97話 勇者に懇願される


「ラインハルト、ごめん……別に用事があって立ち寄ったわけじゃなくて、たまたまなんだ」


 俺はすぐにラインハルトから目を逸らし、自分がここに立っている理由について、謝罪と言い訳をした。

 そもそも何に対する謝罪と言い訳なのか、自分でもよく分からない。


「すぐ出ていくから――」


 俺はそう言って視線を外したまま、その場から立ち去ろうとする。


「待ってくれ」


 そんな俺をラインハルトは呼び止めた。

 俺は足を止めて、肩越しに少しだけ振り返る。


「君がうちの元メンバーと話をしているのを見ていた。彼から聞いただろう。今の青の一党ブラウ・ファミリアの有様を……」

「あ、いや、その……」


 ラインハルトの問いかけに対して、俺は肯定も否定もできず、ただ曖昧に口ごもる。そして改めて彼に視線を向けた。


 久しぶりに会うラインハルトの姿。彼は相変わらず豪華な白金の鎧に身を包み、聖剣エクスカリバーを帯剣している。


 誰もが一目見て彼を勇者と認識するだろう。

 

 そしてその顔は男の俺から見ても端正で美しい。

 しかし目の下にはくっきりとしたクマが浮かび上がっており、その表情はどこかやつれて見えた。


「ニコ、この後時間はあるかい? もしよかったら中で少し話さないか」

「いや……俺は……」

「時間はとらせない。その……君には色々と無礼を働いてしまった。謝りたいんだ」

「は……?」


 俺は自分の耳を疑った。

 あのラインハルトが、俺に謝るだなんて。


「頼む」


 ラインハルトはそう言って、真剣な眼差しを向けた。


(どうする――?)


 正直、建物の中には入りたくなかった。

 パーティを離れてから改めて思い返してみると、このパーティでの三年間は辛い思い出ばかりだ。

 追放という形で、縁が切れた今、こちらから積極的に関わりたくなかった。

 

 だけど、青の一党ブラウ・ファミリアの現状をより詳しく知りたいという気持ちもあった。

 なにより、あのラインハルトが俺に謝るとまで言ってきている。ヤツは自尊心のカタマリのような人間であって、決して他人に頭を下げるような男じゃない。

 それだけの窮状に彼が追い込まれているということだ。


 関わりたくない。放っておけない。

 俺の心の中に、相反する二つの心情が渦巻く。


 そして。


「悪いけど、もう俺はパーティの人間じゃないから。中に入るのは止めておくよ」

「……そうか」

「だけど、もし俺に話があるなら、ここで聞くよ」


 俺はそう答えた。

 

「ありがとう。君なら言ってくれると思っていたよ」


 ラインハルトは微笑み、そして俺の目を見据えた。


「単刀直入に言おう。青の一党ブラウ・ファミリアに戻ってきてほしい」

「なんだって……?」


 予想もしていなかった言葉が彼の口から飛び出した。

 思わず返す言葉に詰まってしまう。


「分かっている。君をパーティから追放したのは僕だ。それを今更戻ってこいなんていうのは、ムシのよすぎる申し出だってことは百も承知している」

「……」

「だけど君がいなくなって、君が創り出すアイテムの価値を改めて思い知った。僕のパーティにはそれが必要不可欠だったんだ。だから頼む。僕の元に帰ってきてくれないだろうか」

 

 ラインハルトは必死の形相だ。

 俺が知っている自信と尊厳に満ちた彼のものではなかった。


 だけど……

 俺は首を横に振った。


「ラインハルト、それはできないよ」

「もちろん、その価値に見合うだけの待遇は約束する。改めて幹部の地位を与えるし、報酬だって以前とは比べ物にならない額を約束しよう!」

「待遇は関係ないんだ」

「それならば、なぜッ!?」


 声を荒げるラインハルトに、俺はハッキリと言った。

 

「俺には、もう新しい仲間ができたんだ。みんなを置いて、俺一人だけ青の一党ブラウ・ファミリアに戻るわけにはいかない」


 俺の言葉を受けて、ラインハルトは目を閉じ、大きく息をひとつ吐く。


「そうか……分かった……」



 そしてゆっくりと目を開けた後、再び静かに口を開いた。


「君をパーティに再加入させることは諦めよう。そのかわり……ひとつ頼みがある」

「頼み?」

「ああ。君が青の一党ブラウ・ファミリアで作っていた回復薬ポーションのレシピを教えてくれないか」

回復薬ポーションのレシピを……?」


 それは意外な頼みだった。


(俺の作る回復薬ポーションのことを、雑貨屋で買える二流品だとバカにしていたのは君じゃないか!)

