49話 ドラゴンスレイヤー(笑)【勇者視点】

 迷宮ダンジョン『飛竜峠』の最奥にて。

 

 ラインハルト、マーガレット、リリアンの三人は、今回の依頼の討伐対象である名を持つ魔族レイドボスと対峙していた。


 巨大な漆黒の翼を持つ赤きドラゴン

 

 なるほど凄い威圧感だ。

 並みの冒険者であれば、このドラゴンの威圧感だけで震え上がることだろう。

 

 だがしかし。

 

 聖剣エクスカリバーを手にした彼にとっては、例えどんなに強大な力を持っていたとしても、それが魔族である限り、取るに足らない存在でしかなかった。

 彼はゆっくりと聖剣エクスカリバーを鞘から引き抜くと、その剣先をドラゴンに向けた。


「【聖剣解放エクスカリバー・オーバードライブ】――!」


 詠唱と同時に、聖剣エクスカリバーから、まばゆく輝く青い燐光りんこうが放たれた。

 それは聖剣エクスカリバーが力を解放した証――あまねく魔を討ち滅ぼす、青い月ルメリアの祝福の証たる輝きだった。


「マーガレット、リリアン。援護は任せたよ」

「はい、ラインハルト様!」

「任せて!」


 ラインハルトはそう言うなり、単身で前へと駆け出した。


「うおおおお!」

 

 そして勢いそのままに、目の前にいるドラゴンに向かって大きく跳躍ちょうやくし、上段からの渾身の一撃を振り下ろした。

 その攻撃に対し、敵も黙ってやられる気はないらしい。振り下ろされた聖剣エクスカリバーに対して、その強靭きょうじんな尻尾による強烈な反撃を放ってきた。


 ガキンッ!


 甲高い金属音が鳴り響き、聖剣エクスカリバーが弾き返される。ラインハルトはその反動を利用して、空中でくるりと一回転をし、地面に着地した。

 

 どうやらドラゴンの外殻は相当な硬度を持っているようだ。生半可な攻撃では、傷ひとつつけられないだろう。


 けれど、彼の心のうちに焦りはひとつもなかった。


「無駄だッ! いかに強力な外殻を持っていようとも、僕の聖剣エクスカリバーの前では無力!」


 彼はさらに自分の魔力を注ぎ込んだ。

 聖剣エクスカリバーは、使用者の魔力を注ぎ込むほどに、その威力を増していく。


聖剣エクスカリバーよ。存分に僕の魔力を喰らうがいいッ! はあぁぁっ!」


 彼は再び跳躍ちょうやくした。

 今度は横薙ぎの一閃を放つために。

 

 そして敵の胴体目掛けて、聖剣エクスカリバーを思いっきり振り抜いた。

 すると、凄まじい衝撃とともに、ドラゴンの身体に大きな亀裂が入った。

 聖剣エクスカリバードラゴンの外殻を切り裂いたのだ。

 ドラゴンはその痛みに耐えかねたのか、大きく身体をうねらせ、苦悶の咆哮ほうこうをした。


「はははは、これが勇者の力だッ!」


「さすがラインハルト様ですわ!」

「すっごーい! ラインハルトー!」


 仲間たちの声援を背中に受け、ラインハルトは勝利を確信した。さらに聖剣エクスカリバーに自身の魔力を注ぎ込む。


「次の一撃が貴様の最期だ」


 そう言って彼は聖剣エクスカリバーを両手で天高く掲げた。


審判の斬撃ジャッジメント・スラッシュ――」

 

 彼自らが名付けた、唯一無二の必殺技フィニッシュ・ムーブ

 聖剣エクスカリバーの力を全解放し、そのエネルギーを究極の斬撃として解き放つ。


 そして、その致命の一撃を、今まさに放とうとした瞬間だった。


「あれぇっ!?」


 突然、聖剣エクスカリバーの刀身から輝きが失われた。


「な、なんだよ! ど、どういうことだ!?」


 ラインハルトは慌ててもう一度自分の魔力を注ぎ込む。

 しかし、聖剣エクスカリバーはピクリとも反応しない。


 かわりに頭を締め付けるような頭痛が彼を襲い、全身から冷や汗が噴き出る。


「ば、バカな! 魔力切れだとッ?」


 原因は単純だった。

 確かに彼が振るう聖剣エクスカリバーは強大な力を持つ。ただし、その代償として、使用者に多大なる魔力を要求する。魔力が尽きてしまえば、その力も失われてしまうのは当然のことだった。


 もちろん、そのことはラインハルトも理解していたつもりだった。

 だけど、ここまで早く、魔力切れを起こしてしまうのは初めてのことだった。


(僕の常人とは比較にならない魔力量をもってすれば、魔力切れなんて――!)

