第五話

 城に到着した馬車から降りた私たちを出迎えたのは、城の扉まで続く道に配置された二十余りの兵士達と、その中心にいるパスカルやアレクシオスと同い年ほどの男だった。

 その男は外に出た私たち、特にパスカルを見ると深く静かに笑みを浮かべて歩み寄った。


「ユリス……」


 パスカルが言った。手紙を直接渡してきたというので顔を覚えていたようだ。ユリスはパスカルに向かって握手の誘いとしての手を差し出した。


「覚えててくれたんだ。嬉しいよ、兄弟」


 ユリスがパスカルに向けた声は暖かかった。慈愛とも呼べるそれには嘘偽りのない温もりがあった。

 しかしユリスは手紙を渡すあの日までパスカルと会ったことが無いはずだ。パスカルもその気味の悪さを感じ取ったらしく少し肩が震えるが、握手を断れる状況でないためおずおずと応えるように手を差し出した。

 ユリスの手は捕食するようにパスカルの手を取ると嬉しそうに両手で熱く握った。そして満足したのか離す。


「父上がお呼びだ。案内する」


 そう言うとユリスはパスカルから目を離して今度は私たちを見回した。「君たちも」と言ったユリスの声にはさっきまでの暖かさが無かった。あくまで歓迎の態度はパスカルだけのようで、私がユリスから感じる視線は冷たいものであった。いやむしろ敵意のようなものを感じてしまう。


 ユリスと取り囲む兵隊の案内で城を歩いていく。

 城自体はだいぶ変わっていた。夜襲を受けたあの日にところどころ焼かれたり打ち壊されたりしたので、ローベルが新しく城を改装したようだ。覚えていた間取りは形跡として少々あったがほとんどが新しく、そして外観はアンリ王が君臨されていた頃に比べて一回りほど大きくなっていた。

 連れてこられたのは王座の間の扉の前だった。室内とは思えないほど大きな扉は私たちに威圧感を与える。この扉もまた新しいが、王座の間のある場所は変わっていない。

 二人の兵士によって開かれたその扉から向こうの部屋には、まず床に敷かれたカーペットが出迎えて、赤く長いカーペットが続くのは数段の段差、そしてその上に王座があった。

 そこに座るのはローベル王だ。実は私はその姿を見た事が無いし、パスカルも顔を見たとしてももう忘れていると思った方がいい。なので王座に座っているという情報でローベル王だと決めつけた。


 パスカルもアレクセイ達も緊張しているようだ。アレクセイとアレクシスは今頃私服なのを後悔しているだろうか。無理もない。私はというとそこまで緊張したりはしていない。十年前の記憶ではあるが作法は覚えている。


「父上。パスカルと彼を育ててくれた御一行が到着しました」


 ユリスがまずカーペットを踏んでローベルの元に向かっていく。私が続いて歩くと、様子を伺うようにアレクセイ達も歩き出した。さらにその後ろからは取り囲む兵士がついてくる。

 王座への段差にある程度近づいたところでユリスが立ち止まる。私はそれに合わせて記憶を頼りに正しくひざまずいた。アレクセイ達も私の格好を見ながら同じように跪くがだいたい間違っている。特にアレクシスがひどく、床につける膝が逆だ。


