84話 女子会 後編
奥の部屋のテーブルにかけたわたしは、トゥーリアとソフィーを前に、今までの経緯から説明することにした。
彼がギルドで孤立したわたしをかばってくれたことがきっかけで、一緒に追放されたこと。
それから二人で一緒に生活しているうちに、彼の存在が少しずつわたしの中で大きくなっていったこと。
ドラフガルドの決戦前夜、彼がわたしを守るといってくれたこと。……流石に抱きしめられたことまでは、恥ずかしすぎて言えなかったけど。
そして、この前の帰り道。彼と初めて手を繋いだこと。
話の途中、恥ずかしさと、幸せな想い出に浸かれる嬉しさで、何度も声が震えてしまった。
トゥーリアとソフィーは、静かに、ときに相槌を打ちながら、じっとわたしの話を聞いてくれた。
「――正直今のままで十分です。もう十分すぎるくらいの幸せを彼からもらいました……これ以上何もいらないって思っているんです」
わたしは心のうちを吐き出すように、言葉を絞り出す。
「だけど……一方でもっともっと、彼に近づきたいと思うワガママなわたしもいて……でも、もし彼に迷惑をかけてしまったら、この幸せな日々が終わってしまったらと思うと……何もできなくて……もう、どうしたらいいか、分からなくて……わたしはどうしたらいいんでしょうか……」
わたしは胸の内をすべて吐き出すと、深く息を吐いた。
「はぁ〜、聞いてるこっちまでキュンキュンしてくるよ。なんて
トゥーリアは頬に手を添えながら、身体をくねくねさせていた。
「うん……恋愛小説を読んでるみたい……運命の出逢い、少しずつ距離を縮める二人……だけど、そんな二人の前にはいつも性別の壁が立ちはだかるの……うふふ」
ソフィーもなんだかニヤニヤしている。
一体どんな小説なのだろう。今度参考に読んでみてもいいかもしれない。
「でも、ミステル――色々と思い詰めてるみたいだけど、話を聞く限り、それってフツーに相思相愛じゃないの。だって手を繋いできたのはニコからなんでしょ? 好きでもない相手と手を繋ごうなんて思わないでしょ。ねぇソフィー」
「うん……わたしもそう思うな」
そうなのだろうか。そうだったら、本当に嬉しい。
(なんだ、その瞳の色は!!)
(近寄るな。汚らわしい魔族もどき!)
(気持ち悪い! どこかへいけ!)
反射的に、これまでかけられた否定の言葉の数々が頭をよぎった。
(そんなお前なんかを好きになる人間がいるはずない)
思わず息がつまる。
「でも、ニコは優しいから……ぼっちのわたしに同情して、優しくしてくれているだけかもしれなくて……」
そう、彼はお人好しだから、誰に対しても優しいから。わたしを傷つけないようにと、ただ気を遣っているだけかもしれないのだ。
「うーん、ミステル、自分に自信なさすぎでしょ。キミが思っている以上にキミは魅力的だし、ニコとキミってなんだかんだでお似合いだぜ」
トゥーリアは呆れたような表情でそう言った。
ソフィーがアゴに手を当てて考え込む。
「もしかしたら……付き合う前に一緒に住んじゃったのが、よくなかったのかも。いつも顔を合わせる関係だからこそ、お互いの関係を一歩踏み出せなくなってるとか……?」
確かにソフィーの言うとおりかもしれない。現時点でわたしとニコが二人でいることに、なんの違和感もないのだ。
だからこそ、今以上の関係になっている姿も想像できなかった。
「な、なるほど……じゃあわたしはアトリエを出て、一人暮らしをしたほうがいいんでしょうか!?」
「そこまでする必要はないと思うけど……そうだね。例えば、二人の関係性を見つめ直せる
「きっかけ……」
ソフィーの言葉を受けて、思わず腕を組んで考え込んでしまう。
「思いついたッ!」
大きな声を上げたのはトゥーリアだった。
彼女の瞳はまるで子供のようにキラキラと輝いている。
「デートだよ! 二人でデートすればいいんだ!」
「え、デート?」
「そうそう、ミステルの話を聞いていて、なーんか足りないなぁと思ってたんだよねぇ。キミたち、一緒に暮らして、いつも一緒に行動しているけど、いわゆるデートってしたことないでしょ?」
「あの、デートって……何をすれば……」
わたしは戸惑いの声を上げる。
「二人でどこかに行くとか、一緒に買い物したり、ご飯を食べたり、一緒に遊んだり……」
「買い物もよく二人でしますし、ご飯も毎日一緒に食べてますけど……」
「だから、それが付き合う前に一緒に暮らしちゃった
トゥーリアは、ビシッとわたしのほうを指差す。
「デートに大切なのは特別感! 日常じゃなくて、非日常! いつもとは違う特別な体験をして、普段と違う彼の一面を見る。そして、今まで知らなかった新しい自分も彼に見せてあげる――それこそがデートの醍醐味ッ!」
「な、なるほど……」
「まあ、ボクもデートなんてしたことないんだけどさ……」
だけど、トゥーリアの言葉には不思議な説得力があった。
「そのためには、この街にいたんじゃダメだね。特別感なんてありゃしない。旅行だ、旅行にでかけよう! うん、それがいい」
「旅行……ですか?」
「行き先はそうだなぁ、ドラフガルドにいっても特別感はないし……思い切ってエルミアまでいっちゃうとか!」
「エルミアですか……」
王都エルミア……
正直あまりいい想い出はない街だ。
だけど、彼とわたしが初めて出逢った場所でもあった。
「うん……エルミアまで行くかは別として……ちょっと特別なデートをするのは……二人の関係を進めるきっかけとして、いいアイデアだと思うよ……」
ソフィーもトゥーリアの案に賛成のようだ。
「だけど――わたしデートなんて一度もしたことなくて、エルミアに行っても、何をすればいいのか分からないです……」
わたしは不安な気持ちを口にした。
「大丈夫! ボクたちも一緒についていくから! もちろん、ちゃんと二人の時間も作るよ。二人っきりになれるように、こっそりと手助けもしてあげるから安心してッ!」
トゥーリアは自信満々な表情で力強くそう言った。
なんだろう、とっても頼りになる。
彼女の後ろに後光が差すように感じた。
「あ、あの……ボク
「え? 当たり前じゃん。ソフィーも行こうよ」
「ええ? わたしもいくの!?」
いつの間にかトゥーリアの立てるプランに組み込まれていたソフィーは驚きの声をあげた。
「当然でしょー。だって、ソフィーもミステルの友だちなんだから、友だちが困っていたら助けるのは当然じゃん?」
「そ、それは、そうかもだけど……」
「それに、どうせなら、みんなで行ったほうが楽しいし、思い出にもなるしさ」
「だけど、仕事が……」
「ソフィー。手伝ってくれたお礼に、王都で何でも好きな本を十冊買ってあげます」
「……じゃあ、行く」
ソフィーは本に釣られて即答した。
「よーし、そうと決まれば早速デートプランだね。知恵を出し合っていろいろプランを考えよう。うふふ、楽しくなってきたなぁ」
トゥーリアは楽しそうに笑顔を浮かべる。
こうして、わたしたちのデート計画は始まった。
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