断章 とある勇者の結末 前編

 ここは冒険者ギルドの会議室。

 カンテラの灯りが照らす薄暗い部屋の中。

 部屋の中央に並べられた木製の長机には、四人の男女が向かい合うように座っていた。


 その片側には頭に包帯を巻いた金髪の青年が一人――顔を俯かせながら、椅子に縮こまるように座っている。


 もう片側には、三人の男女が座り、そんな金髪の青年をじっと見つめていた。


「それでは本日の諮問会議を始めます――」


 テーブルの端、金髪の青年から向かって右に座った若い女性が手元の書類に目を通しながら口を開く。

 彼女はギルドの受付職員の制服を着ており、胸元の職員証には『リーア』と名前が記されていた。


「案件の概要は事前にお渡しした資料のとおりです。エルミアの冒険者ギルドにSランクとして登録されている冒険者パーティ――青の一党ブラウ・ファミリアによる、討伐依頼の偽装報告および詐欺行為について審議します」


 淡々と事務的な口調で告げるリーアの言葉を聞きながら、金髪の青年――青の一党ブラウ・ファミリアのパーティリーダー・ラインハルトはびくりと肩を小さく振るわせた。


「本件については、ギルドの執行部内での処遇検討をしたところ――過去の同類事案への前例や各ギルド支部の意見を参考にした結果……青の一党ブラウ・ファミリアはS級階位の剥奪はくだつ。そして、首謀者と目されるラインハルト氏をはじめとしたパーティ幹部のメンバーについてはギルドからの除名処分が妥当という結論がでました。資料の下部をご覧ください――」


 そう言って、リーアは手元の資料に視線を落とす。

 そこには今回の件に関する検討の詳細が記載されており、彼女が読み上げたとおりの結論が示されていた。

 

「つきましては、処遇の妥当性など、会長らの意見がありましたらお聞かせください」


 そう言うと、リーアは隣に座っている男性二人へと視線を向けた。


「異議などあるまい。S級による成果報告の偽装なんて前代未聞だ! 冒険者ギルドとして規律違反も甚だしい!」


 テーブルの左端に座った肥満体型の中年男性――冒険者ギルドの副会長ベロンは声高々こえたかだかにのたまった。

 彼はこの部屋に入ってからずっと、腕を組み、ふんぞり返って偉そうな態度をとっている。


 リーアはこの男が苦手だった。

 というより、この男のことをしたっている職員など、このギルドにはいないのではないだろうか。

 

 端的に言うなら、親の七光りで今の地位までたどり着いた愚鈍な男。

 それがこの男に対する客観的な評価であり、なにか不正に手を染めているのではないかという、きな臭い噂も絶えない人物だ。

 

 とはいえ、腐っても冒険者ギルドの副会長。

 重要案件の諮問しもんの場に、この男を呼ばないわけにはいかなかった。

 

「うむ……そうだな」

 

 ベロンが一通りわめき散らした後。

 その隣、つまりテーブルの中央に座った威厳のある雰囲気をかもしだす、白髪交じりの初老の男が、何かを思案するようにゆっくりと口を開いた。

 

 彼は、冒険者ギルドの会長であるダレルス。

 親の権力を傘に副会長の地位までたどり着いたベロンとは対照的に、己が実力と積み上げた実績でその地位を手に入れた歴戦の強者であり、ギルドでの信頼も厚かった。


「ラインハルトくん――といったか。今の我々の処遇案について、なにか君から言いたいことはあるかね?」


 ダレルスは穏やかな口調で――だけどその口調とは裏腹に、まるで射抜くような鋭い眼差しで、金髪の青年を見据みすえて言った。


 ラインハルトは恐る恐るといった様子で顔を上げる。


「は、はい……討伐依頼の偽装については、僕は何も知りませんでした。おそらく、パーティメンバーのうちの誰かが――」

「見苦しい言い訳をするな! 貴様以外の誰がそんなことをする!?」

 

 ラインハルトが最後まで言葉を言い切る前に、ベロンが怒声を上げた。

 

 ラインハルトといわば共謀関係にあった――いや、むしろ逆鱗の偽造の件についてはむしろ首謀ともいえる。

 そんなベロンには、諮問会議の場で彼をかばおうとする気持ちなど微塵みじんも持っていなかった。

 ベロンにとってラインハルトは捨て駒のひとつにすぎず、すでにその利用価値はほぼ失われている。

 そればかりか、ラインハルトをギルド内に残すことで、自身のこれまでの不正が露見される懸念があった。

 

 懸念の芽は速やかに摘まなければならない。

 ベロンは今回の件でのラインハルトの責任の大きさを強調した上で、ギルドからの除名処分を求めようとしていた。


「ベロン――黙れ」


 そんなベロンに対し、ダレルスはぴしゃりと一言だけ発した。


「わたしは今、彼に聞いている」

 

 たったそれだけで、ベロンは顔を真っ青にして押し黙る。

 会長と副会長という身分の差以上の、圧倒的な力関係が二人の間にはあった。


「ラインハルト君、弁明を続けなさい――」

「は、はい……達成報告などの雑務は、すべて庶務のパーティメンバーに任せており……ですから討伐依頼の偽装の件は、僕もまったく預かりしらぬところでした。ただ、メンバーがなぜそのようなことに手を染めたのか、その理由は察しています――」

「それは? なんだと考えているのかね?」

「おそらくここ最近の僕たちパーティの不調をうれいたことによる行動でしょう。最近、パーティの中では、僕の固有技能ユニークスキル――聖剣エクスカリバーが使用できなくなったという根も葉もない噂が流れていましたから――」


