断章 その後のスローライフ

118話 地味でしあわせな二人の生活

「つ、疲れたあぁ――」


 とある夏の日の夕暮れ時。

 外仕事を終えてヘトヘトになった俺はアトリエの玄関をくぐり、そのまま倒れ込むように床へと突っ伏した。


「ニコ、一日お疲れ様でした」


 ボロ雑巾のように床に倒れ伏す俺を、エプロンを着けたミステルが優しい笑顔で迎え入れてくれる。


「さっきリビングの窓から裏庭の様子を見てみました。雑草がすっかりなくなって――とっても綺麗になっていてビックリです」


 そう。

 今日、俺は一日がかりでアトリエの裏庭の整備に精を出していた。

 

 というのも、裏庭にを作るため。


 今後、錬金術によるアイテムの安定生産に向けて、人員不足や必要器具の確保など、諸々もろもろの課題は存在するものの、何よりも素材の安定的な調達が重要になってくる。

 

 例えば、回復薬ポーション

 

 回復薬ポーションの主材料となる薬草は、通年を通して広く大陸の各所に自生している多年生の植物だ。

 しかし、その自生地の多くは、人里から少し離れた森や山の中であり、採取するためには人手を割き、相応の準備と日数をかける必要がある。

 

 この街ルーンウォルズだけの需要を満たすのであれば、オイレの森に自生している薬草を、俺とミステルが都度採取するだけで事足りた。

 しかし現在、俺の回復薬ポーションは王都エルミアで流通し始めており、エルミアの商会ギルドからは増産を求められている状況。

 今後回復薬ポーションを増産するためには、素材の採取だけでなく安定的な栽培が必要になってくる。

 その足がかりとして、まずは裏庭の一部を薬草菜園として整備することにしたのだ。


 ちなみに裏庭の状況は、分かりやすく言うと雑草ジャングルだった。

 

 アトリエに引っ越してきてすぐの頃、一応最低限の草刈りはしたのだが、その後なんやかんやと忙しくなり、すっかり裏庭の手入れを放置してしまっていた。

 そうした状況で夏を迎えた我がアトリエの裏庭は、雑草が伸び放題の茂り放題。ちょっとしたジャングル状態になってしまっていたのだ。

 

 とはいえそもそも、このアトリエの裏庭は、元主人あるじ錬金術師アルケミストが、香草ハーブ類の栽培用の畑として使っていたらしい。

 雑草をむしって少し手を入れれば、薬草菜園として十分機能するように思えた。


 ――という状況を踏まえて本日俺が行った作業。


 午前中はただひたすらに草むしり。

 我が物顔で生い茂る雑草たちを相手に、草刈り鎌を片手に無心になって草むしりをした。

 

 炎の短剣ファイアブランドでまとめて焼き払ってやろうかとも思ったけど、万が一アトリエに延焼したら洒落にならないのでやめておいた。


 地味で終わりの見えない作業に何度も挫けそうになるけれど、それでも黙々と草をむしりとり、併せて土に紛れる小石も丁寧に取り除いていく。


 おかげで太陽の位置が真上に来る頃には、裏庭は見違えるようにスッキリとした空間になっていた。


 そこでひとまず小休憩。

 

 ミステルが用意してくれたお茶とおにぎりを食べてひと休みした後、午後からは本格的に畑造りを開始した。

 

 園芸店で購入した肥料やら石灰やらを投入しながら、鍬を使って土を掘り起こして畝を作っていく。

 これまた地道な作業であるが、草むしりに比べたら幾許か楽しい作業でもあった。俺は額を伝う汗を厭わず、無我夢中になって鍬を振るう。


 こうしてなんとなくできた畑らしき空間。

 その周囲に木柵を設置して、予めいくつかの区画に区分けをする。

 その後、区画ごとに、薬草をはじめとした複数の香草ハーブの種を種類別に埋め込んでいった。

 植え付けが終わり、水やりをして土の状態を整えてあげたら、最後に作物の名前を書いた看板を立てて完了だ。


 こうして、雑草ジャングルだったアトリエの裏庭は、ささやかだけれど立派な薬草菜園へと姿を変えた。


 そして、その代償として、とてつもない疲労感と筋肉痛と空腹が俺の身体を襲っていた。

 


