90話 バーベキューの準備だ!

 夕方。

 徐々に陽が傾く中、俺たちは夕食の準備を始めた。


 今日のメニューはバーベキューだ。

 集めた薪の上に焚き火台をセットして、その上にアミをのせる。


 トゥーリアは焚き火の火つけ、ソフィーは食器やお酒の準備を担当。

 そして、俺とミステルは食材の下ごしらえを担当することになった。

 もちろんこの振り分けも、俺の預かり知らぬところで、あらかじめ決められていたものだ。


「さて、まずは野菜からかな……」

「手分けして処理していきましょう」


 俺たちはそばに置かれた野菜の山から処理することにした。

 ピーマン、玉ねぎ、にんじん、キノコ。

 

(とりあえず、薄く輪切りにして串に挿していけばいいかな)


 俺とミステルは二人並んで、野菜を切っていく。


 アトリエで二人暮らしを始めてから、それなりの時間が経っているのだが、普段は交代で料理をしているせいで、こうして横並びで料理をするのは新鮮だった。

 

 横目でチラッとミステルを見ると、彼女は真剣な表情を浮かべながら、黙々と包丁を動かしていた。

 食材を抑える左手がこれ見よがしのネコの手なのが妙に子供っぽくて可愛らしい。

 彼女が切り分けた野菜は、意外にも、大きさや厚さがバラバラだった。

 もちろん、彼女も普段から料理をしているので、包丁を扱う手際そのものは悪いものではないのだが、なんというか、全体的に大雑把なのだ。

 

 俺はあまり彼女らしくないその手つきに、思わずくすりと笑ってしまう。


「どうしました?」


 俺の視線に気づいたミステルが首をかしげる。

 それと同時に彼女の銀髪がさらりと揺れた。


「ううん、何でも」


 俺が首をヨコに振ると、彼女は不思議そうにしながらも、また手元へ視線を落とした。


(俺とミステルは出会ってからずっと一緒にいるけれど、お互いのことを知らないことも多いんだよな)

 

 特にミステルは、自分のことをあまり話さない方なので、こういったささやかな発見があると嬉しくなる。

 

 そんなことを考えているうちに、野菜の下処理が完了した。

 次はバーベキューのメインである肉の準備に入りたいところなのだが……


「そういえば、肉は?」


 俺は辺りをキョロキョロと見回す。しかしそれらしきものは見当たらない。


「お肉は、トゥーリアが用意すると言っていましたけれど……」


 ミステルも肉の在処ありかを知らないらしい。

 

「そうなんだ、トゥーリア? お肉はどこに……」


 俺がトゥーリアに声をかけると、焚き火の火付を終えた彼女がこちらにやってきた。


「ああ、ごめんごめん。に出すのを忘れてたよ。今持ってくるからちょっと待ってて」

「馬車の荷台に置いてあるの? じゃあ俺が持ってくるよ」


 俺は彼女にそう言ったが、彼女は俺の問いかけに答える代わりに、右手を掲げてスキルを発動した。


大いなる破滅よ、顕現せよフィンブルヴェトル・ガンド


 え?

 なに突然。

 

 何故か彼女は【武器召喚】のスキルを発動した。


 彼女の手には、大剣ダインスレイヴが――

 いや、大剣ダインスレイヴは現れずに、代わりに大きな肉の塊が現れた。


「はい、これ使って」


 何でもないような仕草で、その肉を差し出すトゥーリア。


「あの……この肉は?」

「これはね、ヴォルカヌスのお肉だよ」

「え、ヴォルカヌスの!?」

「うん。ドラフガルドから帰るときに、解体したお肉のおすそわけをもらったんだ。ちなみに部位は、牛でいうところのヒレの部分、一番高級なところだぜ」


 そう言ってトゥーリアは笑う。


「なんで【武器召喚】を?」

「ああ、あれ? 普通に保管してたらお肉が傷んじゃうでしょ? 【武器召喚】で閉まっておけば、時間が経過しても状態が変わらないんだ。だからこうやって、必要な時にすぐ取り出せるわけ」


 なるほど、スキルの有効活用というわけか。


「じゃあ、下ごしらえはよろしくね!」

 

 こうして俺たちは、思いも寄らない形でヴォルカヌスの肉を食べることになった。

 トゥーリアから受け取った肉塊に目を移す。

 柔らかそうな赤身には、きめ細やかなサシが入っていて、とても美味しそうだ。

 

 あれだけ俺たちを苦しめた名を持つ魔族レイドボスが、こんな姿になるなんて。なんだか不思議な気分だった。


(まあ、せっかくだからしっかり調理して、美味しくいただくことにしよう)

 

 俺はヴォルカヌスの肉の下ごしらえに入ることにした。


ドラゴンの肉の下処理なんて初めてだけど、牛肉とかと一緒でいいのかな?)


 ***

 

 すっかり陽が落ちて夜。

 バーベキューの準備はすべて完了し、俺たちは四人で焚き火を囲んでいた。

 

 すでに焚き火の炎は安定していて、時折パチッと弾ける音を立てながら、ゆらゆらと揺らめいている。

 その上に設置したバーベキュー網も、十分に熱せられていい感じだ。

 俺たちはその上に、油を引いた後、肉と野菜を交互に重ねた串刺しを並べる。


 ジューッ――


 食欲をそそる音が辺りに響き渡る。

 

 上から塩胡椒を振りかけて、後は焼きあがるのを待つだけだ。


「よーし、じゃあカンパイしよっ」


 トゥーリアが元気よく声をあげた。

 その声に応じて皆グラスを片手に掲げる。

 俺とトゥーリアはエール、ソフィーは果実酒、そしてミステルはお茶――それぞれグラスの中に注がれていた。


「ボクたちの王都への旅路の無事を願って!」

 

「カンパーイ!」


 こうして、気の置けない仲間たちとのバーベキューが幕を開けた。

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