89話 夏のアクティビティだ!★
俺は暗闇の中、エモノを握りしめていた。
あと一歩、もう一歩進むべきか。
「――だよ」
「もう少しッ――」
一条の光すらない世界で、
俺はその声を頼りに暗闇の中を独り進んでいく。
もう少し先。
きっとそこに、
「――ッ!」
俺は最後の数歩を踏み出した。
よし、ここだ。
仲間たちの声を。そして何より自分自身を信じて。
俺は意を決して、渾身の力を込めて、エモノを振り下ろした。
スカ――
あれぇ?
「あー残念! ニコ失敗〜」
俺が振り下ろした木の棒は、目標のスイカには届かずに、地面にぶつかってしまった。
「く、くそ……簡単かと思いきや、意外と難しいなこれ」
俺は目隠しを外しながら、悪態をつく。
視界が戻ってから辺りに目をやると、俺が立っている地点から少し離れたところにスイカが置かれていた。
俺たちは
ちなみに提案者はソフィー。昔読んだ本に、この季節定番の遊びとして紹介されていたらしい。
離れたところに置いたスイカまで、目隠しした状態で仲間の声だけを頼りに近づいて、木の棒で叩き割る。
はじめて聞いた時はなんだそれと思ったけれど、実際にやってみると、なかなかこれがもどかしくて面白い。
すでにソフィーもトゥーリアも挑戦済みで、二人とも失敗。俺もこうして無事に失敗したので、残る
ちなみに成功者にはスイカを一切れ多く食べる権利が与えられる。
「さあ、ミステル。
トゥーリアは楽しげにそう言って、ミステルに目隠しをしてあげた。
「じゃあ十回その場で回ってね」
目隠しを終えたミステルは、指示通りくるくるとその場で回転する。
「よーいスタート!」
こうしてミステルの挑戦が始まった。
俺たちにできることはしっかりと周囲の状況を伝えて、彼女を導いてあげることだ。よし。
「ミステル、向きは左側に少し回転して――あれ……」
間違いなく目隠しをしているのだが、まるでそんなもの無いかのように、彼女はスタスタと歩き出す。
(すごい、動きにほんのチョットの迷いもないぞ)
ミステルはそのまま真っ直ぐスイカの元まで歩み寄ると、上段に木の棒を振りかぶり一直線に振り下ろした。
ぱっかん。
ミステルの一撃は的確にスイカを捉えて、綺麗に真っ二つに割れた。
そして彼女はこちらを振り返って、目隠しを外した。
「ふふっ、うまくいきました」
そう告げるミステルの表情は、ちょっぴり得意げだ。
「いやいやいや! キミ、絶対スキル使ったでしょ。【鷹の目】的なやつ」
トゥーリアがすかさずツッコミを入れた。
「ギクっ……いいえ、使ってません。実力です」
「ウソつけ! スキルなしにあそこまで迷いなく進めないでしょ」
「
「本当にぃ? なんか片言なのが怪しいんだよなー」
「そんなことないですヨ」
そんなミステルとトゥーリアのやりとりを見ながら、俺とソフィーは笑ってしまった。
***
ミステルが割ったスイカを切り分けてみんなで食べた後、そのまま少し川に入って水遊びをした。
それもひと段落して、今は各々が好きなように過ごしている。
トゥーリアは、木陰に並べて置いたデッキチェアの上に寝転んで昼寝をしている。彼女は今日のために色々と準備をしてくれていたようだ。きっと疲れたんだろうな。
その隣ではソフィーが椅子に腰掛けて、上着を羽織り、黙々と読書をしている。野外でも読書とは、やっぱり筋金入りの読書好きらしい。彼女は完全に本の世界に入っていってしまったようだ。
そして、俺はというと、
川のせせらぎ、遠くから聞こえる鳥のさえずりと虫の鳴き声、そして時折吹く風が木々の葉っぱを揺らす音が、まるで
(あーこういうの、なんかいいな)
「ニコ、隣に座ってもいいですか?」
そんな風にしていると、いつの間にかミステルがすぐ近くに立っていた。
「ああ、もちろん。どうぞ」
「ありがとうございます」
ミステルはお礼を言いながら俺の隣に腰掛けた。
「とっても楽しいですね」
「うん、ホントに。こういうさ、レジャーっていうのかな? あんまり経験したことなかったけど、いいものなんだなぁって……しみじみそう思ってたところ」
「ふふ、ニコが喜んでくれてよかったです。今日のためにトゥーリアたちと準備したかいがありました」
「あ、やっぱり最初からこうするつもりで準備してたんだ?」
俺が苦笑いしながら尋ねると、ミステルはイタズラっぽい顔を浮かべた。
「はい。エルミアに行くと決めてから、トゥーリアたちと色々相談して……ごめんなさい、ニコには内緒にしていて」
「いや、最初はビックリしたけど、でもいい思い出だよ」
「はい。わたしにとっても、ステキな思い出になりました。今日のこと、わたし一生忘れません」
ミステルはそう言って本当に幸せそうに笑う。
(ああ、この顔だ――)
その笑顔を見るたびに、俺の心の柔らかいところをギュッとわしづかみにされたような感じになる。
苦しいんだけど不思議とイヤな感じはしなくて、それは俺が今まで感じたことの無い不思議な感覚だった。
「どうしましたか?」
「あ、いやなんでもないよ。ちょっと遊び疲れたかな、ハハハ……」
急に黙り込んでしまった俺をみて不思議に思ったのか、ミステルが問いかけてきた。俺は内心を悟られないようにごまかす。
「今日は夜になったらみんなでバーベキューの予定です。それまではゆっくりしましょう?」
「そうだね」
俺たちはそう言って、しばらく静かに流れる川を眺めた。
それから先の行動は、本当に無意識だった。
ごく自然に、そうしたいと思っていた。
俺はミステルが地面に差し出していた手のうえに、そっと自分の手を重ねていた。
「えっ……!?」
ミステルは驚いた様子で、小さな声をあげる。
俺の胸のうちの高まりは激しさを増す。それと同時に苦しさも、嬉しさも、ほっとするような安らぎも。
アンビバレントな感情が胸中を渦巻く。
「ニコ……あの……」
ミステルは顔を赤らめ、何か言いたげにしている。
「ミステル。ちょっとだけこうしていてもいい?」
俺がそう問うと、彼女は顔を真っ赤にしながらかすかに首をタテにふった。
そして彼女は、重ねた手のひらの向きをそっと上に返して、手のひらを重ねてくれた。
指と指が絡み合う。
彼女の指はほっそりとしていて、柔らかかった。
「ニコの手、あったかいです」
「ミステルはちょっと冷たいね」
「ずっと水遊びをしてましたから」
「……そうだね」
「はい」
そのまま二人で川のせせらぎを聴きながら、ぼんやりと過ごす。
「ね、この後さ、トゥーリアの建ててくれたテントサウナに一緒に入らない? それでその後ドリンクをちょっと拝借して二人で乾杯しようよ」
「ふふっ、いいですね。楽しみです」
「よし、決まりだ」
俺は繋いだ手をぎゅっと握る。
すると彼女もそれに応えるように握り返してくれた。
それだけで、心が満たされていくのを感じる。
きっと今の俺はヘラヘラと締まりのない顔をしているのだろう。
(それでもいい。だって今、俺は最高に幸せな気分だから)
ルーンウォルズに来てから迎えた最初の夏。
こんなに楽しい夏は、生まれて初めてのことだった。
きっと、俺の人生にとって忘れられない季節になるに違いない――そんな確信めいた予感があった。
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