 

 その証拠に今までは、いくら聖剣エクスカリバーの力を振るったとしても、魔力が枯渇するようなことはなかった。


「な、なんでだ。僕の声に応えてくれ、エクスカリバー!」


 彼の必死の問いかけも虚しく、聖剣エクスカリバーからはなんの反応もない。


 戦いは待ってはくれない。オロオロするラインハルトに向けてドラゴンの口から灼熱の炎が放たれた。


「ひえええー!」


聖なる障壁プロテクション――!」


 リリアンが咄嗟とっさに奇跡を使用した。眩い輝きと共に、彼の足元から光の壁が立ち上がる。そのおかげで彼の身体は、ドラゴンが放つ炎からかろうじて守られた。


「ラインハルト様、下がってください!」

 

 マーガレットの声にハッとなったラインハルトは、慌てて仲間たちの元に戻る。


「ラインハルト、どうしたの!?」

「すまない、魔力切れを起こしたみたいだ――」

「はぁ、魔力切れ?」

魔力回復薬マジックポーションの手持ちはあるか?」

「ご、ゴメン。まさかラインハルトに限ってそんなこと起こらないと思ってたから、ここに来るまでの間に全部使っちゃったよ……」

「なんだと、クソッ――」


 ラインハルトは舌打ちする。


(まあいい、敵は手負いだ。あとはマーガレットたちに任せればいい)


「マーガレット。君の魔法でトドメをさせるかい」

「お任せください、ラインハルト様」


 マーガレットは杖を構え、詠唱を始めた。

 彼女は長い詠唱を必要とする大魔法を発動するつもりだった。


「――大気に満ちる豊穣ほうじょうたるマナよ。我が魔道の導きに応じて、その姿、凍てつく氷刃となりて、我が敵を貫け――」

 

 彼女は呪文を唱えた後、静かに目を閉じる。

 そして――


「――絶対零度の槍アブソリュート・ゼロ!」


 彼女の杖の先端から、巨大なつららが出現した。それは高速で回転しながら、ドラゴンに向かって一直線に飛んでいく。

 

 しかし――

 ドラゴンの巨体につららが当たる直前。まるで体に吸い込まれるように、するりと消えてしまったのだ。


「ど、どういうことだ……!?」

「もしかしたら、【魔力無効】の技能スキル持ちなのかもしれませんわ!」

「なんだと? 魔法が効かないっていうのか!」

「うちの奇跡も効かないよ……! どうしよう……!」


 聖剣エクスカリバーの力が失われ、頼みの綱の仲間たちの魔法も敵の技能スキルに阻まれる。

 

(ふざけるな。役立たず共め! それじゃあ――それじゃあまるで、僕たちに勝ち目がないみたいじゃないか。)


 ラインハルトの胸中を満たしたのは恐怖ではなく、怒りだった。

 なぜ勇者である自分がこれほどの苦戦を強いられるのか。その理不尽に対して、彼は幼稚な怒りを向けていた。


 彼は知る由もなかった。

 確かにラインハルトの魔力は常人に比べて多い。それでも聖剣エクスカリバーを振るうには少なすぎたのだ。


 彼は知る由もなかった。

 その少ない魔力で、なぜ彼は今まで聖剣エクスカリバーを扱うことができたのか。

 

 それは、つい一か月前。

 彼が役立たずと断じて追放した錬金術師アルケミストが作成した回復薬ポーション――

 彼が二流品とバカにしたその回復薬ポーションに、類い稀ない高度な付加効果エンチャント――【魔力自動回復】が付与されていたからだ。


 ガタガタガタガタ……

 ラインハルトの手足が震え出す。

 

 迷宮ダンジョン最奥さいおうにて、強大な力を持つ名を持つ魔族レイドボスと対峙し、自分や仲間たちの攻撃も通用せず、回復手段も限られていること。

 

 それが何を意味するのか。

 さすがのラインハルトでも理解できた。


(全滅――?)


 奥歯がガチガチと震え出した。


(ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな! Sランクパーティ青の一党ブラウ・ファミリアのリーダーが、エルミアの勇者が、こんなところで……?)


 ドラゴンが大きく咆哮した。

 大気がビリビリビリと震える。


「おい! なんとかならないのか!? マーガレット! 【緊急脱出テレポーション】は⁉︎」

「申し訳ありません……今の魔法で、ワタクシの魔力も尽きてしまいました……」

「リリアン!? なにか奇跡で……⁉︎」

「ゴメン……」


 ラインハルトは仲間にすがるも、二人とも力なくうなだれるばかりだ。


(イヤだ死にたくない死にたくない死にたくない!)


 ジョロジョロジョロ――

 

 久しく忘れていたら死の恐怖に、ラインハルトは失禁してしまった。


 そんなラインハルトを前にして、ドラゴンは翼を広げて宙に飛び立ち――何処かへと飛び去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る