81話 勇者は責められる【勇者視点】

「一体どういうことだ! 依頼を未達成ということか!? 青の一党ブラウ・ファミリアともあろうものが――」


 冒険者ギルドの二階の一室にて。

 男の怒声が響き渡る。


 ここは、冒険者ギルドの控室。普段はギルド職員が打ち合わせに使ったり、冒険者と依頼人の相談の場として開放されている部屋だ。


 現在、入り口の扉のドアノブには、『使用中』の文字が記された木札が掛けられている。

 部屋の中には二人の人物がいるのみだ。二人は、中央に置かれたテーブルを隔てて向かい合っていた。

 

 部屋の奥側に座る小太りの中年男性――先ほどから怒声を張りあげるこの男は、冒険者ギルドの副会長ベロン。

 

 そして入口側に座る金髪の青年は、青の一党ブラウ・ファミリアのリーダー、ラインハルトだった。

 

 ベロンは、顔を真っ赤にして、ツバを飛ばしながら怒鳴を飛ばす。


「依頼主にどう説明するつもりだ!? 優先手配の協力料も既に貰っているのだぞ!」


 依頼の優先手配。


 ベロンはあたかもギルド公認の制度のように語っているが、そんな制度は冒険者ギルドに存在しない。

 

 彼の言う優先手配とは、副会長という己の立場を利用して、個人的な依頼の口利きを行い、その仲介料という名目で、報酬の上乗せを要求する行為を指す。

 要は、地位と権力に物を言わせて依頼の手配に関する口利きをして、その見返りとして賄賂ワイロを受け取っているのだ。

 

 青の一党ブラウ・ファミリア内に、二人の関係を知るものはいないが、ベロンとラインハルトの付き合いは長かった。

 彼が【聖剣解放エクスカリバー・オーバードライブ】のユニークスキルを発動させた後、魔族討伐において目覚ましい成果を挙げていることに、一番最初に目をつけたのがベロンだった。

 

 それから二人は互いに蜜月みつげつの関係を築く。

 ラインハルトは王都におけるSランクパーティのリーダーとしての地位、そして『勇者』としての名誉を。

 ベロンは優先手配による甘い汁を。

 それぞれ手にすることができた。


「ベロン様、お言葉ですが、依頼を失敗したわけではありません。僕たちは飛竜峠の名を持つ魔族レイドボスを後一歩のところまで追い詰めたのですが、敵は卑怯にも空へ逃げてしまい――」

「馬鹿者! ドラゴンが空を飛ぶことなど、子どもでも知っておるわッ!!」


 ベロンは握り拳を作って、思い切り机を叩く。

 衝撃で卓上のカップが跳ね上がる。中身の紅茶がこぼれ、依頼の報告書を濡らした。


「――確かに敵を取り逃しましたが、飛竜山からドラゴンは逃げ出しました。聖剣エクスカリバーが奴に与えた傷は深く、しばらくは身動きが取れないはずです。つまり依頼主の住まう村の安全は、少なくとも確保されたはずで――」


 ラインハルトは必死に自己弁護を図る。

 自分達は依頼の失敗などしていないと。


 しかし、彼は魔族のを請け負ったのだ。

 その討伐が為されていない限り――


「その減らず口を閉じろ! 言い訳ばかりしおって! 対象の討伐ができなかったということは、貴様らは失敗したということだ!」


 ベロンはラインハルトの主張を一蹴する。

 彼の主張は正しい。

 いかにもっともらしい理屈をこねくり回したとしても、ラインハルトたちは、名を持つ魔族レイドボスの討伐を失敗した。それが歴然たる事実だった。


 ラインハルトはギリッと奥歯を噛み締める。

 

(チクショウ! どうしてこんなことになった!)


 飛竜峠の深層で名を持つ魔族レイドボスと対峙したラインハルト一行。

 彼の持つ聖剣エクスカリバードラゴンをあと一歩のところまで追い詰めた。

 

 だが、最後の一撃を加えようとしたところで、彼の魔力は枯渇してしまい、聖剣エクスカリバーは力を失った。

 

 絶体絶命のピンチ。

 

 しかし、ドラゴンは、ラインハルトたちに攻撃を加えることなく、その場で大きく咆哮すると、黒い翼をはためかせて空へ飛び立ち、そのまま闇夜の彼方へ消えていった。

 

 ドラゴンの意図は分からない。自身に手負いの傷を与えた相手を脅威と見なし、逃げだしたのかもしれないし、あるいは相手を侮り、見逃したのかもしれない。

 

 いずれにせよ、ラインハルトたちが受けた討伐依頼は達成不可能となった。

 

 通常、依頼の結果は、冒険者ギルドの受付を介して依頼人へ直ちに伝えられる。しかし、今回の依頼は、ベロンを介して優先手配という裏ルートを経由して受けた依頼であった。そのため、まずはベロンに結果を報告することになった。

