92話 王都エルミア、再び

「わぁー! ここが大陸の中心、王都エルミアなんだ!」


 トゥーリアが興奮した様子で声を上げる。


 俺たちは、三日間に渡る長旅を終え、王都エルミアの大通りに立っていた。

 

 目の前には城下の街並みが広がっている。

 

 道は石畳で綺麗に整備され、建物も煉瓦れんが造りの洒落しゃれた外観のものが立ち並ぶ。

 そして、大通りの向こう側の遠景には、エルミアの中央に位置する白亜の城――王都の象徴シンボルとも呼べるエルミア城の姿がうっすらと見えた。


 通りを行き交う人々の装いは、商人風であったり、冒険者風であったり、様々だ。

 また、人間ヒューマン以外にも、様々な人種が入り混じっており、実に活気に溢れていた。

 

 トゥーリアは好奇心に目を輝かせながら、辺りをキョロキョロと見回す。


「はぇー、すごい活気だね」

「王国の首都だけあって、大陸中から人や物が集っているからね。トゥーリアはエルミアは初めてなの?」


 俺の問いかけに、トゥーリアは首をタテにふって答えた。


「うん、初めて! あ、でも今日のためにばっちり観光ガイドを読み込んできたから、大体の観光スポットは頭に入ってるよ」


 トゥーリアはそう言うと、カバンから大量の付箋ふせんが貼り付けられた一冊の観光ガイドを取り出して、得意げに笑った。

 

(一応、観光目的で来たわけじゃなかったはずなんだけどな)


 思わず俺は苦笑いしてしまう。


「目が回りそう……人が多すぎるの、苦手……」


 テンションがどんどん上がっているトゥーリアの一方で、ソフィーはげっそりした表情でそうつぶやくと、人混みを避けるように一歩後ずさった。


「ソフィーもエルミアは初めて?」

「ううん……魔導書研究所グリモア・ラボで働いていたとき住んでた。休日はずっと家に引きこもってたけど……」

「あぁ、なるほど」

「相変わらず、この街の雰囲気は苦手……はやく、本屋にいきたい」

 

 ソフィーは、今はルーンウォルズの小さな本屋のしがない店主だが、それ以前は魔法職マジックジョブの働き口としては最高峰である魔導書研究所グリモア・ラボの研究員だったのだ。


 平たく言うと、超エリート。

 

 彼女曰く、忙しすぎて本を読む時間がなくなったからすぐ辞めた、とのことだけど。

 そんな彼女にとって、この王都は仕事場であり、あまり楽しい思い出がない場所なのかもしれない。


(楽しい思い出がないといえば、俺も同じようなもんか)

 

 俺がエルミアに住んでいたのは、青の一党ブラウ・ファミリアに所属していた三年間。

 ラインハルト達から日々寄せられるアイテム錬成の過酷なノルマをこなすのに精一杯で、仕事終わりや休みの日は、身体の休息を求めて、泥のように眠るだけの日々を送っていた。


(楽しげな城下の街に繰り出す余裕なんて、あの頃の俺にはなかったよなぁ)


「そういえば、ミステルは――エルミアは長かったの?」

「いえ、エルミアに来てすぐに、青の一党ブラウ・ファミリアのスカウトを受けて、そのあとはニコもご存じのようにすぐに追放されてしまいましたので――住んでいたのは実質三ヶ月くらいですね。その間は、本拠地パーティハウスに滞在していましたよ」

「その間は、外には……?」


 俺の問いを受け、ミステルは肩をすくめて微笑む。

 

「それ、聞きます? わたしは基本的にぼっちでしたから。自分から外にでることは、ほとんどありませんでしたね」


 なるほど。俺たち四人は全員エルミア初心者と言っていいだろう。

 案外観光ガイドを読み込んだトゥーリアが一番詳しいかもしれないな。


 まぁ、それはともかくとして――

 

「とりあえず、まずは宿を決めようか。荷物を持ったままだと動きづらいしね……」


 馬車に積んだ大量の荷物は、御者のおじさんの好意で、エルミアに滞在している間は、そのまま積んでおけることになった。そうはいっても数日間の滞在に必要な手持ちの荷物もかなりある。俺たち四人は、皆が両手に荷物を抱えている状況だ。

 

 あらかじめ宿の目星はつけておいた。

 俺とミステルが初めて出会った夜に利用した、冒険者御用達の安宿だ。値段の割に部屋も清潔だったし、食堂が併設されているのも何かと便利だ。


「というわけで、滞在中の宿はそこにしようと思うんだけどいいかな?」


 俺はみんなに提案する。

 

「私は構いませんよ」

「ボクも」

「ん……賛成」

 

 満場一致ということで、早速俺たちは宿に向かって歩き出した。


***


 宿に到着した後、手早くチェックインの手続きを済ませ、部屋に向かった。

 

 部屋は一人部屋シングル三人部屋トリプルを二部屋抑えることにして、男女別に分かれることにした。

 ミステルとは一緒に生活しているし、そもそも野営では四人一緒なので今更分けなくても……という意見もあったけれど、最低限の一線を引きたいという俺の強い意向でこの形に収まった。


 部屋の中に荷物を下ろした後、宿のラウンジに移動し、女性陣がやってくるのを待つ。

 ラウンジのソファーに座って待っていると、程なくして階段から三人が降りてきた。


「お待たせしました」

「それで、商会ギルドと冒険者ギルド……どっちから行く?」

「えっと、どっちが宿から近いのかな」


 俺の問いを受けて、トゥーリアがガイドマップに目を通す。


「えっとね……ここからだと商会ギルドのほうが近そう」

「よし。じゃあ、先にそっちに向かおうか」

 

 俺たちは宿を後にして、まずは商会ギルドへ向かうことにした。


 

 

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