93話 商会ギルドとの販売交渉


 商会ギルドは、エルミアの商業地区の一画にあった。

 王国の商業権を一手に管理している組織なだけあって、その建物は非常に大きく立派だ。

 

 中に入ると、大勢の商人らしき人々が、ロビーや掲示板の前で話し込んでいる姿が目に入る。きっと日々様々な商談が取り交わされているのだろう。

 俺たちは、そんな光景を尻目に、奥にある受付カウンターへと向かった。


「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか」


 受付カウンターに座るメガネをかけた女性職員は、事務的な口調で尋ねてきた。


「実は、エルミアで新しく商品を販売したく、販売許可の手続きをしたいのですが……」

「では、まずは簡単な受付手続きを行いますので、こちらの書類に必要事項の記載と、それと身分証をお見せください」


 俺は言われるままに、書類に記載して職員に手渡す。

 身分証には、冒険者ギルドに登録したときに手渡されたタグを提示した。


 職員は俺の名前を確認すると、手元の資料と照らし合わせながら、淡々と受付作業を進めていく。

 

「はい、結構です。それでは次に、審査官による審査を行います。準備が整いましたらお呼びしますので、しばらくお待ちください」

「わかりました」


 そう答えて、俺たちは椅子に座って待つことになった。

 それからおよそ十五分ほど待ったところで、職員が声をかけてきた。


「お待たせいたしました。審査の準備が整ったので、こちらへどうぞ」


 俺たちは、職員の案内に従い二階に上がる。

 そのまま廊下の突き当たりまで進むと、『審査室』と書かれた札が掛けられた扉があった。

 職員が扉をノックすると、中から『どうぞ』という短い返事が聞こえてきた。

 職員は俺たちの方に振り返り、中に入るように促した。

 

「失礼します」

 

 俺たちは一言断りを入れてから入室した。

 

 室内には、簡素な木製の机と椅子が並べられていた。

 そして、奥の机にメガネを掛けた痩せぎすの中年男性が座っていた。

 

 男性は申請書類から目を離すことなく、手振りで俺たちに椅子にかけるよう促した。

 

「えっと……よろしくお願いいたします」


 審査官に一礼をしてから俺は椅子にかけた。ミステル達も俺に続く。


「はい……えー、ニコ・フラメルさん。職業ジョブ錬金術師アルケミストですね」


 審査官は、書類から顔を上げて、俺の顔を見ながら言った。

 

「はい。間違いありません」

「ふむ……なるほど……」

 

 審査官は、再び視線を落として、俺の書類とにらめっこを始めた。


「遠路はるばるルーンウォルズからエルミアまで……ご苦労なことですね。販売希望商品は、回復薬ポーションということですが……ふむ回復薬ポーションねぇ」


 審査官は、独り言のように呟きながら、書類を見つめ続ける。


(なんか、あまり良い印象を抱いていないようだな)


「正直いいますとね、回復薬ポーションは、エルミアにおいて供給過多なんです。商会お抱えの錬金術の工房なんかもいくつもありますし」


 審査官は、メガネの位置を直しながら、ため息混じりに言葉を続ける。


「だから、よっぽどの品質じゃない限りは、どこの店舗でもなかなか買い取ってくれないんですよね。失礼ですが、無名の錬金術師アルケミストが作った回復薬ポーションなら尚更ですよ」

「そうなんですか……」


 俺は審査官の言葉を聞いて、肩を落とす。

 確かに、王都エルミアともなれば、一流の錬金術師アルケミストの工房も沢山あるだろうし、そんなところと比べれば、俺の作った回復薬ポーションは見劣りしてしまうのかもしれない。


「まぁわざわざエルミアまで来たのですから、とりあえず鑑定だけでもしてみましょうか。商品を見せてもらえます?」

「えぇと、これなんですけど……あ、自分は【分析】スキル持ちなので、結果を巻物スクロールに移してあります……」

「いやいや、巻物スクロールは結構です。最近は鑑定結果を偽装する不届者もいるので、こちらで鑑定させていただきますよ」


 審査官は、俺の手から回復薬ポーションだけを受け取ると、メガネに手をかけた。


「どれどれ……」


 審査官が回復薬ポーションに目を通す。

 すると次第にその表情に変化が現れた。

 

