99話 これってデートなんですか?


 宿のラウンジで合流した俺とミステルは、出発する前にまずは食堂で簡単な朝食を取ることにした。


「……」

「……」


 食堂の中に入り、席についてから、お互いに特に言葉を発することなく、黙々とトーストやサラダを口にしている。

 

 食堂の中は、これから冒険に向かうであろうパーティの相談や雑談で喧騒に満ちている。だけど俺たちの間には、カチャカチャと食器の音が響くのみだ。

 

 俺もミステルも、二人ともお喋りな方ではないものの、それでもいつもは他愛のないことを喋りながら、のんびりと食事をするのだが。

 今日に限っては、俺とミステルの間に妙な緊張感が漂っていた。


(とりあえず、何か話題を探さないと。えっと――、あ、そうだ)


「そ、そういえば、トゥーリアはどうしたの?」


 トーストをかじりながら、俺はさっきから気になっていたことをミステルに問いかけた。

 階段から降りてきたのはミステル一人だった。

 昨日の段階では、トゥーリアも一緒に三人でエルミア観光をしようということになっていた筈だ。


「あ……えっと……彼女は急用ができたらしく……行けなくなっちゃいました」


 ミステルは、妙に歯切れが悪い様子で答える。


「あ、そうなんだ。じゃあ今日の観光は二人だね」

「は、はい! 二人です。不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」


 そう言って、慌てた様子で深々と頭を下げるミステル。

 その拍子に体が食器に当たって、ガチャンッと大きな音を立てた。


「ご、ごめんなさい……!」

 

 その挙動から、彼女の緊張がひしひしと伝わってくる。

 

 いや、緊張していたのは彼女だけじゃない。俺も同じで、内心ではかなりドキドキしているのだ。

 

 別にミステルと二人で行動すること自体は、それほど珍しいことではない。むしろ最近はその方が多いくらいだ。

 

 もっとも、それはパーティの仲間としての行動であって、異性としてではなかった。だから二人きりでも別に緊張しないし、いつもどおりに振る舞える。


 だけど。


 彼女は見慣れたいつもの洋服ではなく、清楚なワンピースに身を包み、髪型も素敵なヘアアレンジも施している。

 普段とはまるで違うフェミニンな雰囲気で、しかもそれがとってもよく似合っているのだ。

 

 否応なしに彼女のことを、一人のとして意識してしまう。

 

 一旦そう意識してしまうと、もう駄目だった。

 

 ミステルの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが気になって仕方がない。

 彼女と目が合うだけでドキッとするし、彼女が俺の言葉に反応するたびに胸が高鳴る。

 そんな調子では、まともに会話などできるわけもなく、沈黙ばかりが続いてしまうのだ。


(だけどこのままじゃダメだよな)

 

 せっかくこうしてミステルと一緒にいるのだし、もっとちゃんと話したい。

 それに今日一日ずっと二人なんだ。朝からこんな有様でどうする。

 

 俺は不格好ながらも、彼女に話しかけることにした。


「そ、それにしても、ミステルのその格好はびっくりしたな」

「はい……トゥーリアとソフィーが、せっかく王都を観光するんだからおめかしをしようと言い出して。それで昨日……三人で色々なお店を回って、選びました……」


(なるほど。昨日の午後の女性陣にとってのとはこのことだったんだ)


「さっきもいったけど、すごく良く似合ってる」

「そう言ってもらえて、嬉しいです……ふふっ」


 そう言って彼女ははにかむような笑顔を見せた。


(か、かわいい。笑顔がとってもかわいい)


 誤解がないようにハッキリ言うと、もちろん、普段からミステルは美人だ。

 だけど、こうして改まった装いをされて、しかもこんな嬉しそうな表情を向けられてしまうと、もうダメ。完全に心が鷲掴わしづかみにされてしまう。


(ああ、ずっと眺めていたい……)


 おっと、いけない。平常心。会話、会話。


「あー、今日はどうしようか。ミステルはどこか行きたいところとかある?」

「えっと、あまりこの街のことに詳しくなくて……」

「そっか……実は俺もそうなんだよね。どうしようかな」


 俺が腕を組んで悩んでいると、ミステルは何か思いついたように口を開いた。


「そうだ、これ……トゥーリアから。ニコに渡すようにって」


 そう言って彼女は一冊の本を差し出す。

 それは、彼女が持参していたエルミアのガイドブックだった。


 中身を開いて、ページをパラパラとめくると、一枚のメモ紙がヒラヒラと床に落ちた。


「なんだこれ?」


 メモ用紙を拾い上げて目を通す。

 そこには可愛らしい文字で、「オススメのお店」と題して、雑貨屋やカフェなどの情報が書き連ねられていた。

 そして最後に「デート楽しんでね。ちゃんとミステルをリードすること」と締めくくられていた。


(トゥーリア。キミ、最初からこうするつもりだったな――! で、デートって……! 心の準備ができてないよ!)

 

「どうしました……?」

 

 ミステルは不思議そうな顔で首を傾げている。

 

「あ、いや、なんでもないよ」

 

 俺は慌てて誤魔化した。

 トゥーリアにどんな意図があるのかは知らないけれど、俺とミステルは二人きりで王都を観光するように仕向けられたようだ。


 というよりもむしろ。

 二人きりで街を当て所なくぶらぶらするということは。

 

(トゥーリアの言うとおり、これはデートだ)

 

 今日は王都の観光の一日というより、むしろミステルとのデートの一日なのだ。


(え、デートってなにすればいいんだろ?)


 どこにいけば彼女に喜んでもらえるのか。

 何を話せば二人で楽しい時間を過ごせるのか。


(自慢じゃないけど俺は異性とデートなんてしたことはない。うん、なにも分からないぞ)


 腕を組んでそんなことを頭の中でぐるぐると考えていると、ミステルが心配した様子で俺の顔を覗き込んでくる。


「ニコ……?」

「あ、ううん。大丈夫」


 俺はミステルの呼びかけに我に返る。

 こんなことではいけない。彼女を不安そうな顔にさせてはいけない。今日一日、俺は男としてミステルをきちんとリードしなくてはいけない。


「と、とりあえず、ガイドマップもあることだし、街に出てみよっか。適当にブラブラしながら気になったお店を覗いていこうよ」

「はい!」

 

 元気の良い返事と共に、ミステルは満面の笑みを浮かべた。

 そうして、俺とミステルのはじめてのデートが始まった。

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