 

 ベロンとしても、依頼人から優先手配の協力料を受け取っている立場上、今回の依頼は決して失敗が許されない。

 それが彼がここまで激昂している理由であった。


 (ブタ野郎が。言いたい放題いいやがって。僕は勇者だぞ。王都エルミアのSランクパーティのリーダー、ラインハルトなんだ――)


 ラインハルトの中で屈辱と憎悪の感情が渦巻く。

 そんな彼の胸中などお構いなしに、ベロンは罵倒の言葉を浴びせ続けた。

 

 やがて、それがひと段落した後、彼はでっぷりと迫り出した腹の上で腕を組み、大きな溜息をついた。


「くそッ。とにかく、今回の依頼に失敗は許されないのだ。なにか対策を考えねばならん――」


 通常、魔族討伐依頼の場合、討伐の証である成果品を冒険者ギルドに提出することで、依頼達成の証明としている。

 ドラゴンの場合、それは逆鱗であることが多い。ドラゴンの逆鱗は、その種類によって固有の特徴を持つことから、討伐の実績トロフィーとして適しているのだ。


「仕方あるまい……逆鱗を偽造しよう。依頼主には偽の逆鱗を提出するしかあるまい」


 ベロンは独り言のように呟いた。

 その言葉を聞いて、ラインハルトは慌てふためく。


(な、なにをいってるんだこのブタは!?)


「ベロン様。そ、それは悪手ではないでしょうか。もし露見したら大変なことに……青の一党ブラウ・ファミリアの信用にも関わる――」

「黙れッ!  貴様の都合などどうでもいいのだッ!」

 

 ベロンは再び机を叩き、ラインハルトの発言を遮った。


「元はと言えば貴様たちの失態だ! 失態の責任は自分達で取ることは当然だろう。異論は認めん。これは決定事項だ。後処理はワシが進めておく、わかったらさっさと失せろッ!」


 ラインハルトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 彼にはベロンが考えていることが、手に取るように分かった。

 

 おそらく、ベロンは偽の逆鱗を提出してその場を収めるつもりなのだ。

 仮に後から偽造が発覚したとしても、自分は知らぬ存ぜぬを通して、自らも騙された被害者だとシラを切る。

 そしてすべての汚名はラインハルトたちに押し付けるつもりなのだ。


(叩き切るぞ! ブタ野郎!)

 

(僕が勇者として、王都の平和と秩序のために、どれだけの、どれだけの……どれだけの貢献を果たしてきたと思っているんだ!? それが、たった一度の失敗をしただけで、この仕打ちだと。ふざけるな! ふざけるな!)

 

 だが、どれだけの理不尽を感じようと、今の彼にはどうすることもできない。

 いかにラインハルトがであろうと、突き詰めれば彼は一介の冒険者に過ぎないのだ。

 

 ベロンは愚鈍な人物であるが、仮にも王都の冒険者ギルドの副会長の立場にある人物。その権力は本物だった。


 丁度、数ヶ月前。

 ラインハルトに楯突たてついた錬金術師アルケミスト狩人ハンターを、冒険者ギルドから締め出したのも、ベロンの力によるものだった。

 

 その矛先がラインハルトに向けば、彼の今の地位はあっという間に失われることだろう。


「……分かりました。それでは、これで失礼します」

 

 ラインハルトは怒りと屈辱に顔を歪ませながら、ベロンに一礼して部屋を後にした。


 ***


 パーティ本拠地への帰り道。ラインハルトは思考を巡らす。


 青の一党ブラウ・ファミリアを立て直すためにどうすればいいのか。

 失われつつある名声を繋ぎ止めるためにはどうすればいいのか。

 

 答えは明確だった。

 

聖剣エクスカリバーさえ再び自在に振るうことができれば、問題はたちどころに解決するんだ! 魔族などものの敵ではなくなり、どんな困難な討伐依頼も簡単に達成することができる!)

 

(そのためには、魔力を回復する手段を確保すればいいのだ!)


 彼の脳裏には、彼自身が追放した、一人の錬金術師アルケミストの存在が浮かんでいた。


 奴の創り出す回復薬ポーション

 それを確保さえすれば――


 ラインハルトは本拠地に戻るなり、すぐにマーガレットの部屋へ足を運んだ。

 扉をノックすると、すぐに戸が開かれ、マーガレットが顔を出した。


「ラインハルトさま……如何いかがいたしましたか?」

「マーガレット、頼みがある。君の技能スキル【チェイサー】で奴の居場所を突き止めてほしい」

「奴……とは?」


錬金術師アルケミスト、ニコ・フラメルの居場所を――」



 こうして。

 勇者と錬金術師アルケミスト――

 

 二人の運命は再び交差することになる。

 

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