107話 勇者をねじ伏せろ!

 ラインハルトは聖剣エクスカリバーを振りかぶり、一直線にこちらに駆けてくる。

 リリアンの奇跡によって強化されたその速度スピードは驚異的なものだったが、一方でその軌道は、俺の目から見ても単調だった。


「【基礎魔法】――!」


 俺はその足元を狙い、土魔法を発動した。

 魔法の発動を受けて、地面から小さな土塊が隆起する。


「がッ――!?」


 ラインハルトはその土塊に足を取られ、身体のバランスを大きく崩す。転びそうになるすんでのところで、なんとか踏みとどまった。


 その有様を見て、俺は思わず笑いそうになった。

 オークですら引っ掛からなかった小技に、この勇者様はまんまと引っかかってしまったのだ。


 その気を逃さず、ミステルが短剣を逆手に構えて、ラインハルトの懐へと飛び込んだ。彼の喉元目掛け、刃を切り上げる。


 ラインハルトは紙一重でそれをかわした。だが体勢は崩れたままで十分な反撃を行うことができない。


 ミステルは畳み掛けるようにさらに追撃を仕掛ける。


 まるで曲芸師のような鮮やかな身捌みさばきから繰り出される斬撃の数々。

 それらを前にして、ラインハルトは受け止めるのが精一杯といった様子で防戦一方だ。


「ハァッ、ハァッ! い、忌々しいッ……!」

「ラインハルト、あなたの動きはとても単調ですね……それじゃあいくら技能スキルで身体能力を高めようと、わたしには勝てません」

「なんだと……!?」

「強力な固有技能ユニークスキルに頼って生身の剣技を磨かないからそうなります。はっきり言って剣の腕前はですね――」

「黙れッ!」


 ミステルの挑発を受け、ラインハルトはなんとか攻勢に転じようと、苦し紛れに剣を振るった。

 しかしそれはあまりに大振りな攻撃だった。


 ミステルはバックステップで剣撃を難なく回避し、カウンターを加えようと、再度、ラインハルトの懐に飛び込もうとする。


 ここだッ!

 

 俺はミステルの動きに呼応するように、ミステルとは反対方向――ちょうどラインハルトの真後ろの位置から攻めかかった。


燃え猛ろインセンディオ炎の短剣ファイアブランド――!」


 瞬間、俺は炎の短剣ファイアブランドに自身の魔力を流し込む。

 その刀身の炎が一際高く立ち上がった。


「なッ!?」


 背後から自身に迫る危機を察したのか、ラインハルトはこちらに視線を向けた。

 

 だけど、もう遅い。

 俺はそのまま勢いに任せるように、渾身の力を込めて、横薙ぎの一閃を放った。


 ミステルの一撃は奴の胸を、俺の放った一撃はラインハルトの背中を――それぞれが撃ち抜く。


「ぶぎィッ!」

 

 ラインハルトは苦悶の声をあげる。

 ミシミシと音を立てて、彼が身にまとう白銀しろがねの鎧に亀裂が入った。


 まだ足りない。もう一撃。

 もう一撃くれてやる!



 俺は初撃の勢いを利用して、ぐるりと回転するように、もう一撃、横薙ぎの剣閃を叩き込もうとする。


 しかし――


審判の斬撃ジャッジメント・スラッシュ!」


 俺の放った剣閃が直撃する寸前、ラインハルトは聖剣エクスカリバーの力を解放した。

 そのまま、ラインハルトは身体を一回転させて周囲を薙ぎ払う。


「うわぁっ!」

「きゃっ!」


 途端、強烈な衝撃波が発生した。

 斬撃の直撃こそ避けたものの、俺もミステルも吹き飛ばされてしまう。

 俺たちは地面に叩きつけられてゴロゴロと転がりながら後退した。


「勇者の力を舐めるなああああッ!」


 ラインハルトの咆哮ほうこうが辺りに響く。


「もう一度言ってみろ! 誰が誰に勝てないって!? 雑魚がいくら努力したって、神から与えられた強力な技能スキルの前では無力なんだ!!」

 

 俺は軋む身体の痛みを抑えつけて、なんとか立ち上がり、ラインハルトを見据えた。


「生意気な目で睨みやがってッ……!」


 追撃に備え、すぐに炎の短剣ファイアブランドを構えようとする。


 しかし――


 俺の右手からは、先ほどまで握られていた炎の短剣ファイアブランドの感触が失われていた。

 どうやら今の衝撃で落としてしまったようだ。


 まずい。

 俺は慌てて周囲を確認する。

 

 少し離れた所に、炎の短剣ファイアブランドが転がっているのが見えた。


「はははッ――頼みの武器を失ったようだなぁッ!」


 そう叫ぶと、ラインハルトはこちらに向かって駆け出した。


「雑用係ィ――! 勇者を侮辱した代償は高いぞぉ!」

 

