94話 冒険者ギルドへの討伐報告

「あーくそー! あの反応だったら六〇〇エルクでも多分いけたなー! もうちょっとふっかければよかった」


 商会ギルドの建物を後にし、冒険者ギルドへ向かう道すがら、トゥーリアは悔しそうに呟いた。


「いやいや、五〇〇エルクでも十分すぎるくらいだよ。正直こんなに高値で売れるなんて思ってなかったから……」


 俺は苦笑しながら言った。


「ちなみにボクが言い出さなかったら、いくらで提案するつもりだったの?」


 トゥーリアは俺の方へ振り返る。


「えっと……とりあえず一〇〇エルクを――」

「えっ!? そんなに安値をつけるつもりだったの?」


 トゥーリアは驚いた様子で目を丸くした。


「いや……だって、この値段でも普通の回復薬ポーションの二倍だよ?」

「普通の回復薬ポーションならそりゃそうだけどさ――キミは高級回復薬ハイポーションの相場を知らないの?」

「あ、えーと……はい……」

「はぁ……前から薄々思っていたけれど……ニコ。キミは自分の生み出すアイテムの価値を……ううん、そうじゃないな。を、低く見積すぎだよ?」

「自分の価値――」

 

 トゥーリアに指摘されて、思わずギクリとしてしまう。


 確かに俺は錬金術師アルケミストとしての能力を、自分が生み出すアイテムを、相対的な視点で評価することが苦手だ。いや、苦手というより、意図的に避けている。

 

 自分の実力。価値。

 それを自分なりに客観的に評価しようとすると。

 いつも頭の中で、在りし日の声が響くのだ。


『雑用係、グズグズするな』

 

『アイテム作成しか能が無い支援職とうちを一緒にしないでくれる?』


『生産ノルマが厳しすぎる? お前は戦闘に参加できないんだから当たり前だろう。こんなバカなことを聞いている暇があったら、その時間を錬成にあてろ』

 

『忘れるなよ、お前が作るアイテムなんて、その辺の雑貨屋で買える程度の価値しかない』


『貴方の代わりなんていくらでもいるのです』


『そんなお前を――僕たちはパーティのとして迎え入れている。その意味をよく考えて行動することだな』


 そして最後に聞こえてくるのは、決まってわらい声。

 

 それは、かつて俺に向けられていた言葉の数々。

 それが今なお脳裏にこびりついていた。


「ニコ、大丈夫ですか……?」


 気づくと隣にいたミステルが心配そうな表情を浮かべて、俺の肩に手をかけてくれていた。彼女は俺の顔を覗き込むように見つめる。


「ああ、ゴメン……ちょっと考え事をしてただけ」

「本当に? 顔色があまりよくありませんけど……」

「うん、本当に大丈夫。心配かけてごめんね、ミステル」


 ミステルを心配かけまいと、俺は無理やり笑顔を作る。

 

 その様子を見て、トゥーリアも少し困惑したような表情を浮かべた。


「ご、ゴメンね? ボク、変なこと言っちゃった?」

「ううん、そんなことないよ。トゥーリア、キミの言う通りだ。俺は、自分の価値を計ることが、あんまり得意じゃないから……」


 ミステルたちと出会って、多少はマシにはなってきてるとは思うけれど、まだまだ過去のトラウマは拭いきれない。


「えっとさ――その謙虚なところは、キミの良いところでもあると思うよ。でも、キミの価値を認めてくれる人もちゃんといるってことを忘れないでね。ボクが言いたかったことはそれだけ」

「うん、ありがとう。トゥーリア」

「あ、いや、あと一つ! ニコは商いの交渉下手ってことがよく分かったから、いつでもボクを頼ってよね!」

「うん、そうさせてもらうよ」


 仲間たちに余計な気遣いをさせてしまったようだ。

 こんなことじゃいけない。もっとしっかりしないと。


 俺は頭の中にこびりつく声を振り払うように、頭を振った。


 ***


 久しぶりに訪れる冒険者ギルドは、依頼を求める冒険者たちの姿で、相変わらず賑わっていた。

 俺たちはさっそく名を持つ魔族レイドボスの討伐報告をするため、受付カウンターに並ぶことにした。


 しばらく待つこと十数分。順番が回ってきた。


「お待たせしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 カウンターに座る受付嬢が愛想の良い笑顔を浮かべる。


「あっ……アナタは……」


 偶然にも、カウンターに座っていたのは、俺たちにルーンウォルズの依頼を仲介してくれた受付嬢だった。

 胸元の職員証には『リーア』という名前が記されている。


「はい?」

「覚えてないと思いますけど、俺の名前はニコです。それと相棒のミステル。えっと、仲介停止の中、アナタにこっそりルーンウォルズの依頼を仲介してもらった――」


 リーアさんは、しばらくキョトンとした表情を見せた後、思い出した! という感じに、パンッと手を打った。


「ああ、ニコさんにミステルさん! お久しぶりですね、エルミアに戻ってきていたんですね」

「はい、今朝こちらに到着しました」

「この間、ルーンウォルズがオークの軍勢に襲われたというような報告もあったりして……お二人のこと心配していたんですよ。お元気そうでなによりです」

「はい。リーアさんに依頼を仲介してもらえたおかげで、おかげさまで元気にやっています」


 俺はリーアさんに感謝の気持ちを込めて微笑んだ。

 彼女がこの依頼を仲介してくれなかったら、今頃どうなっていたか分からない。ある意味リーアさんは俺たちの恩人だ。

 

「ふふっ、それはよかったです。それで今日はどんなご要件ですか?  あ、でも……その、依頼仲介については――」


 そう言って言葉を詰まらせた彼女は、申し訳なさそうな顔をした。

 俺とミステルに対する仲介停止の処分は、未だ継続中ということなんだろう。

 まあ、構わない。今回の用件はそこじゃない。


「いえ、今日は魔族の討伐報告に来たんです」

「討伐報告ですか?」

「はい、一応名を持つ魔族レイドボスの――」

「え? 名を持つ魔族レイドボスを討伐したんですか? ニコさんたちが!?」


 リーアさんは驚いた様子で声を上げた。

 俺はポシェットから、ヴォルカヌスの逆鱗を取り出して、カウンターの上に差し出した。


「これがその討伐証明です」

「これは――ドラゴンの逆鱗ですか?」

「はい。ガリア火山に出没していた、ヴォルカヌスという名のドラゴンの逆鱗です」


 リーアさんは逆鱗を手に取り、しげしげと見つめる。


「少々お待ちくださいね」


 そう言って彼女は席を離れていった。

 そして数分後、彼女は一つの巻物スクロールを手にして戻ってきた。

 彼女はそれをカウンターの上に開き、中身を俺たちに見せてくる。


「すいません、確認なんですが、ニコさんたちが討伐したヴォルカヌスという名を持つ魔族レイドボスは、このドラゴンで間違いありませんか?」


 俺は巻物スクロールに描かれたイラストを見つめた。そこには巨大な翼を広げたドラゴンが描かれている。その姿はガリア火山で俺たちが対峙したドラゴンと同じものだった。

 

「はい、間違いないです」

「なるほど……」


 受付嬢はそう呟くと、腕を組んで考え込むような仕草を見せた。


「あの……何か問題でも?」

「ええとですね――」


 リーアさんの口から出てきた言葉は予想外のものだった。


「実はこの名を持つ魔族レイドボスは、三か月ほど前に、既に討伐報告が出されているんです――」

 

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