 ラインハルトの言葉を受け、ダレルスは手元の資料に目を落とした。


「ふむ、確かに除名処分の原因の一つに、依頼成功率の著しい低下、パーティリーダーが持つ固有技能ユニークスキルについて喪失の疑いあり――とある」

「それは誤解です! 一時的に魔力の回復手段に問題が生じただけです。それに今はその問題も解決しました! 僕は聖剣エクスカリバーを自在に扱うことができます!」


 ラインハルトは食ってかかるように反論した。

 彼の手には錬金術師アルケミストの記した回復薬ポーションのレシピが握られていた。


「僕はこの固有技能ユニークスキルでいくつもの強力な魔族を――王都の脅威を打ち倒してきましたッ! 今後も僕の力は、このエルミアの平和と秩序を保つために必要不可欠のはずです――!」


 そう言って彼は席から立ち、床に膝をついて、頭を地面にり付ける。


「どうか、どうかギルドからの除名だけは――寛大な処分をご検討ください!」


 今の彼には恥も外聞もなかった。

 冒険者ギルドから除名されること。それは勇者という称号と地位――ある種の特権の剥奪はくだつを意味する。

 自己顕示欲の固まりといっても過言ではないラインハルトにとって、それは何よりも耐え難いことだった。

 

 冒険者として、勇者としての地位にすがり付くために。今の彼に残された手段は、自身の価値をアピールすることだけだった。

 必死に、無様に、滑稽こっけいに。


「言い分はわかった。頭を上げなさい――」


 ダレルスがそう言うと、ラインハルトは恐る恐る顔を上げた。


「ラインハルトくん。私は常々考えている。冒険者にとって一番重要なことはなんなのか。品行方正ひんこうほうせいな振る舞いか? 清廉潔白せいれんけっぱくな人柄か? 無辜むこの民を守りたいというきよこころざしか?」


 ふと謎かけめいたことを問いかけるダレルス。

 その真意を、ラインハルトは図ることはできなかった。


「私はこう考える。冒険者にとって、その者の理念や理想ではなく、その者の行為プラグマによってもたらされる結果がなによりも重要だと。つまり、その者が冒険者として何を成したか。それが肝要かんようだ」


 ダレルスはゆっくりと言葉を続ける。


「君の言う通り、これまでの魔族討伐における功績は処分の検討にあたり一考の余地がある、と私は考えよう」

「あ、ありがとうございます――!」


 ラインハルトの顔がぱぁっと明るくなった。


「そこで君にひとつチャンスを与えることとする」

「チャンス――ですか?」


 ダレルスはリーアの方へ視線を向けた。

 

「リーア。ダルマニア平原で発生した魔族の集団暴走スタンピードの依頼はまだ残っていたか?」

「はい。何人か依頼を請け負った冒険者を派遣していますが、現時点で達成報告は受けていません」

「よろしい――」


 リーアの言葉を聞いて、ダレルスの視線が再びラインハルトへ向けられる。

 

「ラインハルトくん、この依頼を君に請け負ってもらおう。見事解決したならば今回の件――君の除名処分までは見送ることにしよう」

「魔族の集団暴走スタンピードをですか?」


 ラインハルトはダレルスの言葉を反芻はんすうする。

 

「君の今の実力――固有技能ユニークスキルの有用性を図らせてもらう。それができない場合は――」

「は、はい――心得ています」

「それともう一つ条件がある。この依頼、君一人の力で解決をするのだ。他の何者の力を頼ることはならない。君が誇る聖剣エクスカリバーの力を持って――己の価値を示すがいい」

「わ、わかりました!」

「よろしい、では今日の諮問は以上だ」


 ダレルスのその言葉を持って、本日の諮問会議は結ばれる。


「――まったくよく回る口だ。首の皮一枚繋がったようだな」


 誰にも聞こえぬような小さな声で、ベロンがそっと悪態をついた。


 ***


 ラインハルトは冒険者ギルドを後にして、パーティ本拠地に戻る道すがら、ひとり呟く。


「やった……切り抜けたぞ。やった……やった……!」


 彼は口許くちもとを歪めてほくそ笑む。


「ははは……魔族め。何匹いようが知れたことか。一匹残らず駆除してくれる。僕には聖剣エクスカリバーがあるんだからな!」

 

 彼に与えられた除名処分回避の条件。

 魔族の集団暴走スタンピードの解決など、聖剣エクスカリバーの力を取り戻した彼にとって容易たやすいものだった。


(おそらくS級の格下げは避けられないだろう。そこは仕方がない。目をつぶることにしよう――)


 だが、聖剣エクスカリバーさえあれば、それもすぐに取り戻せる。

 勇者としての地位も名声も何もかも。

 そうすれば、彼はまた元の輝かしい地位と栄光を取り戻すことができるのだ。


 そして、すべてを取り戻した暁には。

 

(僕をおとしめたあの男ニコあの女ミステルに、必ず復讐をしてやる――! )


 ラインハルトの瞳には暗い炎が宿っていた。

 その感情が客観的には逆怨みであることに彼は気づくことはない。

 

 彼はとある思い込みをしていた。

 聖剣エクスカリバーを使う上での魔力確保の問題について、ニコ・フラメルの回復薬ポーションのレシピを確保したことから、既に解決した問題であると。


 彼はまだ気づいていなかった。

 狩人ハンターの手によって、そのレシピの一部が書き換えられていることに。


 そして彼は知る由もない。

 狩人が仕込んだ、によって。

 愚かな勇者が、すべてを失うことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る