87話 夏だ! キャンプだ! 寄り道だ!

 ルーンウォルズを出発してから、数時間。

 道中、魔族の襲撃などもなく、馬車は順調に進んでいた。

 

(この分なら、予定より早く王都に着くことが出来そうだな)


 そんなことを考えていると、不意に馬車が止まって、御者が俺たちに声をかけた。


「お客さん達、着きましたよ」

「え?」


 俺は思わず聞き返してしまう。

 俺たちの目的地は王都エルミアだ。こんなに早くたどり着くはずがない。

 今日の野営拠点に着いたということだろうか?

 いや、時間はまだ昼過ぎ。まだまだ馬を進めることはできる。今日の野営拠点を決めるにしては、いささか早すぎる時間だった。


 俺は御者台に向かって声をかけた。


「あの……もう着いたってどういうことですか?」

「どういうことって……そっちのお嬢ちゃんから、今日の目的地はここだって、さっき」


 御者は戸惑いの色を浮かべながら、俺の問いかけに言葉を返した。


 そういえば、出発前にトゥーリアが、行き先の確認をしてくるといって、御者と話していたな。

 

 俺はトゥーリアに視線を移す。


「どういうこと?」


 俺の問いかけに対して、彼女は、にぃっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「言葉どおりの意味だよ。今日の目的地はここ」

「え、だって、俺たちはエルミアに……」

「ほら、別に急ぐ旅じゃないんだし、せっかく四人での初めての旅なんだから、寄り道しながらのんびり行くのもいいじゃないか」


 そう言ってトゥーリアは客車の中に置いてあった大きな鞄を手に取った。


「さぁ、降りよっ!」


 トゥーリアはそう言って、みんなに降りるよううながす。

 俺は少し戸惑いながら、ミステルやソフィーを振り返った。だけど、二人の表情に戸惑いの色はない。

 違和感があるのは俺だけのようだった。


「ニコ、トゥーリアの言うとおり、わたし達はずっと忙しい旅ばかりしていましたから。今回は旅をのんびりと楽しむのも悪くないと思います」

「まあ、そうかな」

「わたしは、ニコと一緒なら寄り道も楽しいですよ……」


 そう言ってミステルは俺に笑顔を向けてきた。


(あ、また笑ってくれた――)


 最近の彼女は、明らかに以前より笑うようになった。もちろん基本的にクールで冷静なのはこれまでどおりだけれど、前よりもずっと雰囲気が柔らかくなった気がする。

 

 そんなミステルの笑顔を見ていると、俺の持った違和感なんて、些細なものに思えてきた。


「寄り道はわかったよ。それで、ここはどこなの?」

「ふふふ、それは降りてのお楽しみだよ」


 トゥーリアはそう言ってさわやかな笑顔を浮かべた。


 ***


「おお、ここは……」


 客車から一歩外に出ると、風光明媚ふうこうめいびな景色が広がっていた。

 

 そこは清流のほとりだった。

 澄みきった水流が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


 俺たちが立っている川縁かわべりは、周囲を木々に囲まれた、ちょっとした広場のようになっており、木々が作り出す木陰と木漏れ日、川から流れるせせらぎの音が合わさって、なんとも涼しげな、心地よい空間となっていた。


「どう?  なかなかいい場所でしょ?」

 

 荷物を両脇に抱えたトゥーリアが、俺の方を振り返り、得意げな様子で語る。

 

「ああ、凄くキレイな場所だね」

 

 俺は素直に感想を口にした。

 

「でっしょー、ここを探すの苦労したんだから! 今日はさ。ここでキャンプするよ」

「キャンプ?」

「やっぱりさ、夏しかできないこと、しないともったいないじゃん? 本当は海に行きたいところだけど、さすがに海は遠すぎるから、とりあえず川でね」

「夏にしかできないことって……?」

「キャンプでしょ、水遊びでしょ、バーベキュー――その他にも色々と準備はしてきたから。もちろん水着もね」


 そう言ってトゥーリアは抱えていた荷物を下ろした。


 なるほど、旅の目的とかそういう難しいことは一旦全部忘れて、今日はひたすら遊ぼうというわけだ。

 

(まぁ、たまにはこういうのも悪くないか)

 

 いやむしろ、こういう仲間たちとワイワイガヤガヤ遊ぶのって、実は結構憧れていた。

 旅の途中の野営はともかく、行楽レジャーとしてのキャンプなんて、子どもの頃以来だし、ミステルをはじめとした、気の置けない仲間たちと一緒だから、きっと楽しい思い出になるに違いなかった。

 

 そうと決まったら、思い切り羽を伸ばすことにしよう。

 俺は大きく伸びをした。


「了解、今日はとことん夏を楽しもう!」

「そうこなくっちゃ! じゃあさっそく準備するよ。まずはテントを設営しよ。あと飲み物を川の中に入れて冷やしておいて……あとは、みんなで手分けして――」


 こうして、王都への旅の一日目は、大胆な寄り道から始まった。

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