85話 とある夏の日、彼女の提案
「ニコ、提案なのですが。今度、王都エルミアまで行きませんか――」
とある夏の日の夕方。
アトリエのリビング。
突然、ミステルがそんなことを言い出した。
「エルミアに?」
俺はコーヒーカップを持ったまま、目を丸くして聞き返す。。
ミステルはなぜか少し思い詰めたような様子でうなずいた。
「はい、エルミアです」
「どうしたの? エルミアに何か用事でもあるの?」
俺がそう言うと、なぜか彼女はダイニングテーブルの下に視線を移した。
(ん? 彼女の手元に、なにか紙切れのようなものが、チラリと……)
「なにか見てる?」
「いえっ、なんでもありません!」
ミステルは慌てたように否定した後、言葉を続けた。
「あの、ヴォルカヌスを討伐したことを、冒険者ギルドに報告しなければいけませんよね! 外壁も元通りになったことだし、わたし達が何日かルーンウォルズを不在にしても、今なら問題ないと思うんです。だから――」
「あ、なるほど。確かに……」
それにすっかり忘れていたけれど、俺とミステルはラインハルトの計略によって冒険者ギルドからの依頼仲介を停止されてしまっていた。
もしも冒険者としての功績を示せば、依頼仲介停止の措置も解除されるかもしれない。
それに、実は俺にはエルミアにいく理由がもう一つあった。
俺はこの間ルークから相談を受けていたことを思い出した。
***
ルーク曰く、外壁の修復が完了した今、街の復興作業の次の段階として、崩れた建物や街路の修復を少しずつ進めていくとのこと。
だけど、建物やライフラインが元通りになっても、簡単には人は戻ってこない。
ドワーフ達のように街を去った後に、新しい生活基盤を固めた人も多いだろう。
ルーンウォルズの復興のためには、もともとの住人を呼び戻すだけじゃなくて、新しく人を集める必要があった。
だけど、人が増えるとそれだけ食糧や日用品を確保する必要が出てくる。
残念ながら、それらすべてを今のルーンウォルズでまかなうことは不可能で、他都市との交易の活性化は必須だった。
ドラフガルドとの交流はひとつの足掛かりだけど、仮にこの国の首都であるエルミアとの交易を発展させることができれば、エルミアを通じて、その先に広がる様々な街とも間接的に交易をすることができる。
交易にあたって、一番のネックはやはりルーンウォルズの立地だ。馬車で片道数日かかることに加え、特に街道が整備されていないのが痛い。
魔族や野党による襲撃のリスクを冒してまで、商人や旅人がこの街に来る理由。残念ながら、今のこの街にはそれがなかった。
街の立地はどうにもならないけれど、せめて街道さえ整備されれば――ということで、ルークが領主になってから王国に継続的に街道の整備を要望をしているらしい。
けれどなかなか通らない。
それも当然だ。わざわざ人手や費用をかけてルーンウォルズまでの街道を整備するメリットがない。
というわけで。
そんなルーンウォルズの現状を踏まえて、ルークから次のような頼まれごとをされていた。
「ニコさんの作るポーションは最高級の品質です。街のストックも十分だし、余剰分を王都で流通できれば、それがルーンウォルズの新しい目玉産業になるかもしれません。そして、それをキッカケに、都市間の交流が進むかもしれないんです。どうか、エルミアへの販売経路の開拓――お願いできませんか」
***
「実はさ、偶然ルークからも相談を受けていてね――」
俺はミステルに、ルークからお願いされていた内容を伝えた。
「そうですか! それはいいタイミングでしたね」
俺の話を聞いて、ミステルは嬉しそうな表情を浮かべた。
「王都エルミアか。うん、分かった。近いうちに行くことにしよう」
「はい!」
俺は腕を組んで今後のスケジュールや旅の準備のことを考える。
「そしたら
「大丈夫です。商会とやりとり済みでして、馬車の手配は済んでいます」
「え、もう手配してくれたの?」
「はい」
ミステルは当然のことのようにうなずいた。
なんだか妙に手回しがいい。
「えっと、じゃあメンバーはどうしようか。俺とミステルは一緒に行くとして、他に誰が……」
「トゥーリアとソフィーでお願いします」
「え?」
ミステルからメンバーを指定してくるなんて珍しい。しかもなかなか変わった人選だ。
「トゥーリアはいいとして……なぜにソフィー?」
「少し前にソフィーから聞いたんですけど、王都の大きな本屋に行きたいらしくて、せっかくだから、一緒にと思いまして」
「ああ、そうなんだ、了解。それじゃあ二人にも相談して、出発の日を決めようか」
「大丈夫です。もう決めてあります。三日後の朝、出発しましょう」
「え?」
「え?」
俺とミステルは、思わず顔を見合わせる。
「二人にもう伝えてあるの?」
「はい、伝えてあります」
ミステルとのやりとりに何か違和感がある。
やはり妙に手回しがいい。
というか、良すぎる。王都に行くことは、相談前から既定路線のようになっていたみたいに。
俺は小首を傾げながらも。
「うふふ」
嬉しそうに微笑むミステルを見て……
まあ、いいか、と思うことにした。
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