33話 崩壊の足音【勇者視点】★


 青の一党ブラウ・ファミリアの本拠地の一室。幹部会議の場にて。


「依頼が未達成だと……?」


 迷宮ダンジョンから帰還したギルドメンバーの報告を受けたラインハルトは、思わず眉をひそめた。


「は、はい――ラインハルト様。ビッグファングの討伐は成らず、討伐パーティー四名のうち、自分は幸いにして軽傷で済みましたが、他二人が重症、そしてもう一人は手当の甲斐もなく……」


 ラインハルト、マーガレット、リリアンの三人の幹部を前にして、戦士風の男が沈痛ちんつうな表情を浮かべて報告した。男の頭には包帯が巻かれており、腕は添え木が当てられている。


「キサマらのケガの話などどうでもいい!」


 問題は――


「……ビッグファングはBランクの魔族だ。これまでだって僕たち幹部が出向かずとも十分に対処できていたはず。その程度の魔族になぜやられてしまったんだ。何か致命的失敗ファンブルがあったとでも?」


 彼は隠しきれない苛立ちを、声色に乗せる。

 

 ここのところ、以前に比べて、明らかに依頼の未達成が増えてきているのだ。

 青の一党ブラウ・ファミリアは、ラインハルトら幹部メンバー意外にも多くのメンバーを抱えている。

 当然、メンバーの能力にばらつきがあるし、メンバーの入れ替えもあることから、常に経験豊富なベテランばかりではない。

 

(それにしたって最近の失敗頻度は異常だ! クズ共め!)

 

「撤退の理由をはっきりと報告しろ!」

「は、はい……今回の失敗の原因は、回復手段が足りなかったことかと――」

「なんだと? メンバーの中に回復職ヒーラーはいなかったのか?」

「いえ、聖職者プリーストが一人いたのですが、度重なる魔族との戦闘の末、ビッグファングと遭遇エンカウントした頃には、魔力切れを起こしてしまったのです」

「それなら回復薬ポーションを使えばよかっただろう。十分な数を渡したはずだ。なぜ使わなかったんだ!」

 

 青の一党ブラウ・ファミリアは王都エルミアに名だたるSランクパーティだ。当然扱う依頼は、その名声を受けて、高名な貴族や豪商から寄せられた、逆指名のものばかり。

 それが未達成が続いたとなると、パーティの、ひいては彼自身の信用問題になってしまう。

 

 ラインハルトは、無能な連中に自分の輝かしい経歴を傷つけられることが、なによりも我慢ならなかった。


「もちろん使いました! だけど、あまりに効果が低く、すぐに使い果たしてしまい――」

「何を言っている。この回復薬ポーションは王都の錬金術師アルケミストから仕入れたものだ。これの効果が低いなんてあり得るわけないだろう?」


 無能なくせに自身に反抗的な態度をとった錬金術師アルケミストニコ・フラメルをパーティから追放してからはや一ヶ月。

 奴が錬成した回復薬ポーションをはじめとした薬の在庫が尽きてきたことから、代わりに王都で有名な錬金術師アルケミストの工房から、新しい薬を取り寄せた。

 

 今回の討伐依頼には、それらの回復薬ポーションを十分に携帯させたのだ。


「申し訳ありません……ただ、他のアイテムに関しても同じ状況です。これまで我々が使用していたアイテムと比較すると著しく性能が劣ります。もし、今使用しているアイテムの品質に問題がないとすれば、以前のものの品質がはるかに優れていたということに――」

 

「黙れッ!」


 ラインハルトは思わずテーブルを拳で叩きつけた。バンッと激しい音が部屋の中に響き渡る。男はびくりと身体を硬直させた。


「もういい、お前たちの無能さはよくわかった。ビッグファングの討伐依頼は僕が引き継ぐ。クビだ。荷物をまとめて、ここから出て行け」

「そ、そんなっ、まだ仲間たちは重症で――」

「聞こえなかったのか? 僕の視界から消えろといっているんだ」

「――ッ、わかりました……」


 男はそれ以上の反論なく、きびすを返し、うなだれながら部屋から出ていった。


「クソがッ――」

「ラインハルト様……」


 苛立つラインハルトにマーガレットが心配そうな視線を寄せる。

 

「大丈夫、大丈夫だ。ビッグファングの討伐依頼はまだ期日まで余裕がある。僕たちが直接討伐すれば何も問題ない――」

 

 そう言って気を取り直すように笑顔を作った。

 

「ラインハルト様。今の話、仮に本当だとしたら……ニコ・フラメルを呼び戻すという方法もあると思いますが……」

 

 彼女は不安げな表情のまま提案してきた。


「私の技能スキル、【追跡チェイサー】を使用すれば、彼の居場所を特定することはいつでも可能です」


(はあ? そんなのまるでこの僕が雑用係の手助けを必要としているみたいじゃないかッ!)


 思わず声を荒げて反論しそうになるのをグッと堪える。

 

「マーガレット……その必要はない。たかが支援職の作る回復薬ポーションなんて、いくらだって代わりはある。なんなら腕に覚えのある専属の錬金術師アルケミストを雇ったっていいんだ」


(たかが雑用係が一人いなくなった程度でゆらぐほど、僕の青の一党ブラウ・ファミリアは弱くないんだよッ!)


「そうですよね……ごめんなさい。私、つまらないことをいってしまいました」


 マーガレットは瞳を伏した。


「ラインハルト、次の議題に移ってもいい?」

「ああ、リリアン。よろしく頼む」

「えっとね、久しぶりに名を持つ魔族レイドボスの討伐依頼がきたよ」

「本当か? 依頼の詳細を教えてくれるかい?」

「場所はエルミアから南にいった迷宮ダンジョン『飛竜峠』。以前からそこに大型のドラゴン種の名を持つ魔族レイドボスが巣食っていたみたいなんだけど、最近、峠の外に出て付近の村を襲っているらしいのよ」

「ふむ、それで報酬は?」

「一○万エルク。前払いだけで三万だって。かなりでかいよ」


 ラインハルトはリリアンの言葉を聞き、思わず笑みを浮かべた。

 

 巨額の報酬もさることながら、任務失敗が続いている今、名を持つ魔族レイドボスを討伐することができれば、パーティが失った信頼も幾許いくばくか回復するだろう。

 

「わかった、その依頼請け負おう」

「討伐メンバーはどーする?」

「相手は名を持つ魔族レイドボスだ。僕が直接向かおう。この依頼は万に一つも失敗するわけにはいかないからね。マーガレットとリリアンも協力してくれるかい」

「わかりました」

「任せて!」

 

 ラインハルトは二人の返事を聞いてから、鞘にしまっている聖剣エクスカリバーを握りしめた。

 

 鞘越しに聖剣が放つマナの鼓動を感じる。


 ラインハルトの脳裏に一ヶ月前――名を持つ魔族レイドボス・暗幕のナハトに手も足も出ずに敗走した苦い記憶がよぎる。


(あんなのはレアケースだ。ボスの能力との相性があまりに悪すぎただけだ。今度の相手はドラゴン。いかに強力だとしても、攻撃さえ当たれば僕の勝利は揺るがない)

 

「必ず成功させるぞ」

 

 ラインハルトは自分自身に言い聞かせるように小さく呟いた。

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