第三話

 私はパスカルに届いた手紙のことについて考えながら帰っていた。横に並んで歩くパスカルはどこか足取りが重そうだ。肉親であったはずのアンリ王を討ち取った憎きローベル王、その息子からの手紙……。

 まず手紙の内容からして随分前に所在が発覚していたらしいことが分かる。そして全てを調べ上げた……とは言えないだろう。『反ユストの諸部族』なんて大層な勢力は率いていない。だがパスカルの居場所を掴んだのは確かであり、手紙は確かに渡された。

 渡されたわけだ。屋敷うちに郵便受けなんて大層なものは無いので直接手渡されたことになる。私は聞いてみる。


「ねえ。手紙それは誰が渡してきたの? 怖い人だったりした?」

「それがさ……ユリス本人なんだそう。そう名乗ったよ」

「……。外堀は埋めたってメッセージかもしれない。でも始末しようとはしてこないみたいだね。とりあえず相談しよう、三人に」

「うん」


 パスカルは物悲しげな表情で手紙を見つめている。風に吹かれれば崩れてしまいそうな儚い横顔。口にはとても出せないけれど、十六歳になったのだから少しくらいは頼りに出来る強さが欲しいと願ってしまう。そうじゃないと私が居なくなった後が大変だ。ひょっとしたら手紙を渡すんじゃなくて直接殺されてたのかもしれないんだから。


「どうしたの? やっぱり怖い?」

「怖いのもあるけど……。変なこと聞くけどさ、セリーヌはローベルのこと怒ってるの?」

「もちろんだよ。アンリ王を殺して王座が横取りされたんだから。君が座るはずだった王座だよ」


 私はきっぱりと言い切る。ローベル王が奪った王座を取り返していつかパスカルのものにすることを願って生きてきた。ただこの十年間チャンスも手段も何も無く、巨大な城を前にどうすることも出来なかった。

 しかし絶好の機会は今まさに舞い降りたのかもしれないと考えている私がいる。実際私は謎の手紙に幾許いくばくかの期待を寄せているのだ。

 しかし私の考えとは裏腹にパスカルの表情は暗い。思うところがあるのだろうか。そう考えているとパスカルが口を開く。


「僕はローベルに妙に怒れないんだよ。お父様の命を絶った人だ。怒るべきなんだろうけど……。それは分かってるんだけどさ、妙にね、セリーヌみたいな熱意は持てない」


 非常にパスカルらしい発言だ。人里離れた森に住むうちに心優しい子に育った。それは良いが、さすがにここまで野心が無いのはいささか不安だ。

 その後歩き進めるとしばらくして屋敷が見えてきた。中に入るとアレクセイとアレクシスの姿があった。

 顎髭を蓄えたアレクセイと非常に体格の優れたアレクシスはテーブルを挟んで向かい合って座って何やら話している。十年も経つと最初に出会った頃とは見てくれが変わってくるが、醸し出す雰囲気はあまり変わってないように感じた。

 アレクセイは私達の帰宅に気づくと嬉しそうに声をかけた。


「おい聞けよ! アレクシスがまた弓術大会で優勝したらしいぜ!」

「大したことでもないよ」そうは言うがこれみよがしのドヤ顔だ。

「そんなはずあるか。大きめの大会だったんだろ?」

「まあ、隣国から来たジュリオってやつは強かったな。アイツには正直焦らされた」


 そう言うアレクシスの前の机の上には幾らかの金とトロフィーがあった。アレクシスは肉体を使う仕事に向いている事は言うまでも無かったのだが、まさか弓術だとは予想外だった。

 しかし実力は本物だ。反復練習によって数えきれないほど矢を放ち続けた剛腕は、強大な力と繊細な使い方をマスターして弓と矢を味方につける方法を熟知していた。

 およそ三年前。屋敷の裏で練習中のアレクシスにふと聞いたことがある。その日に何度目かになる弓の弦を引いている時だ。


『そういえば、どうして弓にしたの? 剣術だったらもっと稼げると思うのに』

『いやいや、時代はコレさ。これからの時代の争い事は剣よりも弓が多い方が勝つ……と、俺は思ってるわけだがね』


 アレクシスは言い切ると弦を手放した。吸い込まれるように的の中心に向かう矢を的は受け入れたのだった。

 そうした努力の積もり積もった結果がこうしてトロフィーとして現れたと思うと私も嬉しくなる。それはパスカルも同じだった。


「わあ! アレクシス、すごい!」

「はははっ」とアレクシスも満更でもなさそうだ。

「パスカル、お前もアレクシスくらい大きくなるんだぞ? もっとモノ食えよ」

「よ、余計なお世話だよ」パスカルがアレクセイのからかいに言い返した。


 この屋敷においてパスカルが望めば剣術と弓術の師をつけられるのだが、パスカルは早々に武術の道を諦めたようだ。

 そろそろ本題に入りたいがしかしアレクシオスがいなかった。十八歳だが多忙な日々を送っているので居ないことはよくあるが、全員揃った状態で話さないとならないだろう。


「アレクシオスはいないの?」と私は言う。

「部族会議だよ。最近はユスト教の勢いが拡大してるから」


 アレクシスはそう教えてくれた。ユスト教団、アンリ王への夜襲においてローベル王に協力した勢力だ。ローベル王がその座に就いたおりに勢いを増したが、届けられた手紙によると今はローベル王の手に余るほどになったらしい。色々と自業自得だ。

