91話 ドラゴン・バーベキュー

 乾杯を終えると同時に、俺は勢い良くグラスを傾けた。

 口の中に爽やかな麦の香りと酸味が広がり、そのまま爽快感が喉元を通り抜けていく。

 

 既にサウナ上がりに一杯ひっかけていたものの、やっぱり乾杯直後の一口目は最高だ。

 

 仲間たちに目を向けると、トゥーリアは一気に半分以上のエールを飲み干して、ソフィーはちびちびと果実酒を舐めている。

 ミステルはお茶を飲みながらも、串焼きの焼け具合に気を配っているようだ。


 俺たちが杯を片手に、取り止めのない歓談を交わしていると。

 

「はい、焼けました」

 

 ちょうど頃合いを見計らっていたミステルが、串焼きの乗った皿を差し出してきた。


「ありがとう、ミステル」

 

 彼女にお礼を言ってから皿を受け取り、上に盛られた串焼きに目を移す。


 表面はこんがりときつね色になっていて、肉汁がじゅわっと溢れ出している。鼻を近づけると、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「いただきま!す」


 俺は小さく呟いてから、熱々の肉にガブっとかじりつく。

 

「ああ……」

 

 噛む度にあふれる肉の旨味。

 肉の繊維に沿ってほぐれて、口の中いっぱいにジューシーな旨味が、あふれんばかりの肉汁と共に広がっていく。


 それに後追いするようにエールを一杯……ゴクリ。

 

(この一杯のために冒険者してる)

 

 ドラゴン肉は初めて食べるけど、こんなにも柔らかいんだな。味付けは単純シンプルに塩胡椒を振っただけなので、素材本来の味が引き立っている。その味や歯応えは、高級な牛ヒレ肉といわれても気づかないくらい、上質な肉のそれだった。

 

(ありがとうフリームニル、キミの命はこうして俺たちの血肉になっていくよ)


「えぇ……これドラゴンの肉なの?」


 肉の正体を聞いたソフィーが、驚きの声をあげた。


「ふふん、そうだよ。しかも名前付きレイドボスさ。そう簡単にはありつけないから、しっかり味わいなねー」


 トゥーリアが得意げにいった。


「そうなんだ。ドラゴンの肉は、極上の味わいだって、昔読んだ本に書いてあったけど、本当にそのとおりねた……美味しい……」


 ソフィーもドラゴン肉の味を気に入ったようだ。

 

名を持つ魔族レイドボスを倒しちゃうなんて……しかも、たった三人で……凄いんだね」

「まぁね。その分苦労したけどさ。そのときのね、ニコの錬金術が凄かったんだよ! フリームニルの炎の吐息をさ、バババッて――」


 トゥーリアの語る武勇伝を皮切りに、仲間たちとの楽しい語らいは盛り上がっていく。

 それと同時に、食事もお酒もスイスイと進んでいった。


 俺はふとミステルに目をやった。

 彼女は穏やかな表情を浮かべながら、仲間の語らいに耳を傾けている。

 時折、新しい串を網に追加したり、追加のお酒を手渡したり、なにかと周囲に気を配っている様子だった。


(彼女だけシラフなのが、なんか申し訳ないな)

 

 せっかくの夜、せっかくの気の置けない仲間たちとのバーベキューなんだ。彼女もお酒を飲んでもいいかもしれない。

 

(きっと一口でだろうけど、そのときは俺が介抱してあげればいいさ)


 そう思った俺は、あまりアルコール度数が高くなさそうなお酒を物色する。

 すると、一本のリンゴ酒シードルの瓶が目に入った。

 

(うん、これならそんなに強くないし、飲みやすくていいかもしれない)


 俺はリンゴ酒シードルを手に取り、ミステルの隣に座った。


「どうしました?」

「もしよかったら一杯飲まない?」

「え、いいんですか?」

「うん、火の加減とかは俺が見ているからさ。せっかくのバーベキューなんだし、ミステルも飲まないともったいないよ」


 俺がそう言うと、ミステルは笑顔になった。


「ありがとうございます。それじゃあいただきます」

「うん、これとかどうかな?」

「……? それは……」

リンゴ酒シードルだよ。お肉に合うし、飲みやすいと思って」

「ありがとうございます。じゃあ、それをいただきますね」


 俺はミステルにグラスを渡し、リンゴ酒シードルのビンを傾けた。


「わぁ、いい香り」


 ミステルはグラスに顔を近づけて、感嘆の声を漏らす。

 そして、グラスに一口、口をつけた。


(さあ、介抱の時間が始まるぞ)

 

 俺はそう思い、身構えたのだが……


「うん、とっても美味しいです。リンゴの風味が爽やかで……」


 あれ?

 確かに飲んだのだが、ミステルの様子に変化はない。

 もしかして、ノンアルコールだったのだろうか。

 確認のため、俺も一口飲む。


 いや、アルコールの風味は確かにある。

 間違いなくお酒だ。


 ミステルは上機嫌な様子でグラスを傾ける。

 頬はほんのり赤くなってるようだけど、いつものように泥酔する様子はなかった。


 これは一体どういうことだろう。


 もしかしてリンゴ酒シードルは例外なのか?

 特定の酒種には酔わないなんて、そんな体質があるのだろうか。

 だけど、そんな疑問ことは些細なことだった。

 

 単純シンプルに、嬉しい。

 これで、ミステルと一緒に、お酒を楽しむことができるんだから。

 俺は思わず笑顔になった。


「ニコ? どうしたんですか……?」


 俺のにやけ顔を見て、ミステルは不思議そうな表情を向けた。


「ううん、なんでもないよ、気にしないで。そうだ、折角だから乾杯しようよ」

「え? でもさっき乾杯しましたけど……」

「いいから、俺がそういう気分なんだ」

「? わかりました……」


「乾杯――」


 俺とミステルは互いに杯を交わす。

 カランと、綺麗な音がした。


 こうして、楽しい夜はゆっくりと更けていった。

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