105話 燃え猛ろ、ファイアブランド

 邪魔だ――!


 俺は目の前の氷柱に向かって炎の短剣ファイアブランドを振るう。

 その剣筋は激しい火柱となって、周囲を包み込む。

 俺の行手を阻む氷柱は、瞬く間に溶けて蒸発した。


「なっ……!? なんですの、その力は!?」


 マーガレットが驚愕の声を上げる。

 だが、そんなことには構いもしない。

 

 俺は炎の短剣ファイアブランド下手したてに構えたまま、ラインハルトの元へ全力で駆けた。


「――ッ!?」


 そしてラインハルトに向かって真っ直ぐ刃を切り上げる。

 ラインハルトは予想外の出来事に驚き、振り上げていた剣を咄嗟に振り下ろした。


 聖剣エクスカリバーの青い剣筋と、炎の短剣ファイアブランドの赤い剣筋が交差する。

 直後、甲高い金属音が響き渡った。


「雑用係があ……ッ!」

「ぐっ……」


 俺たちは互いに歯を食いしばりながら、ぎりぎりと鍔迫り合いを行う。


「お前ごときが……この僕と張り合うつもりか……!?」

「ああ、そうさ……ミステルを……、彼女を傷つけることは絶対に許さない……!」

「この……クソがァ……!」

 

 ラインハルトが更に力を込める。

 しかし、負けるわけにはいかない。

 俺は全身全霊を込めて、彼の剣を押し返した。


 もっと! もっと燃え上がれ。

 俺がそう念じて魔力を注ぐと、炎の短剣ファイアブランドを包む炎が更に勢いを増した。

 

 炎の短剣ファイアブランドの炎は容赦なく俺のかいなをも焼き焦がす。

 だが、そんな痛みなど気にも留めず、俺はひたすら押しまくる。

 

「熱ッ……くそ……があっ……!」


 ラインハルトは堪らず後ろへ飛び退いた。

 俺は追撃すべく間髪入れずに踏み込み、再び奴に切りかかる。

 

「舐めるんじゃねええええッ!!」

 

 しかし、今度は向こうも本気だった。

 奴は俺の攻撃を防ぐように聖剣エクスカリバーを構え直し、こちらへ向かってくる。

 

「ぐぅうっ……!」

 

 再び激しくぶつかり合った赤と青の二つの剣閃。

 その交叉点から、まばゆい火花が散った。

 

 そのまましばらく刃と刃の応酬が続く。


 必死に切り結びながらも、俺はラインハルトの動きからある違和感を感じていた。

 

 俺は戦闘職ではない。ただの支援職だ。

 短剣術の多少の心得はあるものの、それも技能スキルとして顕現けんげんしていないレベル。

 

 なのに今、聖剣エクスカリバーを振るうラインハルトと、互角とは言えないまでも、なんとか渡り合えている。


 どうしてだろう。

 

 不思議だった。彼の動きからは、クロエさんやトゥーリア、ミステルから感じる、本物の強者の風格オーラを感じないのだ。


 いや、確かに脅威は感じている。

 だけどそれは、ラインハルト本人ではなく、彼が握る聖剣エクスカリバーから感じるものだった。


「マーガレットッ! リリアンッ! 何をぼーっと見ている! 早く援護しろ!」


 俺がそんなことを考えていると、ラインハルトは、己の背後に向かって叫び声を上げた。

 

「はいですわッ!」

「わ、わかった!」

 

 ラインハルトの言葉を受けて、二人が動き出す気配を感じる。

 おそらく俺を倒すために連携して攻撃してくるつもりだろう。


 今、ミステルは攻撃するすべを持たない。

 つまり、三対一。形勢は明らかに不利だ。


 だけど、逃げたくはなかった。

 ミステルを傷つけようとしたこいつらを、絶対に許さない。完膚なきまでに叩きのめしたい。

 

 そのために俺がすべき事。

 

 一瞬の思考の後。


 俺は、ラインハルトと切り結んでいる炎の短剣ファイアブランドの刃を滑らせるようにして、その切っ先を逸らした。


「なっ!?」

 

 突然の力の向きの変化に対応できず、ラインハルトは前のめりになる。

 

「ぐっ……」

 

バランスを崩しながらも、なんとか踏ん張ろうとする彼に向かって、俺は無防備になった腹に渾身の蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐふぅ……」

 

 衝撃に耐えきれず、ラインハルトはよろめくようにそのまま後ろに後退した。

 

 その隙に、俺はすぐにミステルの元へ駆け寄る。


「ミステル。これを」


 そう言って俺は腰にかけた鞄から、もう一本の短剣を取り出し、彼女に手渡した。

 炎の短剣ファイアブランドを手にする前から、護身用として持っていた愛用の短剣だ。


「ミステル、今のこの状況は全部、俺の……俺の甘さが招いたものだ。本当にごめん。きみを巻き込んでしまって」


 俺は彼女にまず謝罪の言葉を口にする。


「そのうえでお願いがあるんだ。本当に勝手なお願いだけど。本当は、全部、自分で決着けりをつけないといけない問題なんだけど……」


 俺がこの後彼女に告げようとしている言葉。それは極めて身勝手な、都合のいい願い。

 