 アレクシオスが帰ってきたのは私たちが帰ってきてから三十分ほどしてからだった。


「ただいま〜……」


 開いた扉も入ってきた声も疲れきっていた。アレクシオスは大きめの外套と宝石のあしらった首飾りを着こなして帰ってきた。私含め椅子に座る四人がアレクシオスを見て大方の疲労を察する。


「おかえり。どうだった?」と私が声をかけた。

「どうだったも何も……退屈だよ。おじいちゃんの話は長いし。それにめぼしい進展は無かったなあ」


 十八歳という類を見ない若さで魔道士の資格を得たアレクシオスは魔道士が集まる秘密裏の部族会議に度々出席している。魔道士として製薬もできるので表の顔として薬を売っているのだが、なんとそちらの仕事の方も忙しくなってしまった。さらにユスト教団の勢力の拡大で頻繁に部族会議が開催されるようになったので現在スケジュールがパンパンだ。

 パスカルはアレクシオスの製薬や薬の売買、配達をよく手伝っていた。今日は部族会議があったのでそれらが無かったが、普段は助手代わりに動いたり薬を手に麓の街を駆けずり回ったりと、パスカルはアレクシオスの負担をいくらか肩代わりしていた。

 扉から机に近づくとアレクシオスが机の上のトロフィーに気づいた。「おお! アレクシス兄さん、やったの?」と聞く。アレクシスは自慢げにただ笑みを返した。


「みんな、話したいことがあるんだ」


 全員が揃ったので私は話を切り出した。「なになに?」と言いながらアレクシオスが残った最後の一席を引いて座り、アレクセイとアレクシスが訝しげに私を見る。


「手紙が届いたの。パスカル、見せてあげて」

「うん……」


 パスカルがそっと机の上に封筒ごと手紙を置いた。それをアレクセイが拾って封筒から手紙を取り出して読み上げる。


「えぇっと……『手紙をこうしてお送りしましたのは、お願いの為です。ご存知かも知れませんが、近頃ユスト教の勢力がますます力をつけ、王である父にも、私の手にも負えなくなってきています。

 彼等は恐れを知りません。そんな中、貴殿の噂を聞きました。過去のあの日、お亡くなりになっていたと思っていた貴殿が、今や反ユストの諸部族を率いておられると……。是非とも城へと戻って来て頂き、ご協力願いたい。

 貴殿の人生を狂わせた者の息子からの誘い……無理なお願いなのは承知しています。しかし、私はいつか貴殿にお会いし、謝罪し、できることなら良い関係を築きたいと思っているのです。貴殿に城に来て頂きたい一番の理由はそこにあります。

 このような形でのお呼び出しにはなりますが、どうか前向きにご検討下さいませ。

 あなたの兄弟、ユリス』……」


 言い終えるとアレクセイは難しい顔をした。私はしばらく見ていなかった瞳の奥の炎が燃えるのを久しぶりに見た気がした。


「図々しい奴らだね。謝りたいならそっちから出向くもんじゃないかな」アレクシオスが文句を言う。

「厄介事を押しつけたいだけなのに、良い関係を築きたいのが一番だなんて嘘でもよく書けたものだ」アレクシスも同様に不満を漏らした。

「どうやらローベル王はあなたたちの力を当てにしてるみたいなの。反ユストの諸部族って多分あなたたちのことだ思うから。どうする? 城に行く?」

「当然だろ」


 言い切ったのはアレクセイだった。「えっ?」とアレクシスがアレクセイを驚きの目で見る。それは私やパスカル、アレクシオスも同じ目をしていた。

 アレクシスがアレクセイに問う。


「兄さん、本当に行くつもりなの?」

「当たり前だ。ローベル王だかユリスだかなんだか知らないが、要するにユストを潰してえんだろ? そんな楽しいことなら俺も仲間に入れてもらいてえよ」


 邪悪に殺気立って、そして心底嬉しそうにほくそ笑むアレクセイ。おそらくはアレクセイ以外行かないとなっても単身で城に行くのだろう。その様子と執着に私は思わず身震いしてしまった。

 アレクシスもアレクシオスもそれを悟ったのか、はたまたアレクセイと同意見なのか、アレクセイに続いて二人とも城に行く決意を口にした。

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