 

 ノドの手前までその言葉が出そうになって、なんとか飲み込む。


回復薬ポーションなんて、どこでも買える。なぜレシピなんかを欲しがるんだ?」

「君の作る回復薬ポーションは特別だったんだ」

「特別だって……?」

「この間、君が残していった回復薬ポーションを鑑定にかけた。そしたら驚くべき結果がでたよ。魔力が自動で回復する付加効果エンチャントが付けられていたんだ。こんな回復薬ポーション、王都中を探したけれど、どこにも存在しなかった。奇跡の回復薬ポーションといっても過言じゃない」


 確かに青の一党ブラウ・ファミリアで作っていた回復薬ポーションには、【魔力自動回復】の付加効果エンチャントを加えていた。


 青の一党ブラウ・ファミリアの幹部メンバーのスキルは、ラインハルトの聖剣エクスカリバーはじめ、どれも強力だ。

 だけどその分、魔力を大量に消費するものばかりで、メンバーの魔力をいかに確保するかが課題だった。

 魔力を回復する手段は、貴重な薬品などに限られているうえに、回復までに時間がかかることが多い。

 そこで俺は、独自に研究を重ねて【魔力自動回復】の付加効果エンチャントを生み出したのだ。


 俺はパーティにいるときに、付加効果エンチャントの効能について、何度もラインハルトに説明しようとしたが、彼は聞く耳を持たなかった。

 

(なるほど。それで俺がいなくなった後、魔力不足に陥り、聖剣エクスカリバーをうまく使えなくなってしまったということか)

 

 俺はようやく、ラインハルト達が置かれた状況を理解した。

 

「君の作る回復薬ポーションさえあれば、僕はかつての力を取り戻せる。そうすれば、人々の平和と安全を脅かす魔族を打ち倒すことができるんだ。そして、より多くの人々を救うことができる!」


 ラインハルトは熱弁を振るう。


「どうか、お願いだ。僕に力を貸してほしい。青の一党ブラウ・ファミリアのために。そして何よりエルミアの平和のために。魔族の脅威に怯える無辜むこの民のために」


 そして、深々と頭を下げた。

 

 そんなラインハルトの姿を見て、俺の心の中に矛盾する二つの感情が生まれていた。

 

 ひとつは、今更勝手なことを言うな、という思い。

 はっきり言って、彼が現在立たされている苦境は、元を正せばすべてが自業自得だ。

 自分の力を過信して、支援職の役割を軽んじた結果が、すべて自分に降りかかってきているだけに過ぎない。

 それに俺はともかく、ミステルにした仕打ちを考えると、同情の余地はないと思えた。

 

 だけど、それでも。

 

 同時に、俺にとって彼は、三年間同じ時間を過ごしたパーティメンバーでもあった。

 たとえそれがラインハルトにとって「勇者」と「雑用係」という関係だったとしても。

 たとえ三年間が辛い思い出ばかりだったとしても。

 

 心のどこかで彼を憎みきれない自分がいた。

 

 それに、彼の振るう聖剣エクスカリバーの力のおかげで、魔族の脅威から、エルミアが守られていたことは、紛れもない事実だった。


「ごめん……少し考えさせてもらっていいかい」

「モチロンだ。結論がでたらまたここに来てくれるかい」


 結局、俺はその場で結論を出すことができず、答えは保留にすることにした。


「ニコ――」

 

 去り際に、ラインハルトが俺を呼び止める。

 

「僕は愚かだった。自分の力を過信し、仲間を頼らずに、本当に大切なものが何も見えていない愚か者だった。キミには本当にひどい態度をとってしまった。もう取り返しがつかない僕の過ちだ……謝っても謝りきれない」


 ラインハルトは沈痛の面持ちだ。


「今更遅すぎるけれど、信じてもらえないかもしれないけれど、僕は心を入れ替えた。例えパーティから離れてしまったとしても、今の僕は君のことを仲間だと思っている。なによりも――。僕は君のことを信じているよ」


 ラインハルトはそう声をかけた。

 

 それは俺にとって、ある意味呪いの言葉に等しかった。

 


 

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