48話 領主様の本音
俺たちは焚き火を囲み、ルークの用意してくれた
そしてだいぶお酒も進んだ頃、話題はルークの生い立ちの話になった。
「へぇ、ルークはルーンウォルズの生まれじゃないんだ」
「はい。カリオストロ家は大陸の北方の領地を納める伯爵家なのですが、ルーンウォルズ地方は本領地から見て、ちょうど飛び地のようになっていまして。僕も領主の立場になってから、初めて訪れたんです」
「じゃあ、いつかはカリオストロ家の跡取りとして、本領地に戻るのかい?」
「……それはどうでしょうか。僕は多分跡取りにはならないと思います」
ルークは少しだけ視線を伏せて呟いた。
「あ、そっか長男じゃないと後は継げないんだっけ」
正直、貴族の世界のややこしい事情はよくわからないので、庶民目線のフワッとした知識で話をつなぐ。
「いえ、僕は一応……カリオストロ家の長男なんです。だけど、たぶん本領地は弟が継ぐことになるでしょう。僕は……カリオストロ家の跡取りとしてふさわしくないから……」
ルークの声が沈む。
ん? なにか聞いたらまずいことを聞いちゃったかな。
「あ、ご、ごめんね? 答え辛いことを聞いちゃったかな……」
俺は慌てて話題を切り上げようとした。
「いえ、大丈夫です。むしろニコさん達には、僕の話を、ずっと聞いてほしかったんだと思います。……その、面白くない話だと思うんですが、聞いてもらってもいいですか?」
「もちろん、ルークが話してくれるなら」
ミステルも頷く。
「ありがとうございます」
そう言うと、ルークは一口、
***
彼の話によると、ルークとアリシアは本領土を収める領主の実子ではないとのこと。
つまりルークたちから見て、今のお父さんは義理の父親ということになる。
ルークとアリシアは、もともと弱小貴族の家の生まれで、実の父親は、アリシアが産まれてすぐに
それからほどなくして幼い彼らを抱えた母親は、当時独身であった現領主と結婚をした。
ちなみにクロエさんはその頃からルークたちの使用人だったとのことだ。
「僕の養父、ムノーダン・フォン・カリオストロ卿は、その、息子の僕が言うのもなんですが……人格的にも、能力的にもちょっと問題がある人でして。そんな人と結婚した母は……当時、幼い僕らを抱えて生きるために必死だったんだと思います」
滅多なことで人を悪く言わないルークがここまで言うということは、それはつまり、相当に酷い人間だということだ。
そんな男の息子として、権謀渦巻く貴族の世界を生きてきたのだ。色々と苦労が絶えなかったことだろう。
ルークは言葉を続ける。
「その後、母は
「へぇ、アリシアの他にも兄弟がいたんだね」
「当然
ルークが自嘲気味に笑い、言葉を続ける。
「別にいいんです、僕は後継の立場に興味はありませんでしたから。僕はただ、アリシアとクロエと一緒に、静かに暮らせれば、それでよかったんです」
「でも、ルーンウォルズを立て直すために派遣されたのは弟ではなくて、君だったんだろう? それは、ルークの領主としての力量に期待してのことじゃないのかい?」
俺は純粋に疑問に思ったことを口にした。
ルークは俺の質問にすぐには答えず、少しの間うつむいた後、顔を上げた。
「いいえ、あの人たちはそんなこと微塵も思ってないでしょう。僕をルーンウォルズに派遣したのは、あの人たちにとって、
ルークは悲しみとも、怒りともつかない表情を浮かべている。俺たちに初めて見せる表情だ。
「それってどういう……?」
ルークは手に持った
「ルーンウォルズの前領主は、僕の弟、ダメアン・フォン・カリオストロです」
「え?」
ルークの言葉に俺は驚きの声をあげた。
ルーンウォルズの前領主といえば、魔族の襲撃を受け、街を見捨てて逃げ出したダメ領主だ。
「最初、
「それって……ルークの立場からしたら、とばっちりというか、ほとんど嫌がらせみたいなものだよね……」
「そうなんですよ! ほんとにもう!」
ルークはぷりぷりしながら空いたカップに追加の
ここらで止めた方がいいかとも思ったが、お酒の勢いを借りてでも、ルークの胸の内をすべて吐き出させてあげた方が良いと思ってそのまま話を続けさせた。
「しかも、
段々とヤケ酒っぽくなってきた。
「……僕はルーンウォルズに来てから、毎日がずっと嫌で嫌で仕方ありませんでした。なんで僕が
ルークの口調が段々と、丁寧語から砕けた口調へと変わっていく。
「これまでドワーフの集落にずっと行けなかったのも、ただ怖かったから。自分の責任じゃないのに、責められて怒られるのが嫌で、ずっと逃げ続けた。そもそも、ギルドに依頼を出したのも、問題を代わりに解決してくれる人を探していただけ……ふふ、わたしも領主として、失格だな……」
それは領主の立場ではない、俺と歳の変わらない若い青年の本音だった。
「ごめんなさい、こんな話聞かせちゃって。でも、ずっとニコさん達に話したかったんです」
ルークはこれまで隠していた自分の弱い部分をさらけ出したようだ。
俺はその思いを自分なりに受け取って、言うべきかそうでないか迷った後、一つの問いを投げかけた。
「ルークはルーンウォルズに来たことを、後悔してるの?」
もしそうなら、逃げ出したっていいじゃないか。
アリシアとクロエさんと一緒に、全部捨てて逃げ出して、どこか遠いところで三人で暮らせばいい。
貴族の世界のことは何もわからないけれど、ルーンウォルズの外に広がる世界の広さのことなら俺は知っている。
だって彼は、もうこんなに頑張った。
ムノーダだかダメオだか知らないけれど、ルークに全部の責任を押し付けやがって。お前らが汗をかけばいいんだ。
そうだな。そうなった場合は、外壁の修繕されるところまでは、俺が責任を持って果たそう。お世話になった街の人たちにも、最低限の義理は果たさないといけないから。
そんなことを頭の中で考えながら、俺が言葉を続けようとした矢先、彼は顔をこちらに上げて、真っ直ぐな瞳で俺たちを見つめた。
「最初は後悔だらけの毎日でした。だけど、今は後悔してません。だってニコさんたちに出会えたから。二人に出会って、二人の戦う姿を見て、困難や理不尽から逃げないで立ち向かえる人になりたいと、そう思ったんです。二人がいてくれる限り、僕もルーンウォルズで頑張ることができそうです」
その回答に思わず俺は、自分の胸の奥に熱いものがこみあげてくるのを感じた。
「何言ってるんだよ」
「え?」
「もうとっくになってじゃないか。今言ったなりたい自分に。ねえ? ミステル」
「はい。ルークくんがドワーフとの関係改善という大仕事から逃げずに立ち向かって、今ここにいることがその証拠です」
「ニコさん……ミステルさん……」
みるみるうちにルークの両の瞳に大粒の涙が溜まっていく。
「約束するよ。俺とミステルは、例えどんなことがあってもルークの味方だ。依頼なんて関係ない。これからも一緒に頑張ろう」
「はい……! ずっと一緒にいてください……!」
ルークは嬉しそうに返事をして、目元を袖でぬぐった。
「ありがとうございます、ニコさん、ミステルさん」
それでもとめどなく彼の瞳からは涙がこぼれ落ちる。
俺は優しく彼の背中をさすった。
ミステルも彼の頭を撫でる。
空を見上げると、そんな俺たち三人を優しく見守るように、
俺は二つの月を見上げながら――
(明日のために二日酔いの薬を作っておこう)
そんなことを思っていた。
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