98話 王都観光に行こう!


――回復薬ポーションのレシピを教えてくれ。お願いだ。


――「パーティから離れたとしても、僕は君を仲間だと思っている。君は困っている仲間を見捨てるような奴じゃない。


――僕は君のことを信じているよ。

 


 俺の脳裏に、ラインハルトの言葉のろいが繰り返される。

 その度に、俺にはもう関係ないという思いと。

 困っているヤツを助けなくてはいいのかという思い。

 矛盾する二つのが、心の中でせめぎ合っていた。


「――ねえ、ニコ。聞いてる?」


 名前を呼ぶ声が聞こえて、俺はハッとなって顔を上げた。

 

 見れば、テーブルを挟んで正面にトゥーリアの顔があった。どうやら先程から話しかけられていたらしいのだが、まったく気づかなかった。

 

「え……? ああ、ごめん」

「もう、どうしたんだよ。さっきからぼーっとしちゃってさ」


 ここは、宿屋の食堂だ。

 夕食を終え、明日の予定を話し合っていたところだった。

 

「もしかして……体調が悪いんですか?」


 俺の隣に座るミステルが、心配そうな声でそう言った。

 

「ううん、ちょっと考え事していただけ」

「そうですか……? それならいいんですけど」


 俺は心配をかけまいと、ミステルに笑いかける。


「ごめんトゥーリア。それで、なんの話だっけ?」

「えっと、明日の予定はどうしようかって話」

「ああ、そうだったね」

「それでさ。元々の予定はもう済ませたし、冒険者ギルドは明日以降ならいつ来てもいいって言っていたじゃん。だからさ、せっかくだし明日は一日エルミアをゆっくり観光しない?」


 トゥーリアは人差し指を立てて提案した。


「観光か……」

 

 彼女の提案は悪くないものだった。

 元々エルミアには三日間滞在する予定だった。

 初日で大体の用事は済ませたし、中途半端になってしまった討伐報告の件は、最終日の朝にでも、冒険者ギルドに寄るだけで構わない。

 トゥーリアの言う通り、明日一日を丸々観光に当てても問題ないように思えた。

 

(ラインハルトの件は置いておくとして)


「うん、俺はそれでいいと思うよ。みんなは?」

「はい、わたしもそれで構いません」

「異議なし……」


 ミステルもソフィーも、トゥーリアの案に同意した。


「……でも、わたしは別行動でいい……? 本屋とか、図書館に入り浸りたい……」

「うん、いーよ! それじゃ明日は三人で街を回ろっ」


 ソフィーの言葉に、トゥーリアは笑顔を浮かべた。

 それからしばらく、明日見て回りたい観光スポットだとか、お昼に何を食べようかとか、そんなことを話しあう。


「じゃあ、明日は九時に、一階ラウンジに集合ってことで!」


 最後に集合時間を決めて、各自の部屋へ戻ることとした。


***


 翌朝。

 

 約束の時間より少し早めに、宿の一階に降りた俺は、ラウンジに置かれたソファーに腰掛けて、ミステルとトゥーリアが来るのを待っていた。


 片手にコーヒーが入ったカップを持ち、眠気覚ましのためにちびちびと飲む。


 今日は朝から晴れていて、窓から見える景色は爽やかな青空が広がっていた。絶好の観光日和といっていい。

 

 だけど、一方で俺の心中はくもり模様だ。

 俺は昨日の夜なかなか寝付けず、今もまだ眠気が残っていた。

 

 原因はわかっている。

 ラインハルトからの頼み事を受けるか否か。

 俺は一晩中悩んだ結果、未だ結論を出すことができなかった。


「はぁ……なんで俺がこんなに悩まないといけないんだろう……」


 俺はうんざりとした気分で、思わず呟いた。

 確かにその通りなのだ。


 俺は青の一党ブラウ・ファミリアから追放された身だ。それも理不尽な理由で。

 ラインハルトに意見をしたことをキッカケとして、パーティにとって役立たずの烙印を押されて、追放された。

 

 だから、ラインハルトたちに何があろうと、今更知ったことではない。むしろいい気味じゃないか。ざまぁみろと言えばいい。


(そう割り切ってしまえば、どんなに楽だろう)

 

 それが俺にはできない。

 多分、それが俺のさがなんだと思う。

 

 どんなに理不尽な目にあったとしても、同じパーティの一員として、同じ時間を過ごした仲間だったんだ。

 

 その仲間が困っているのを見捨ていいのか。俺にできることがあるなら、手を差し伸べてあげるべきじゃないのか。


 そんな、偽善に満ちた考えが浮かんで。

 そうして、思考は堂々巡りに陥ってしまう。

 

「はぁ……」


 俺は一つため息をした。

 今日はせっかく、ミステルたちと一緒にエルミアの街を見て回る予定なんだ。

 いつまでもこんなくだらないことで、うじうじと頭を悩ませている場合じゃないだろう。

 

(切り替えて、今日一日をしっかり楽しまなきゃ)

 

 俺はそう思い直す。

 ちょうどその時だった。


「あの……お待たせしました……」


 階段の方からミステルの声がした。

 俺は声の方に振り向く。

 そして、思わず「えっ?」と驚きの声を上げた。

 

 そこに立っていたミステルは、普段の彼女とはまったく異なる装いだった。

 彼女はおなじみの狩猟服ハンターコートではなく、淡い水色のワンピースを着て、そのうえに薄手の紺色カーディガンを羽織っていた。

 足元は編み上げのサンダルを履いている。

 しかもいつもは下ろしている銀髪は、サイドテールにして側頭部でまとめられていた。


 その装いは清楚で、可憐で、可愛らしいなものだ。


「ミステル……だよ……ね?」

 

 俺は目の前の少女に、確認するように訊ねた。

 もしかしたら、大変失礼な質問だったかもしれない。

 

「はい……わたしですけど……」

 

 ミステルは恥ずかしそうに頬を赤らめながら答えた。


「わたし、こんな格好するの……初めてで。その……やっぱり変でしょうか……?」


 俺は彼女をじっと見つめる。

 そうしてもう一つ気づいたことがあった。

 

 普段はまったく化粧をしない彼女だが、ノーメイクでもいつもバツグンに可愛い彼女なのだが。

 今日の彼女は薄くではあるが、頬にチークを入れており、唇にはうっすらとリップも塗ってあるようだ。


 

 そんなミステルの顔は朱色に染まっていて、視線は泳ぎ、落ち着きがない。


「……」

「ニコ……?」


 黙り込んでしまった俺に対して、ミステルは不安そうに首を傾げた。

 俺は彼女の問いかけに対して、何も答えることができなかった。ただただ、俺の視線はミステルの姿に釘付けになっていた。


「ごめんなさい、やっぱり……似合わないですよね。あの、すぐ着替えてきますから……!」


 沈黙に耐えかねたミステルは、泣き出しそうな表情を浮かべて、きびすを返そうとした。


「待って!」

 

 俺は反射的に立ち上がって、ミステルを呼び止めた。

 そして、ミステルが振り返ったのを確認してから、俺はゆっくりと言葉を続けた。

 

「すごく似合っているよ。その……とっても、可愛い……ほんとに……」

 

 俺は正直に自分の気持ちを告げた。

 口から出た言葉は本当につたないものだったけれど。

 心の底からそう思った。

 

 俺は彼女にすっかり見惚れていた。


 俺の言葉を聞いた彼女は、顔をリンゴみたいに真っ赤にして、だけど、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。

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