「ニコ、晩御飯の用意はもうできていますから。それとお風呂も沸いています。クタクタでしょうから、先にお風呂からどうぞ」

「ありがとうミステル、そうさせてもらうよ――」


 俺は彼女の優しい促しに応じて、フラつく足で浴室へと向かった。

 脱衣所で土まみれの服を脱ぎ捨てて、浴室に入る。

 身体中泥だらけだったので、湯船に浸かる前に、よーく身体を洗った。

 それから、一番風呂の浴槽にドボンと飛び込む。


「あぁ~、気持ちいいぃ……」

 

 疲れた体にじんわりと温かなお湯が染み渡った。


 ***


 今日一日の汗と汚れを流し終え、サッパリした俺は、ホカホカの湯気を立てながらリビングに戻ってきた。

 

 テーブルには、すでに夕食の支度が整っている。

 今日のメニューは野菜たっぷりのポトフに、こんがりキツネ色に焼けたパンだ。

 いずれもミステルが腕によりをかけて作ってくれたものだ。


「うわぁ――美味しそうだなあ」

 

 俺が席に着いて、感嘆の声を漏らすと、ミステルはエプロンを外しながら嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ふふ、ありがとうございます。さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょ?」

「そうだね、いただきます!」

「いただきます」

 

 俺とミステルはテーブルに向かい合って座り、声を揃えていただきますを言ってから、食事を始めた。

 

「ほっ――」

 

 ポトフを一口食べた瞬間、思わずため息が漏れてしまった。

 スープの優しい旨味が、じんわりと舌の上に広がっていく。

 柔らかくクタクタに煮込まれたニンジン、タマネギ、ナスが実に良い感じ。

 そしてベーコンとじゃがいもなどの具材がごろっと入っていて、食べ応えも十分。

 更に薄皮を剥かれた状態で入っているプチトマトが素晴らしい。噛み締めるたびにその酸味が口の中に広がり、スープの味にアクセントを与えてくれている。


「このポトフ、本当に美味しい」

「本当ですか? ふふ、嬉しいです」


 俺の賞賛の言葉を受けて、ミステルは目を細めた。

 

「スープがすごい奥深い味がするね。コンソメを使ったの?」

「実は塩とオリーブオイルしか使ってないんですよ。あとは食材から出た出汁だしですね」

「え、本当? 塩スープなのこれ。信じられない……」

「本当です。この前クロエさんからレシピを教えてもらったんです。ニコにも今度教えてあげますね」


 そう言いながら、ミステルはニコニコと微笑んだ。

 こうして、和やかで楽しい夕食の時間が過ぎて行った。


***


「ねえニコ。もしよかったらわたしがマッサージしてあげましょうか」

 

 夕食を終え、食器洗いも終わり、食後の珈琲コーヒーを飲み終えた頃、ふとミステルが思いついたように言った。


「え? マッサージ?」

「一日畑仕事をして、きっと肩も腰も凝ってるでしょうし、少しほぐしておかないと明日もっと辛くなってしまうかもしれないです」


 確かに言われてみるとその通りかもしれないと思った。

重労働というほどではないにせよ、慣れない畑仕事。長時間同じ姿勢で草むしりや鍬を振るっていたせいか、身体のあちこちに鈍痛を感じる。

 

 嬉しい申し出ではあるのだけど。


「でも、悪いよ。ミステルだって仕事明けで疲れているだろうし、ご飯も作ってもらって、そのうえそんなことまでしてもらっちゃうなんて――」


「気にしないでください。それに、これくらいのことなら大したことありませんから。だって――」

 

 そこでミステルは言葉を切ってから悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。

 

「恋人同士なんだから遠慮なんかする必要はどこにもないですよ」

「こ、恋人――」


 恋人同士という言葉を受けて、俺は少しだけ照れ臭さを感じた。ミステルと付き合うようになってからそろそろ一ヶ月が経つけれど、まだまだこういうことには慣れていないのだ。

 

 しかし、ミステルの言うことはもっともだ。

 せっかくだからここは彼女の厚意に甘えておこう。

 

「うん。それじゃあお願いしようかな」

「はい! 任せてください!」

 

 こうして俺はミステルのマッサージを受けることになった。






******


 ということで久しぶりの投稿です!

 119話も明日公開予定です。

 

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カクヨムコン8参戦作品になりますので、応援いただければ幸いです!

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