 だけど俺が。

 ちっぽけで、弱くて、情けないこの俺が、青の一党ブラウ・ファミリアに――自分の過去トラウマに立ち向かうために絶対に必要なこと。

 

「俺には――きみの力が必要なんだ。俺と――、俺と一緒に戦ってくれないか」


 俺は彼女の赤い瞳を真っ直ぐ見つめてそう言った。


「もちろんです、わたしはあなたのなんですから――」

 

 ミステルは笑顔で答えて、受け取った短剣を両手でぎゅっと握り締める。

 そして、俺たちはラインハルトたちに向かって構え直った。


「雑用係と赤目持ちがッ……調子に乗りやがって」


 俺たちの会話が終わるのを待っていたかのように、ラインハルトは怒りの声を上げた。

 それが戦いの再開の合図だった。


 まず、リリアンが奇跡を発動する。

 

「【聖女の加護】――!」


 リリアンが詠唱すると、ラインハルトの身体を白い輝きが包みこんだ。


「ラインハルト、うちの奇跡で、身体能力を強化したよ。思いっきりやっちゃえ!」


 また、その背後では、マーガレットが手にした杖を掲げ、魔法の詠唱を開始していた。


「――大気に満ちる豊穣ほうじょうたるマナよ。我が魔道の導きに応じて、その姿、凍てつく氷刃となりて、我が敵を貫け――」

 

 彼女の声と共に、足元に巨大な魔法陣が展開されていく。

 そこから放たれる魔力の圧力を感じる。ビリビリと大気が震える感覚があった。詠唱付きの大魔法だ。


「残念だったな、雑用係。これが僕たちの――青の一党ブラウ・ファミリアの力だ」


 ラインハルトが聖剣エクスカリバーを構え直し、不敵に笑う。


「――絶対零度の槍アブソリュート・ゼロ!」


 マーガレットが声高らかに詠唱を終えると同時に、周囲に渦巻いていた魔力が一気に凝縮され、巨大なつららが出現した。それは高速で回転して一直線にこちらに襲いくる。


 俺とミステルは、左右に散開するようにしてそれを回避する。二人ともなんとか攻撃をかわすことができた。

 

「ゴキブリみたいにちょこまかするな! 【聖なる鎖ホーリー・チェーン】!」


 すかさずリリアンがそう叫ぶと、地面から無数の光の鎖が出現する。無数のそれはまるで蛇のようにうねりながら、俺とミステルを追いかけてきた。

 俺とミステルはそれを避けようと左右に動く。


「あっ……!」

 

 しかし、着慣れぬドレスのせいか、ミステルは避けきれず、彼女の足元に光の鎖が絡みついた。


「ミステルッ!?」

絶対零度の槍アブソリュート・ゼロ!」


 身動きがとれなくなったミステルに向かって、間髪おかずにマーガレットが大魔法を放つ。

 マーガレットの杖先から、再び巨大なつららが放たれた。


「危ないッ!」


 俺は咄嗟にミステルの前に飛び出すと、つららの動きに合わせるように、炎の短剣ファイアブランドを横なぎに打ち払った。

 灼熱と冷気がぶつかり合う。

 轟音と共に、白い蒸気を放ちながら、氷塊は蒸発し霧散した。


「ぐあっ……」


 なんとか防いだものの、魔法の衝撃を真正面から受けた俺は、ゴム毬のように弾き飛ばされる。

 なんとか体勢を立て直し、視界を前に向けると、ミステルが、巻き付いた鎖を振り払うために、必死にもがいている姿が見えた。


 くそ……ただでさえミステルは大弓を――自分の得意武器を持っていないんだ。

 そのうえ、魔法を使われるとなったら――

 こちらの分が悪すぎる。

 

 この隙を逃すまいと、ラインハルトは地を蹴り、俺の方に向かってきた。

 

「無様だな、雑用係。これでお前とはお別れだ」


 ラインハルトはそういうと、聖剣エクスカリバーを頭上高くに振りかぶる。


「お前の回復薬ポーションのレシピはこの僕が有効に活用してやる。安心して死ね」


 ラインハルトは歪んだ笑みを浮かべた。


聖剣解放エクスカリバー・オーバードライブ――」


 聖剣エクスカリバーから青い燐光がはしる。


 遠くからミステルが俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

 このままだと確実にやられる――

 

 そう思った瞬間だった。

 


大いなる破滅よ、顕現せよフィンブルヴェトル・ガンド!」


 

 辺りに声が響く。

 それは、聞き慣れた、仲間の声だった。

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