほどの存在となった。
あの日以来アレクセイの口から私の好意が語られることは無い。しかしその好意だけは変わっていないことを私は願っていたり、いなかったりする。
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