 ミステルは即座に立ち上がって、その進路を塞ごうとする。

 だが、ラインハルトそんな彼女を意にも介さず、俺に狙いを定めてそのまま突っ込んできた。

 

「死ねぇぇええッ!」

 

 ラインハルトは雄叫びをあげ、聖剣エクスカリバーを振りかぶり、一気に距離を詰めてくる。


審判の斬撃ジャッジメント・スラッシュ!」


 再び聖剣エクスカリバーから放たれる青い燐光。

 そして、ラインハルトは天高く掲げた切っ先を、一気に振り下ろした。

 

 俺はその動きに合わせて、身体を捻り、どうにか斬撃をかわそうとする。

 しかし、身体強化によって底上げされたその速度スピードを前にしては、それも叶わなかった。


 

 俺は目前に迫る『死』を自覚する。

 


 そのとき。


 俺の身体に聖剣エクスカリバーが触れる直前、青い光が一際ひときわまばゆく輝いた。

 そして、振り下ろされる勢いとは真逆の方向に、聖剣エクスカリバーの刃が跳ね上がったのだ。


 それはまるで聖剣エクスカリバー所有者ラインハルトの意図に反して、、そんな動きだった。

 

「なにぃッ!?」


 予想外の出来事に、ラインハルトは驚愕の声をあげる。

 そして、彼の手から、聖剣エクスカリバーは弾き飛ばされた。

 そのままラインハルトの手を離れ、クルクルと宙を舞い、数メートル離れたところに突き刺さる。


「どう言うことだッ!? ふざけンなッ!!」


 ラインハルトは狼狽ろうばいからか、獣のような咆哮ほうこうを上げた。


「ニコ――! 好機です! これを――」


 その瞬間、ミステルの声が辺りに響いた。

 彼女はいつの間にか拾っていた炎の短剣ファイアブランドを俺の元へ投げ込む。

 

 俺は短剣の柄を掴んだ。


「うおおおおおお――!」


 炎の短剣ファイアブランドに残った魔力のありったけを流し込む。

 その刀身から、再び炎が立ち上った。


 まだだ。

 まだ、足りない。

 

 奴の白銀の鎧を――いや、を粉砕するためには。

 

 もっと力が――


分解せよニグレド――」


 ねじ伏せろ。

 

 理不尽も、

 

 自分の甘さも、

 

 泥沼でいしょうのようにまとわりつく過去トラウマも。


再結晶せよキトリニタス――」


 そして大切な女性ひとを傷つけようとする目前の敵勇者ラインハルトを!

 

 錬金術みずからの力で――!

 

 

大いなる業は此処に至れりアルス・マグナ――!」


 

 俺は錬金術を発動した。

 対象は短剣の周囲の酸素。

 その刀身に沿って、切っ先を伸ばすようなイメージで、周辺の酸素濃度を調整する。


 術の発動を受け、炎の短剣ファイアブランドから立ち上がる炎は、酸素を呑み込むことで、より一層はげしく燃え盛った。

 そして一振りの長剣のように、その姿を変えていく。

 その姿はあたかも怒りたけ狂う一頭の炎竜のようにも見えた。


 俺はまっすぐラインハルトを見据える。

 頼みの聖剣エクスカリバーを失った彼は、完全に怯え切った様子で後退りした。


「ひっ、来るなッ……!」

「……」

 

俺は無言のまま、一歩、また一歩と彼に歩み寄る。

 

「ぼ、僕が悪かったッ! 謝る! 謝るから――!」


 もう遅い。

 今、俺は――


 

「ラインハルト――俺の大切な女性ひとを傷つけた報いを、受けてもらう」


 

「やめろおおおおおッ」

 


 俺はラインハルトの白銀の鎧に向けて、渾身の力を込めた横薙ぎの一撃を放った。


 ごうッという音と共に、辺りにほとばしる烈火。

 

「ぐぎゃああああああああッ!」


 ラインハルトの絶叫と共に、俺の腕にしっかりと刀身が奴の身体をえぐった感触が伝わってくる。

 俺はそのまま炎の短剣ファイアブランドを振り抜いた。

 

 致命の一撃クリティカルを受けて、白銀の鎧が粉々に砕け散る。

 

 ラインハルトは地面へと倒れ伏した。


「ざ……雑用……係……なんか……に……」


 ラインハルトは震える声でそう呟き、がくりと首を落とすと、そのまま動かなくなった。


 俺はその姿を見届けてから、燃え続ける炎の短剣ファイアブランドを手放し、ほっとため息をついた。

 


 


 


 

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