116話 仕上げの甘々デート デザート!
その後、俺たちは錬金術の専門店、園芸屋、防具屋を巡って、俺の希望する品々を揃えていった。
ミステルは俺の要望を嫌な顔一つせず聞いてくれて。
俺もミステルに要望を伝えながら、彼女との買い物を楽しんだ。
そして、全ての買い物を済ませた後、ミステルと一緒に街の入り口付近にある高台公園にやってきた。
高台公園の中には俺たち以外誰もおらず、静かな雰囲気に包まれている。
ここは、公園の規模としては昨日訪れた噴水公園よりずっと小さいが、街を一望できる展望台があり、隠れたデートスポットとして特にカップルにおすすめの場所ということだった。
立地的にも仲間との待ち合わせ場所から程近かったため、今日のミステルとのデートの締めくくりの場所として選んだ。
ありがとうトゥーリア。
ありがとうエルミア観光ガイド。
大変お世話になりました。
「わぁ――綺麗ですね」
ミステルは展望台から見える景色を見て、感嘆の声を上げる。
「うん、いい景色だ」
俺たち二人は展望台の手すりにもたれかかり、言葉を少しだけ交わしてから、そこから広がる眺望に見惚れていた。
眼下に広がるエルミアの街並みは夕陽を受けて橙色に染まり、まるで宝石箱の中に入った貴石のように輝いている。
時折吹く頬を撫でる風が心地よかった。
しばらくお互いに無言でいると、ミステルがぽつりと口を開いた。
「わたし――この街のこと、あまり好きじゃありませんでした。ううん、嫌いでした」
「そうなの――?」
「はい、どこにいっても人が沢山いて、みんなどこか楽しげで――そんな中わたしだけは、いつも独り……」
ミステルは視線を落とし、少し寂しげな表情で呟くように言葉を続ける。
「あの頃はそれが当たり前だったから自覚していなかったけど、
「ミステル……」
「あなたと初めて出逢ったのはそんな時でした。あなたはわたしのことを気味悪がらずに受け入れてくれて。わたしは驚いて――戸惑って、でもちょっとだけ嬉しくて――」
彼女はそこで一度大きく深呼吸をして、俺の方へ視線を向けた。
「ふふ、それで、気がついたら――いつの間にかあなたのことを好きになっていました」
「あ……ありがとう。こ、光栄です……」
俺は照れ臭くなって頭を掻いた。
お互いの気持ちは既にわかっているのだけど。
こうして改まって真正面からド直球の好意を伝えられるというのは、やはり照れ臭いものがある。
……ミステルって、トゥーリアたちに冷やかされるとすぐに赤面するくせに、自分からの告白には全然動じないんだよな。本人は無自覚なんだけど。
そんな俺の内心のどぎまぎをよそに、ミステルは言葉を続ける。
「それから、こうしてエルミアに戻ってきて。ニコたちと一緒に改めてこの街を歩いてみたら――楽しいことばかりでした。友達とワイワイお店を賑やかして歩くのも楽しかったし、素敵な喫茶店で飲む
そこまで言ってからミステルははにかむように微笑んだ。
「好きな人と手を繋いで歩くだけで――ただそれだけでこの街の全部がキラキラと輝いて見えるんだなって――」
ミステルは再び視線を眼下に広がるエルミアの街並みに向ける。
「わたし――この街のことが好きになりました。大切な友だちと、そしてなにより大好きなあなたと一緒に歩いたこの街を――」
「ミステル……」
その横顔はとても穏やかで優しい。
「ふふ、だから、もう帰らなきゃいけないのが名残惜しいくらいです」
「そうだね――」
彼女の言葉に俺は相槌を打つ。
王都エルミア――
俺にとっても、この街の想い出はけっして楽しいものばかりじゃない。
だけど、この街は俺とミステルが初めて出会った街で。
そして、俺とミステルが想いを伝え合って恋人になることができた街だ。
だから、この街のことが好きだというミステルの言葉に俺も同意しよう。
俺もミステルと同じように眼下の景色を見つめながら言葉を紡いだ。
「また来ようよ、今度は二人で。もっとゆっくりデートできるようにさ」
「はい!」
俺の言葉にミステルが大きな声で返事をする。
そして彼女はふと、こちらに向き直って自分の右手の小指を差し出した。
「ニコ、約束ですよ」
「ああ、もちろん」
俺も自分の左手の小指を差し出して、ミステルの細い指にそっと重ねる。
「ふふ、これで安心ですね」
「うん、きっと大丈夫だ」
俺たちはそう言って笑い合った。
***
「それじゃあ、ミステル。名残惜しいけど馬車の時間も近づいてきたし、そろそろ帰ろうか」
「はい、そうですね――」
そう言って俺たちは展望台から離れ、公園の出口へと歩き出す。
ふと、ミステルが俺の腕にそっと自分の腕を絡めてきた。
「ミ、ミステル?」
「その……デートの締めくくりということで――いいですか? 流石にトゥーリアたちに見られるのは恥ずかしいから、今だけ――」
「う、うん……」
俺の同意を受けてミステルは嬉しげに顔をほころばせると、そのまま身を寄せてきて、身体をぴったりとくっつけてきた。
ミステルの柔らかい感触を感じるとともに、ふわりと石鹸のようないい香りがした。
自分の体で彼女を感じたことで、当たり前のことを思い直す。
ああ――、
「ミステル――」
「はい?」
「――好きだよ」
俺はミステルの方に視線を向けて、愛の言葉を彼女に告げた。何回言葉にしても、心のうちから泉のように愛しい想いが溢れてくる。
「わたしだって、大好きですよ……」
ミステルは恥ずかしげに頬を染めながらも、真っ直ぐに俺の目を見つめ返してきた。
「わたしたち、両思いですね……」
「うん――」
「わたし――こんなに幸せでいいんでしょうか?」
そう呟いて、ミステルは嬉しそうに微笑む。
その瞳は少しだけ涙で潤んでいるようにも見えた。
「幸せでいいんだよ――」
俺はただその言葉だけを彼女に伝える。
大丈夫、幸せなのはきみだけじゃない。
俺だって幸せだ。
俺は多分、今この瞬間、世界で一番に幸せな男だ。
夕陽を受けて辺りが橙色に染まる中、石畳の道を並んで歩く二人の影が、寄り添い合って一つに溶けながら、長く伸びていた。
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