106話 仲間が集う

大いなる破滅よ、顕現せよフィンブルヴェトル・ガンド!」


 辺りに凛とした声が響いた次の瞬間。

 凄まじい勢いで、一つの小さな影が、俺とラインハルトの間に割って入ってきた。


 その小さな影は、手にしたをラインハルト目掛けて振り下ろす。

 ラインハルトは目前で何が起こったのか理解できなかったようだ。

 しかし、【聖女の加護】により強化されたその超反応により、咄嗟に聖剣エクスカリバーを盾にして、辛うじて大剣を受け止める。


 辺りに響く激しい金属音。

 

 それでも勢いは殺し切ることができなかったようで、ラインハルトはそのまま後方へ吹き飛ばされた。


「ニコ、ミステル――大丈夫!?」


 そう言って小さな影の正体――は振り返った。

 俺は驚きのあまり目を丸くして、その名を口にする。


「トゥーリア――どうしてここに?」


 そこに立っていたのは大剣ダインスレイヴを構えたトゥーリアだった。


「決まってるじゃないか。仲間がピンチだから助けにきたのさ」


 そういって彼女はにぃっと、白い歯を見せて笑った。


「それに――ボクだけじゃないよ」

「え?」


 彼女はそう言って視線を後方へ向けた。

 その視線を追うと、その先には、ボサボサ頭に青白い顔色を浮かべた眼鏡の少女――ソフィーが立っていた。


 彼女の手には一冊の本が添えられている。


禁書ネクロノミコン――引用、五章十三節――聖女を汚すは咎人とがひとの鎖なりて――」


 ソフィーは抑揚のない声で何かの詠唱を行う。

 すると、彼女の周りに黒い渦のようなものが現れ、そこから無数の黒い鎖が伸びていった。


 そしてそれは瞬く間に四方に散開し、リリアンが放った光の鎖に絡みつき、呑み込むように消滅させていく。


 ミステルの自由を奪っていた光の鎖も跡形もなく消え去った。


「う、嘘――! 【聖なる鎖ホーリーチェーン】が――! うちの奇跡を打ち消すなんてッ!」


 リリアンが信じられないといった様子で叫んだ。


「ま、まさか――黒魔法ッ!? 禁術のはずじゃッ――」

「あ、よく知ってるね……そう、これは禁書ネクロノミコンの写本……」

「な、なんでそんなもの持ってんの……!? 何者よアンタ!?」

「うふふ……しがない本屋の店主……です……」

「くっ――このォー! 【光の矢ホーリーアロー】!」


 リリアンが再び両手を突き出し、今度は大量の光の矢を放った。


禁書ネクロノミコン――引用、三章九節――貪欲なる友は、全てを呑み込む――」


 ソフィーは再び別の詠唱を行いながら、右手を掲げる。

 その動作に呼応して、彼女の足元から巨大な漆黒の影が広がり、全ての光の矢を飲み込んでいった。

 

「そ、そんな……こんなことって……!」

「もう諦めたら……? 聖女あなたの奇跡と、わたしの黒魔法じゃ……相性悪すぎるよ……」


 自分の放つ奇跡のことごとくを無力化されて、愕然とするリリアン。


「それなら――わたくしの魔法でッ――!」


 マーガレットがソフィーに向けて杖を向ける。

 しかし――


「ボクを忘れるなよッ!」


 トゥーリアが風のようにマーガレットの元へ走り寄り、手にした大剣ダインスレイヴを振り下ろした。


「くッ――【瞬間回避】」


 マーガレットはすんでのところで技能スキルを発動し、斬撃を避ける。


「ちッ、外したか。なかなか素早いじゃないか」


 トゥーリアが舌打ちをする。

 

「でも、もう魔法は撃たせないぜ。精々その無駄に見せびらかしてる身体を真っ二つにされないように気をつけることだね――」

 

 彼女はそう言って再び構えを取った。

 マーガレットも険しい表情を浮かべて身構えるが、その額からは冷や汗が流れ出していた。


「ニコ、ミステル。はボクたちに任せろッ!」


 トゥーリアはそう言って俺たちの方へ視線を向ける。


「アイツに――キミたちが一発かましてやれ!」


 そう言って彼女はニカッと笑みを見せた。


「ありがとう! トゥーリア、ソフィー!」


 俺はミステルの元に駆け寄る。


「ミステル、大丈夫? いけるかい」

「はい……大丈夫です。すいませんでした……」


 ミステルはそう言って、少し俯く。

 そして、何かを決心するかのように、手にした短剣を握りしめて――


 彼女は自身のワンピースの裾を、縦に切り裂いた。

 切り裂かれた生地の隙間から、彼女の白い太腿ふとももがちらりと覗く。


「みミミ、ミステル!?」


 彼女の予想外の行動に、俺は思わず声を上げた。


「これで、少しは動きやすくなりました。もうあんな失態は起こしません――」


 そう言った後、ふと彼女は少し寂しそうな表情を作る。


「……今日のために、せっかく二人が選んでくれた洋服を傷モノにしちゃったのは、心苦しいのですが……」


「ミステル、それなら俺がもう一着プレゼントするよ。今度一緒に買いに行こう」


 俺がそう声をかけると、彼女は驚いたように目を見開いた。

 

「えっ、本当ですか?」

「うん、もちろん」

「……やった、期待しちゃいますよ――」

 

 俺たちは少しだけ軽口を交わした後、ラインハルトを見据えた。


「ラインハルト――これで邪魔は入らない。決着けりをつけようか」

「舐めてんのか……イチャつきやがって……殺す……絶対に殺す……八裂きにして殺す……」


 ラインハルトは怨念のような声でブツブツと呟いていた。

 その目は限界まで見開かれ、赤く血走っている。

 端正な顔は激しい怒りによって醜く歪み、まるで別人のようだ。


「ニコ、炎の短剣ファイアブランドを使う魔力は残っていますか?」

「うん……まだなんとか。だけど、長くは持たないと思う……」

「わかりました。その力はラインハルトを倒す切り札です。ここぞという時まで温存しておいてください」

「了解」

 

「彼は今、奇跡の力で身体能力が強化されています。その効果が解けるまでは――私がメインで応対しますので、援護をお願いします」

「わかった……任せて」

「大丈夫、わたしとあなたが力を合わせれば、どんな困難も切り開くことができる」


 ミステルの力強い言葉が俺の背中を後押ししてくれた。

 きみはいつだってそうだ。俺に困難に立ち向かう勇気をくれた。

 

 俺たちは頷き合った。

 


「死ねぇええええ」


 聖剣エクスカリバーを振りかぶり、ラインハルトは一直線に向かってきた。

 

 こうして三度みたび、決戦の火蓋が切られた。

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