86話 王都へいざ出発!

 そして迎えた三日後。王都へ出発する旅立ちの朝。

 天気に恵まれて、空には雲ひとつない青空が広がっていた。


 俺はルーンウォルズの正門前で、馬車に積む荷物の最終チェックを行っていた。


(うーん、今日も暑くなりそうだなぁ)

 

 既に気温はどんどん上がってきていて、俺は上着を脱いでシャツの袖を腕まくりする。

 

 今回の旅の目的地は王都エルミア。

 その目的は、冒険者ギルドへのヴォルカヌスの討伐報告と、王都の商会ギルドに対する回復薬ポーションの販売経路の開拓だ。

 

「しかし、結構な荷物の量だな……」


 王都への道のりは片道三日間の長旅になるため、荷物もそれだけ多くなる。また、販売用の回復薬ポーション一○○○瓶も積みこむ必要があった。

 ということで、今回はかなり大きめの馬車を用意してもらった。


 ちなみに、ミステルたち女性陣はまだ来ていない。なにやら色々と準備があるとのことで、後で合流することになっていた。


 しばらく正門で待っていると、手筈てはずをしていた馬車がやってきた。その御者席ぎょしゃせきには、見覚えがある中年男性が座っていた。

 

「あれ、アナタは……」

「久しぶりですねぇ。お兄さん」


 御者席に座っていたのは、俺とミステルが初めてエルミアからルーンウォルズに移動したときにお世話になった御者だった。


「どうしてここに? 王都に帰ったのでは?」

「いやぁ、引き返そうと思ったんですが、途中魔族に襲われて、命からがら慌てて逃げかえってきましてね。それからこっちの商会でお世話になっているんですよ」

「それは、大変でしたね……」

「まぁ、こっちはこっちでのんびりしてるし、メシと空気は特別うまいし、酒は別にどこで飲んでもうまいしで、なかなか快適に暮らさせてもらってたんですけどね。せっかく王都に戻れる機会なので、利用させてもらおうかと。ひとつよろしくお願いしますよ」


 御者はそう言うと、馬車から降りて、積荷つみにを荷台に乗せはじめた。俺もそれを手伝う。


「よし、こんなものかな」


 荷物の積載せきさいがあらかた終わったタイミングで、女性陣三人がやってきた。

 先頭を歩くトゥーリアが、こちらに向かって大きく手を振っている。その後ろにミステルとソフィーが並んでいた。


「お待たせー!」

「やあ、三人とも。今ちょうど荷物を積み終わったところだよ」


 俺がそう言うと、ミステルが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「ニコ、ごめんなさい。準備を任せてしまって……」

「気にしないで。そっちの準備はもういいの?」

「はい、おかげさまで」

「なら、よかった。それじゃあ行こうか」


 そう言って俺が客車に乗りこもうとすると。


「あ、ニコ。ちょっと待った」

「え、なに? トゥーリア」

「先に中を確認させて」

「馬車の中を? 別にいいけど、なんで?」

「まあまあ、いいから。じゃあお先に失礼しまーす」


 そう言ってトゥーリアは客車に乗り込む。

 しばらくして外に戻ってきた。


「オッケー入っていいよ」


 俺は不思議に思いながらも、トゥーリアにうながされて客車に入った。


「ニコの席はここね」


 トゥーリアが後ろから指差す。


「え、席なんて別にどこでもよくない?」

「いいから、ニコの席はここ。隣はミステルね」


 怪訝けげんに思いながらもトゥーリアの指示通りの席に座る。その隣にミステルが座った。


 肩と肩が完全に触れ合ってしまう距離だ。

 思わずドキッとしてしまう。

 

(ちょっと距離近すぎない?)


 ミステルの方を見ると、ほんのりと頬が赤くなっている。


 いかに大型の馬車といえど、そもそも客車の中は狭い。それはしょうがない。

 だけど、ただでさえキツキツなのに、俺たちの席の側にデッカいカバンが置かれてるのだ。これのせいで席が余計に狭くなっている。


「この荷物、荷台に乗せようか……」

「あ、ダメダメ。その鞄の中には、道中どうしても必要なものが色々入ってるんだよ」

「え、そうなの? だけどこのままだとちょっと狭いよね、ねぇミステル」


 俺はミステルに同意を求める。

 だけど返ってきたのはまさかの返事だった。


「いえ、わたしは、大丈夫です……このままでも」

「ああ、そう? いや、ミステルがイヤじゃなければいいんだけど」

 

 別に俺だってこの状況がイヤなわけじゃない。

 あ、でも俺の汗がついたらイヤだろうな……


 俺はそんなことをモヤモヤと考えて、とりあえず腕まくりしていたシャツの裾を下ろすことにした。


「計画どおり」

「え? なにか言った?」

「ううん、何でもないよ! あ、ボクちょっと御者さんに行き先の確認してくるから」


 トゥーリアはそういうと、外に降りてしまった。


(行き先の確認も何も、エルミアに向かうだけなのに、彼女は一体何を確認するつもりなんだろう)


「やっぱり、中、暑いね……」


 対面に座ったソフィーが、手で顔を仰いでいる。


「わたし……熱いの、苦手……」

「そうだね。王都まで遠いし、なるべく涼しく過ごせるようにしたいね、うーん……」


 窓は開けているけど、入ってくる風がそもそもぬるい。


(【基礎魔法】で何かできないかな。)

 

 俺は少し考えた後、水魔法で自分の手のひらの上に小さな氷柱のようなものをいくつか作ってみた。

 そして、それを窓際に並べてみる。氷柱が溶けても下に水が垂れないように、下にタオルを敷いてみた。

 

「おお、これはなかなか……」

 

 氷柱を通すことで、窓から入ってくる風がさっきよりヒンヤリ冷たくなった。


「わ……風が涼しい。快適……天才……」

「流石ニコですね」


 二人とも大絶賛だ。

 これで客車の中が少しだけ快適になった。


「みんな、お待たせ! ……あれ、なんか中が涼しい」


 戻ってきたトゥーリアが客車内の冷気を受けて、そう言った。


「はい、ニコが魔法で快適にしてくれました」

「へぇ、さっすがニコ。一家に一台は欲しくなるねぇ」

「いやいや、一家に一台って……モノじゃないんだから……」


 トゥーリアの表現に思わず苦笑いしてしまう。


 そんなやりとりをしているうちに、ゆっくりと馬車が動き出した。


「あ、出発するみたいだ」

 

 こうして、俺たち四人の、王都エルミアへの旅が始まった。

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