「ご苦労であった。ユリスよ」


 ローベルにそう言われたユリスは一礼するとカーペットの脇、王座の近くに逸れた。後ろを着いてきた兵士も同様に各々の配置に着く。

 ローベルは俯瞰から私たちの垂れた頭を見回すと髭に覆われた口を開いた。


「パスカル。おお、パスカル。会いたかった。大きくなりおって……。心配していたぞ」


 アンリ王に夜襲を仕掛けた分際で何を言うか。そもあの日はパスカルもろとも始末するつもりだっただろうに。私以外の助けが来る様子は無かったはずだ。

 私の中に悔しさと怒りが込み上がる。しかしこの場は感情をあらわにしてはいけない。


「はい……」と力なく応えるパスカル。すると意外なことに顔を上げた。「あ、あの、聞いてもいいでしょうか」

「なんだ?」

「ど……どうして僕の父上を……殺したんですか?」


 私は驚きと共にパスカルに対して、よく聞いてくれた、と思った。ローベルは神妙そうな顔で顎髭を三回ほど撫でると言った。


「アンリ……。偉大な兄だった。私だって殺したくは無かったのだ……」ローベルはわざとらしく片手で目を塞いだ。「すまなかった、パスカル。お前には苦労をかけた」


 その割には計画に迷いが無かったじゃないか―――喉から出かかったその言葉を私は飲み込んだ。はっきりと理由を言わないのはなぜだろうか、という質問もまとめて。

 ローベルは目元にかけた手を腕ごと下ろす。やはり目元に何か感情が現れた様子は無い。


「私の次の代はユリスに託している。代わりと言ってはなんだが、ユリスの側近としての地位を用意しよう。どうやらユリスはパスカルのことを気に入っているようだ」

「そ……そうですか……」とパスカルは納得行っていないがローベルは意に介さない。

「ああ。従兄弟としてユリスを支えてやってくれ」


 その後ローベルは軽く私たちにハリボテのような感謝の言葉を伝えると本題に入った。

 と言っても要約すると簡単だ。ユスト教団が最近勢力を拡大してきて目障りだから潰して欲しいと。直接的にそうは言ってないのだが、言葉の端々にその意図が滲んでいた。



 その後馬車で送り返された私たちは、二日後となったユリス教団の本拠地への襲撃に備えることになった。

 本拠地の場所も教えられた。国の東の方に存在する切り立った山の頂上付近、少し下がった所に聖堂があるようだった。本来極秘であり、国中にユスト教団の信者が増えつつある今でもその場所を知る者は少ない。

 緊張からの疲労が溜まっていた私たち。日が落ちてきた頃に屋敷に帰ってくると、すぐにアレクシオスがなだれ込むように椅子のひとつに腰掛けた。


「はぁ〜〜っ、きっつ! ああいう場所は苦手だなあ」

「生まれてきて一番緊張したかもしれないな」


 そう言いながらアレクシスが続くように椅子に座ると「ふぅ……」と内蔵にまとわりついた疲れを剥ぐようにため息をついた。

 私は身につけていた鎧をカチャカチャと脱いでいく。その間にアレクセイも椅子に座るが、座った瞬間に私に対して「腹減った。セリーヌ、早いとこ飯を用意してくれ」と言ってきた。私は「たまには自分で作ったらどうなの?」と冷たく言ってみるが「いいじゃねえかよ、お前だけ疲れてなさそうだし」と反論された。正直反論にはなっていないと思う。

 ふと横を見ると、パスカルは屋敷に戻ったというのにまだ不安や緊張が抜けきっていなかった。神妙そうな顔で立ち尽くしている。


「どうしたの? パスカル」

「いや、ちょっと」と遠慮がちに言うパスカル。

「パスカル。ユリスに王座は渡さないよ、約束する。王になるのは君だから」

「……うん」


 パスカルは目を伏せて俯いた。薄々勘づいていたが王にはなりたくないのだろうか。それだと非常に困る。鉄製の小手を外しながらパスカルに聞く。


「やっぱり嫌? 王になるのって―――」

「そ、そういうことじゃないよ!」


 強めに否定された。思わず鎧を脱ぐ手が止まってしまう。パスカルは続けた。


「だってセリーヌにも、父上にも、みんなにも託された事なんだ。辞めるわけにはいかないよ」


 一見決意を持って力強く言っている風だが無理をしていないかと心配してしまう。

 だったらどうする?『無理しないでいいよ、ずっとこのまま屋敷で暮らしてもいいから』と声をかけるか?パスカルのことを想えばそうした方がいいのかもしれない。

 だが私はアンリ王にパスカルの事を託されたのだ。アンリ王の願いをこの身に引き受けた。それは私の願いに成った。

 酷い言い方だが無理をしているなら都合が良い。しかし全てパスカルのためだ。私が居なくなっても大丈夫なほどの力が、王としての権力がパスカルには必要だ。

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