「これは……この品質は……」


 審査官は、驚いたように目を大きく見開くと、続けて書類と交互に眺めはじめた。


「品質はS、いやS+……!? しかも付加効果エンチャント【滋養強壮】も付いてるのか……!?」


「あっあの、どうでしょう?」

 

 俺が恐る恐る審査官に尋ねると、彼は我に返った様子で、ゴホンと一つ咳払いをした。

 

「いやすみません。ちょっと驚いてしまって。ここまで高品質な回復薬ポーションは見たことがありませんでしたので……」

「ほ、本当ですか……!?」

「本当ですとも。市販品の回復薬ポーションは大体Cランクのものがほとんど。高級と呼ばれるランクの回復薬ポーションでも、その品質はいいところでA ランクです。ランクSなんて、そもそも滅多に出回るものじゃありません」


 そういうものなのだろうか。自分の感覚だと、商品として流通させるからには、最低でもAランクの品質にするのは、当然だと思っていたが……


「この品質ならば販売許可については問題ありません。あとは売値ですが……単刀直入に聞きますが、希望価格は?」

「え、ええーと……」


 俺は思わず答えに詰まってしまった。

 

 価格設定は商会ギルドで相場や品質を元に勝手につけてくれるものだと思っていたので、正直何も考えていなかった。


 一般的な回復薬ポーションは大体五〇エルク。

 ちなみにルーンウォルズでは、ほぼ半額で販売している。まあこの値段設定は、街の復興支援的な意味合いが大きい。

 

 審査官の見立てによると、品質は高級高級回復薬ハイポーションの部類に入るらしいので、多少は色をつけても問題はなさそうだ。


 思い切って、二倍の一〇〇エルクはどうだろう。

 難色を示されたらそこから下げていけばいいし……

 よし、この値段で提案してみよう。


「ひゃく……」

「五〇〇エルク!」


 え……?


 俺が値段を言うより早く、トゥーリアが声を上げた。

 彼女は椅子に座らず、机に身を乗り出すようにして審査官を見つめている。


(い、いやいや、五〇〇エルクって。普通の回復薬ポーションの六倍だぞ。そんな値段で売れるわけないじゃないか)


 俺は慌ててトゥーリアの発言を訂正しようとした。

 

 ……しかし。


「なるほど、五〇〇ですか……ふぅむ」


 審査官は満更でもなさそうな様子でうなづく。

 

(ま、マジか……)

 

「ルーンウォルズからエルミアまでの運搬費も混ぜ込んでその価格だよ。悪い価格設定じゃないと思うけど?」


 トゥーリアは、あくまでも強気に、審査官に対して価格交渉をする。

 審査官は腕を組み、考え込むような仕草を見せる。

 そしてしばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「わかりました。五〇〇エルクで行きましょう」

「ですよねぇ、五〇〇はさすがに無理がありますよね……えっ!?」

 

 俺は自分の耳を疑った。

 まさかのオッケーが出たのだ。


「少々高額なのは否めませんが、この品質と、なにより付加効果エンチャント――高級回復薬ハイポーションとして、十分に販売が見込めると判断しました」

 

 そう言うと審査官は、手元の書類になにやら書き込んだ。

 

「それでは、これが正式な契約書になります。サインをお願いします」

「は、はぁ……」


 俺は審査官に促されるままに、契約書にサインをした。


「ありがとうございます。契約成立ですね。それと、申し遅れていましたが、私は今後、アナタの担当審査官を務める、ルドルフ・レイと申します。今後ともよろしくおねがいいたします」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします……」


 俺は自分の担当となった審査官と握手を交わす。

 こうして、俺の回復薬ポーションは無事にエルミアにて販売されることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る